(今日は会いに行ってやれなかったなあ…)
寂しがってなきゃいいんだけどな、とハーレイが思い描いたブルーの顔。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎でコーヒー片手に。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今は学校の教師と教え子、大抵の日なら学校で会える。
ブルーのクラスで授業をするとか、休み時間に廊下でバッタリ出会うとか。
けれども、今日は、どちらも無かった。
おまけに長引いた放課後の会議、学校を出る頃には、すっかり日暮れ。
(あいつの家に寄るには、遅い時間で…)
仕方なく、自分の家に帰った。
それから始めた夕食の支度、出来上がったら、ゆっくり食べて…。
(片付けをしてから、新聞を読んで…)
読み終わったらコーヒーを淹れて、この書斎まで移動して来た。
その間、小さなブルーのことは…。
(…忘れちまってたとは言わないが…)
お留守になっていたのは確かで、満喫していた自分の時間。
出来立ての料理は美味しかったし、新聞を読むのも、コーヒーを淹れるのも…。
(じっくり楽しんでいたってわけで…)
まるで寂しくなかった自分。
なにしろ気ままな一人暮らしで、どんな具合に過ごしていようと自由だから。
とはいえ、その頃、ブルーの方は…。
(絶対、俺のようにはいかんぞ)
あいつは、まだまだチビなんだから、と容易に想像がつくブルーの姿。
きっと日暮れまで、何度も窓辺に行ったのだろう。
見慣れた色の車が来ないか、家の前の道路を見るために。
「ハーレイが来るといいんだけどな」と、期待に胸を高鳴らせて。
なのにブルーが待った車は、来ないで終わった。
どれほどガッカリしたことだろうか、「もう来ないんだ」と分かった時は。
(……うーむ……)
まさか泣いてはいないんだろうが、と思うけれども、自信は無い。
今のブルーはチビで泣き虫、赤い瞳は、じきに涙が溢れそうになる。
真珠みたいな涙の粒が、あとからあとから零れることも。
(…泣かれちまったら、弱いんだよなあ…)
大抵の無理は聞いちまうよな、と浮かんだ苦笑。
今の自分は、ブルーの涙に、なんとも弱い。
(泣き落としには、引っ掛からないが…)
ついでに我儘すぎる注文、「ぼくにキスして」も蹴り飛ばすけれど、それ以外なら…。
(もう降参で、無条件降伏しちまうってな)
あいつの言いなりになっちまうんだ、と可笑しくもある。
「キャプテン・ハーレイともあろう者が」と、前の自分と重ねてみて。
あの頃だったら、そこまで甘くはなかったろうに、と。
(…前の俺でも、前のあいつの涙には…)
いつもドキリとさせられていたし、無視など出来はしなかった。
恋人同士になった後はもちろん、そうなるよりも遥かに前の時代から。
燃えるアルタミラを脱出した直後も、泣きじゃくるブルーを抱き締めていた。
「今の間に、泣けるだけ泣け」と、小さな背中をさすりながら。
前のブルーの強いサイオン、それに自分たちは縋り付くことになるだろうから。
ブルーがどんなに小さかろうとも、きっと頂点に立たざるを得ない。
そうなったならば、もはやブルーは「泣けない」から。
誰もに頼りにされる立場は、弱さを見せてはいけないもの。
ブルーが弱気になってしまえば、それは周りに、たちまち広がる。
船の仲間の希望も未来も、ブルーの心に引き摺られるように…。
(すっかり萎んで、夢も希望も無くなっちまって…)
暗い空気に包まれた船に、未来などは無いことだろう。
だからブルーは「泣いてはいけない」。
少なくとも、船が落ち着くまでは。
たとえブルーが泣いていようと、周りがしっかり支えられるようになるまでは。
前の自分が言った言葉を、前のブルーがどう受け止めたかは分からない。
改めて訊いてみたこともないし、それに訊くまでもなかったこと。
ブルーは「泣きはしなかった」から。
飢え死にの危機に瀕した時さえ、涙を見せたのは前の自分の前でだけ。
(…あいつにしか言わなかったから、ってこともあるんだろうが…)
船の食料が尽きてしまう、という残酷な事実。
仲間たちにはとても言えずに、前の自分が一人きりで抱え込んでいた。
残った食料の量を調べては、もうすぐ終わりが来てしまうのだ、と。
アルタミラから逃れて自由になれた旅路も、何処へも辿り付けずに終わる、と。
(…それをあいつに…)
つい、打ち明けてしまった自分。
誰よりも心を許していたから、ブルーの幼さを思いもしないで…。
(言っちまったんだよなあ、本当のことを)
そうしたところで、どうなるものでもなかったろうに。
