(……恋人か……)
恋人と言ったらブルーなんだが、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日に、夜の書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(まだまだチビで、十四歳にしかならない子供で…)
とても世間では通らないから、まだ両親にしか打ち明けていない。
恋人がいることも、女性ではないということも。
(おふくろも親父も、うんと喜んでくれたんだがなあ…)
ブルーの両親はどうだろうか、と考え始めると前途は多難。
大事な一人息子のブルーが、よりにもよって男と結婚するなんて。
しかも相手は長い年月、信頼していた「守り役」のハーレイ。
ソルジャー・ブルーの生まれ変わりの、小さなブルー。
聖痕を持って生まれたブルーが、二度と聖痕に見舞われないようにと…。
(俺が守り役になっているわけで…)
キャプテン・ハーレイの生まれ変わりとして、ブルーの両親にも望まれた守り役。
安心して息子を預けていたのに、なんとキャプテン・ハーレイは…。
(前の生では、ソルジャー・ブルーの恋人で…)
誰も知らなかったというだけなんだ、とフウと溜息。
その辺の事情を説明したって、ブルーの両親は悔やむかもしれない。
「どうして息子に、こんな男を近付けたのか」と。
もしも守り役にしなかったならば、ブルーが記憶を取り戻していても…。
(今の人生ってヤツに引っ張られて、俺のことは、だ…)
それほど強くは気に留めないで、忘れた可能性もある。
最初の間は「恋人」と意識していても。
「ハーレイのことが好きだったんだ」と、魂は確かに覚えていても。
(…こればっかりは、分からんからなあ…)
他に好きな子が出来ちまったら、それっきりかも、という気もする。
逢瀬を重ねていなかったなら。
今のようにブルーの家に通って行っては、語らう時間が無かったならば。
充分に有り得た、その可能性。
今となっては起こり得ないけれど、あったかもしれない「もしも」というもの。
(…あいつの両親が、悔やまないことを祈るしか…)
ないんだよな、と仰ぐ天井。
いつかブルーにプロポーズしたら、待ち受けているだろう高いハードル。
ブルーの両親に何と言うのか、どうお許しを貰うのか。
(塩を撒かれて、叩き出されても…)
無理は無いのだし、そういう覚悟もしてはいる。
お許しが出るまで毎日通って、土下座を繰り返すこともあるかも、と。
(それでも、あいつを好きな気持ちは変えられないから…)
たとえ何年かかったとしても、高いハードルを乗り越える。
ブルーの両親の許しを貰って、結婚式を挙げなければ。
(……あいつは、駆け落ちを希望しそうだが……)
きっと言うぞ、と確信に近いものはあっても、してはならないものが駆け落ち。
それでは、自分とブルーは良くても…。
(俺の両親も、ブルーの両親も…)
悲しむことが分かっているから、その選択は避けなければ。
どんなにブルーが望もうと。
「逃げて来たよ」と荷物を抱えて、駆け落ちしようと促しに来ても。
(…それだけは、やっちゃ駄目なんだ…)
今度こそ幸せになるんだからな、と決意は固い。
前の生では許されなかった、愛おしい人と結婚すること。
それが叶うのが今の人生、おまけに青い地球に生まれて出来る結婚。
(神様の粋なはからいってヤツを…)
無駄にするなど、とんでもない、と思っているから、努力あるのみ。
ブルーの両親が反対しようと、それは激しくなじられようと。
「よくも息子を」と塩を撒かれて、毎日、門前払いだろうと。
(……前途多難ではあるんだが……)
ゴールを思えば楽なもんさ、と思うと鼻歌を歌いたい気分にもなる。
「認めて貰えない日々」を乗り越えた先は、前の生では叶わなかった結婚式。
ブルーと結婚指輪を交わして、それからはずっと二人で暮らせる。
誰にも後ろ指をさされることなく、堂々と。
何処に行くにも二人一緒で、あちこち旅行にも出掛けて行って。
(…あいつを嫁に貰ったら…)
やるべきことは山ほどあるぞ、とブルーと作ったリストを思う。
前の生から夢見たことやら、今の生で新しく出来た夢やら。
「結婚したら」と約束したこと、それを綴った二人で叶える夢たちのリスト。
端から叶えていくにしたって、いったい何年かかることやら。
(その上、これからも増えていくんだ)
結婚するまでの日々にはもちろん、結婚した後も夢たちは増えてゆくだろう。
