(ハーレイ、来てくれなかったよね…)
今日はハズレ、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
仕事帰りに来てくれるのを待っていたのに、姿を見せなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
こんな日の夜は寂しい気持ちに包まれる。
「会いたかったよ」と、「ハーレイと過ごしたかったんだよ」と。
白いシャングリラで生きた頃には、会えない日などは無かったのに。
どんなにハーレイが多忙だろうと、何処かで時間が取れたのに。
(恋人同士なことは秘密でも、ソルジャーとキャプテンだったから…)
シャングリラの頂点に立っている二人が、会わずに終わる日などは無かった。
船を預かるキャプテン・ハーレイ、彼からソルジャーへの報告は大切。
一日の打ち合わせなどを兼ねての朝食の時間、それは必ず取られていた。
ハーレイが青の間まで訪ねて来て、ソルジャーと共に食べる朝食。
(キャプテンの仕事なんだと思われてたけど…)
実のところは、お互い、大いに楽しんでいた。
ソルジャーとキャプテンの貌であっても、二人きりでの食事だから。
給仕をする係の者はいたけれど、それでも互いの顔を見られて…。
(話も出来たし、うんと幸せで…)
この上もない至福の時だった、あの朝食。
それさえ、今では叶わない。
ハーレイの家は何ブロックも離れた所で、隣同士ではないのだから。
せめて隣に住んでいたなら、いくら守り役と教え子でも…。
(たまには、一緒に朝御飯だって…)
食べられたのに、と思うけれども、現実の方はこの通り。
ハーレイが仕事帰りに寄らなかったら、こうして溜息をつくばかり。
「会いたかったよ」と、恋人の姿を思い浮かべて。
なんとも寂しい、こういう夜。
前の生でも一人の夜はあったけれども、朝が来たなら、朝食の時間で…。
(ちゃんとハーレイが来てくれて…)
幸せな時間を持てたのだから、今ほど寂しくはなかったと思う。
あの頃の自分は、充分、寂しかったのだけど。
「どうして今夜は会えないんだろう」と、ハーレイの居場所を思念で探って…。
(忙しいんだから仕方ない、って…)
無理やり自分を納得させては、ベッドで一人きりで眠った。
「明日の朝には会えるんだから」と、呪文のように心で繰り返しながら。
ハーレイは、それを裏切ることなく、次の朝には訪ねて来てくれて…。
(昨夜はすみませんでした、って…)
食事の係に聞こえないよう、ちゃんと謝ってくれていた。
ハーレイが謝ることではないのに、多忙だったことを気真面目に詫びて。
(だけど今だと、お詫びも無しで…)
放っておかれて、それでおしまい。
次にハーレイに会った時には、今日のことなど詫びてもくれない。
どうして寄ることが出来なかったか、その理由さえも話しはしない。
来られない日が長く続けば、流石に言ってくれるのだけど。
(会議があったか、柔道部なのか、それとも他の先生たちと…)
楽しい食事に出掛けて行ったか、それさえも分からないのが今。
おまけに思念で探りたくても、今の自分のサイオンは…。
(うんと不器用になっちゃって…)
思念波さえもろくに紡げないから、ハーレイの行方は分かりはしない。
だから余計に寂しくなる。
「どうしちゃったの?」と、ハーレイの様子が知りたくて。
チビの恋人など忘れてしまっていたっていいから、せめて今、何をしているか。
姿が見えれば、気配が分かれば、寂しさが少し和らぐのに。
ハーレイの「今」を見られさえすれば、それで充分、満足なのに。
(……だけど、無理……)
今の自分には出来ない芸当、どうにもならない寂しい時間。
どんなにハーレイを想っていたって、思念さえも届けられないから。
「大好きだよ」と囁きたくても、サイオンが不器用すぎるから。
(……あーあ……)
どうしてこうなっちゃったんだろう、とフウと大きく息を吐き出す。
今のハーレイと出会う前には、こんな夜など無かったのに。
夜になったら、読んでいた本をパタンと閉じて…。
(ベッドにもぐって、灯りを消して…)
次の日に備えて眠っていた。
弱い身体が、病気を連れて来ないよう。
睡眠不足になってしまうと、どうしても弱るものだから。
(本を読んだら、気は紛れるけど…)
それでも、ハーレイの顔がちらつく。
ふとしたはずみに、思い出して。
「今日はハーレイ、来なかったよね」と、悲しい現実に捕まって。
(……じゃあ、ハーレイがいけないのかな?)
会ってなかったら違ったのかな、と考えてみる。
聖痕のお蔭で巡り会えたけれども、それが未だに無かったならば、と。
(…ぼくはハーレイを知らないわけだし…)
夜に気になる人がいるなら、ハーレイと出会う前みたいに…。
(何か約束した友達とか、お休みの日に遊びたい友達…)
そうした人物が気にかかるだけで、溜息が零れることなどは無い。
友達と喧嘩なんかはしないし、約束したなら、約束は必ず果たされる。
遊びに行きたい友達だって、同じこと。
「次の休みに遊びたいな」と誘ってみたなら、快く承知してくれる。
もしも都合が悪いのだったら、「別の日に」などと。
溜息を零す必要はなくて、ただワクワクとしてくるだけ。
友達のことを、考えたって。
夜に姿が頭に浮かんで、あれこれと思い巡らせたって。
つまり、ハーレイが「いけない」らしい。
ハーレイに出会っていなかったならば、寂しい気持ちにはならない夜。
本を読んだり、友達のことを考えたりと、穏やかな時間を過ごせるだけで。
(……そうなっていたら、どうだったのかな?)