いくらブルーが強いサイオンを持っていようと、魔法使いとは違うのだから。
「食料が残り少ないんだ」と言ってみたって、ポンと食料を出すことは出来ない。
料理がドッサリ並んだテーブル、それを魔法で出すことだって。
(…何を思っていたんだか、俺は…)
追い詰められていたんだろうな、としか思えないけれど、それを打ち明けられたブルーは…。
(みんな死んじゃう、って…)
瞳から涙をポロポロ零して、「嫌だ」と首を左右に振った。
船の食料が尽きる時には、誰もがブルーに「食べろ」と譲ってくるのだろう、と。
ただ一人だけの「子供」だから。
そう見えるだけで実は年上でも、心も身体も「まるで成長していない」子供。
だから最後の食料を譲り、笑顔で「子供は食べないと」と。
皆がそうして譲った結果は、前のブルーが、あの船で、たった一人だけ…。
(生き延びちまって、皆の最期を看取った後で…)
死んでゆくことになるのだから、と前のブルーは泣きじゃくった。
「そんなの嫌だ」と、「ハーレイだって、死んじゃうんだから」と。
(しかし、あいつは…)
泣くだけで終わりやしなかった、と覚えている前のブルーの強さ。
食料は無事に手に入った。
前のブルーが、生身で宇宙を駆けて行って。
「みんなが飢えて死ぬくらいなら」と、人類の輸送船から奪って来て。
(…それからは、前のあいつが奪って…)
船に持ち帰って来た食料を、前の自分が料理していた。
ジャガイモだらけのジャガイモ地獄や、キャベツだらけのキャベツ地獄を乗り切って。
せっかくブルーが奪ったのだから、「文句を言うなよ」と皆を睨んで。
(自給自足の船になっても、前のあいつは…)
やはり涙を見せはしなくて、仲間たちの前で泣くのは、誰もが泣いていた時だけ。
ミュウの子供を救出できずに、幼い命が失われた時。
苦楽を共にして来た仲間が、病に倒れて逝ってしまった時。
(…そういった時は、あいつも泣いていたんだが…)
それ以外では、前の自分の前でくらいしか、ブルーは泣きはしなかった。
けれど、その分、流す涙は深い悲しみに彩られたもの。
とても見過ごすことなど出来ない、前のブルーが流した涙。
(…それだけに、俺も弱かったんだ…)
泣かれちまったら、ただ抱き締めてやることしか…、と思い出す遥かな時の彼方。
前のブルーが泣いた時には、殆ど、それしか出来なかった。
ブルーの心を覆う悲しみ、それを拭うための手段を持たなかったから。
皆の前では泣かないブルーが、涙を流す時といったら…。
(…ミュウの未来を思った時とか、地球の座標が掴めないこととか…)
どれも「ただのキャプテン」だった自分には、どうしようもないことばかり。
最強のサイオンを誇るブルーにも出来ないことなど、前の自分に出来るわけもない。
(……そうして、前のあいつの寿命が……)
尽きてしまうと分かった時にも、やはり手立ては何も無かった。
ただ泣きじゃくるブルーを抱き締め、共に泣くしかなかった自分。
「私も一緒に行きますから」と。
けして一人きりで逝かせはしないと、必ず後を追ってゆくから、と。
そう誓ったのに、前の自分は約束を守れないで終わった。
前のブルーが、そう望んだから。
「頼むよ、ハーレイ」と後を託して、メギドへと飛んで行ったから。
(…そうやって飛んだ先で、あいつは…)
独りぼっちで泣きじゃくりながら、最期を迎えたのだと聞いた。
今の小さなブルーから。
右手に持っていた筈の温もり、それを失くして、深い悲しみと絶望の中で。
「ハーレイとの絆が切れてしまった」と、「二度と会えない」と。
(…それもあるから、余計だな…)
泣かれちまったら降参なんだ、と今のブルーの涙を思う。
瞳にじわりと滲んで来たなら、たちまち慌て出すのが自分。
ブルーの涙を止めたくて。
ポロポロと零れ出そうものなら、少しでも早く泣き止んで欲しくて。
(泣き落としと我儘は、お断りだが…)
そうでない涙は、なんとしてでも止めてやりたい。
抱き締めることしか出来なかった前の自分とは、違うから。
今の自分は、ブルーの涙を止めてやることが出来るから。
(…俺に出来ることなら、何でもするさ)
泣かれちまったら弱いんだしな、とコーヒーのカップを傾ける。
また巡り会えたブルーのためなら、きっと、なんだって出来るから。
そうすることが出来る世界に、ブルーと二人で来たのだから…。
泣かれちまったら・了
※ブルー君の涙に弱いハーレイ。前のブルーの時からですけど、今は余計に弱いかも。
けれど今では、ブルーの涙を止めてやることが出来るんですから、泣かれたら無条件降伏v
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