前の生と違って、今度は希望に満ちているから。
ミュウの未来の心配も無くて、ブルーは自由なのだから。
(俺も今度は、シャングリラなんぞは背負っていないし…)
晴れて自由の身になったしな、と見回す書斎。
今の自分はただの教師で、重い責任などは何処にも無い。
ブルーも同じで、メギドに向かう少し前に口にしていた通りに…。
(…ただのブルーだ)
だから何でも出来るんだよな、と嬉しくなる。
結婚したってかまわないのだし、何処に出掛けてゆくのも自由。
もっとも、いくら自由と言っても…。
(…俺を忘れて、他の誰かと行っちまうのは…)
勘弁願いたいものなんだがな、と苦笑する。
さっき考えた「もしも」があったら、ブルーは行ってしまうから。
いくら「ハーレイ」を覚えていたって、「じゃあね」と新しい恋人と。
御免蒙りたい、ブルーに「新しい恋人」が出来ること。
今となっては有り得ないけれど、起こり得たかもしれない「それ」。
そうなっていたら、どれほどショックだっただろう。
ブルーはいるのに、目の前から消えてしまったら。
他の誰かを選んでしまって、「じゃあね」と去って行ったなら。
(いくら告白していなくても…)
今の生ではプロポーズをしていないとしても、ブルーがいなくなったなら…。
(……呆然自失で……)
頭の中は、きっと真っ白になるだろう。
前の生から愛し続けた、愛おしい人。
生まれ変わってまた巡り会えた、ブルーが行ってしまうのだから。
自分以外の誰かを見付けて、その人と恋を育んで。
その人と共に生きてゆこうと、結婚式を挙げて、指輪を交わして。
(…どうして俺じゃなかったんだ、と…)
涙に暮れても、どうすることも出来ない現実。
今のブルーが生きてゆくのは、「今のブルー」の人生だから。
前の生の記憶を持っていたって、それは単なる「アクセサリー」。
多分、人生のスパイスの一つ、味付けが珍しいというだけ。
前世の記憶を持つ人間は、恐らく、滅多にいないから。
おまけに今のブルーの場合は、とびきり素晴らしい前世。
誰もが憧れを抱く大英雄、「ソルジャー・ブルー」なのだから。
(…新しい恋人にも、きっと話して…)
大感激で話を聞いて貰って、それは幸せなカップルになる。
その人に聞かせる話の中では、「キャプテン・ハーレイ」は、単なるブルーの右腕で。
かつて恋人だったことなど、匂わせることもないままで。
(それを言ったら、大切な恋が台無しだしな?)
時の彼方でも浮気は浮気、と零れる溜息。
そうして「ハーレイ」は忘れられると、今のブルーは去ってゆくのだ、と。
(……まあ、実際には起きやしないんだがな)
あいつは俺にベタ惚れだから、とブルーの顔を思い浮かべる。
何かと言ったら「ぼくにキスして」と強請ってばかりの、我儘なブルー。
前のブルーと同じ背丈にならない間は、キスはしないと言ったのに。
唇へのキスは禁じてあるのに、あの手この手で欲しがるブルー。
(あれが厄介なんだがなあ…)
それでも去って行かれるよりは、と微笑ましくさえ思える今。
「もしも」と考えた未来の先には、「恋人のブルー」がいなかったから。
他の誰かに恋してしまって、「じゃあね」と去って行ったから。
(…本当に、それだけは勘弁なんだ…)
ブルーの両親が激怒しようが反対しようが、それくらいは全く堪えはしない。
お許しが出るまで通い続けて、ひたすら頭を下げ続けるだけ。
努力が報われる時さえ来たなら、ブルーと結婚出来るから。
前の生から二人で描いた、幾つもの夢も叶えられるから。
けれど、ブルーが去ってしまったら、自分は一人で放り出される。
せっかく青い地球に来たのに、愛おしい人を失って。
それも死神が連れ去る代わりに、他の誰かが攫って行って。
(だからと言って、俺も新しい恋をするなんて…)
とても無理だ、と自分でも分かる。
ブルーに出会ってしまったからには、「他の誰か」は有り得ないと。
今のブルーが去って行っても、心にぽっかり穴が開くだけで…。
(そいつを埋められる人間なんかは…)
いやしないんだ、と分かっているから、心の中で呟いた。
(俺は、お前でなければ駄目だ)
他の誰かじゃ駄目なんだからな、と愛おしい人に呼び掛ける。
昔も今も、「お前だけだ」と。
お前でなければ欲しくなどないと、「好きなのは、お前だけなんだ」と…。
お前でなければ・了
※ブルー君が新しい恋をしていたら、と考えてしまったハーレイ先生。可能性はあった筈。
もしもそうなったら、心に空いてしまう穴。ブルー君以外は考えられないのですv