ぼくの人生、と想像してみることにした。
「ハーレイに出会っていなかったなら」と、この先のことを。
どういう具合に時が流れて、どんな風に生きて行けるのだろう、と。
(…ハーレイがいないなら、恋も無いよね?)
まだ小さいから、と自分の年を振り返ってみる。
前の生での記憶のせいで、ハーレイに恋をしているけれど…。
(十四歳にしかならない子供なんだし、ちょっと早すぎ…)
恋をするには、と自分でも一応、自覚はあった。
前の生でも、前のハーレイと出会った頃には、チビだった自分。
成人検査を受けた時のまま、成長を止めてしまっていたから。
(心も身体も育っていなくて、年はともかく、うんと子供で…)
ハーレイたちが「前の自分」を育ててくれた。
「しっかり食えよ」と食事を摂らせて、運動なんかもさせたりして。
(あの頃のぼくは、もうハーレイに恋をしてた、って分かるけど…)
それは後になって気付いたことで、当時の自分は気付いていない。
ただハーレイに纏わりついては、慕っていたというだけのこと。
つまり恋には早すぎた。
当然、今の自分にとっても、恋をするには早すぎる年が今の年齢。
(恋には早いし、友達と遊んで、勉強もして…)
その内に上の学校に行って、そこで出会うかもしれない「誰か」。
ハーレイとは別の恋のお相手、その人は、きっと…。
(女の子だよね?)
男じゃなくて、と大きく頷く。
前の自分の記憶が無ければ、男性には惹かれないのでは、と思うから。
ソルジャー・ブルーだった頃でも、ハーレイしか見えていなかったから。
(…ハーレイでなければ、ぼくの恋人、男でなくても…)
いいと思うし、実際、幼稚園の頃には、親指姫を探していた。
母が育てたチューリップの蕾を、片っ端からこじ開けて。
中に親指姫がいないか、小さな胸を高鳴らせて。
(親指姫を探すってことは、お姫様を見付けたかったんだから…)
いつか出会うだろう恋の相手も、女性だろうという気がする。
運命の相手に巡り会えたら、何度もデートを繰り返して…。
(プロポーズをして、結婚式…)
そしたら誰かが嘆くのかな、と可笑しくなった。
今の時代は「ソルジャー・ブルー」は、お伽話の王子様。
ミュウの時代の始まりを作った、大英雄でもあるのだけれども、憧れの王子様でもある。
写真集が人気で、何種類も売られているほどに。
その王子様と瓜二つなのが、大きく成長した時の自分。
ときめく女性は多いだろうし、恋の相手になれなかった人は、嘆きそう。
「どうして私じゃないのかしら」と、結婚すると耳にした時に。
選んで貰えなかったことを嘆いて、「どうしてなのよ」と。
(…ちょっぴり申し訳ないんだけれど…)
結婚相手は一人だけだし、恋の相手も一人だよね、と顎に当てた手。
前の生でも、ハーレイ以外は目にも入っていなかったのだし、今度も同じ。
そういう自分が恋をするなら、ハーレイでなくても、きっと一直線。
「好きだ」と思う人が出来たら、その人しか目には入らない。
周りを見たなら、もっと綺麗な人がいたって。
誰が見たって「あの人の方が…」と思うくらいに、素晴らしい美女に片想いされたって。
(…だって、そうだもんね?)
前のハーレイだって、そうだったものね、とクスッと笑った。
白いシャングリラで人気を博した、薔薇の花びらで作られたジャム。
欲しい人は抽選のクジを引くのだけれども、ハーレイだけは例外だった。
(キャプテンに薔薇のジャムは似合わないから、って…)
クジの入った箱は素通り、ついに引けないままだった。
ブリッジに箱が来ていた時には、ゼルだって引いていたというのに。
今の生でも恋をするなら、お相手は、たった一人だけ。
外見などにはこだわらなくて、どんなに周りが呆れようとも…。
(この人だ、って思った相手に恋をするよね)
女の子だけど…、と考えたところで我に返った。
その「女の子」を選んでいるつもりで、ハーレイを思っていた自分。
白いシャングリラの頃の記憶を、わざわざ引っ張り出してまで。
(…ハーレイでなくちゃ、ダメみたい…)
いくら寂しい思いをしても、と零れる溜息。
無意識の内に「ハーレイ」と比較するほどだから。
「ハーレイと出会わない人生」を想像したって、ハーレイが出て来るのだから。
(……やっぱり、君でなければダメだよ……)
だから放っておかないでよね、と心でハーレイに呼び掛ける。
寂しい思いは、したくないから。
一人きりになってしまった夜には、寂しくてたまらないのだから…。
君でなければ・了
※ハーレイ先生に出会わない人生を想像してみたブルー君。どんな人と恋をするのだろう、と。
けれど比べてしまっていた相手は、ハーレイ。無意識でも惹かれてしまうのですv
- <<美味しいものって
- | HOME |
- お前でなければ>>