(ハーレイ、来てくれなかったよ…)
残念だよね、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…色々、話したかったのに…)
夕食も一緒に食べたかった、と残念な気持ちは膨らむばかり。
特に話したいことというのは、無かったのに。
夕食のメニューもごくごく普通で、前の生には繋がらないもの。
それでも「会いたかった」と思う。
学校では、顔を合わせたのに。
ハーレイの古典の授業もあったし、廊下で少し立ち話だって出来たのに。
(……ぼくって、欲張り……)
だけど仕方が無いんだよね、と自分の我儘な心に言い訳。
今はともかく前の生では、会えない日などは無かったから。
恋人同士になってから後は、文字通り「無かった」とも言える。
「ソルジャーとキャプテンの朝食」は毎日のことで、夜の報告もキャプテンの任務。
よほど忙しくならない限りは、一日に二度は、顔を見られた。
その上、仕事で忙しくなるのは、ハーレイばかり。
ソルジャーは多忙になりはしないし、ハーレイが来るのが遅くなった夜は…。
(サイオンで様子を探ったりして…)
頃合いを見ては、思念で語り掛けてもいた。
「まだ終わらない?」だとか、「終わったら、厨房で夜食を頼むよ」だとか。
そうやって部屋で待った割には、眠っていたりもしたけれど。
青の間や、キャプテンの部屋で待つ内に、睡魔に捕まって。
(…ふと目が覚めたら、ハーレイがぼくの隣で寝てて…)
温もりに包まれて、上掛けも二人で使っていたもの。
ハーレイがきちんと掛けてくれていて、夜着も着せ替えてくれていて。
(あーあ……)
ホントに残念、と今の自分の境遇が辛い。
せっかくハーレイと、青い地球の上に生まれて来たのに…。
(家は別々、おまけに離れているんだよ…)
お隣だったら良かったのに、と眺めるカーテンを閉ざした窓。
それの向こうは庭を挟んで、ハーレイとは違う隣人の家。
ハーレイの家は何ブロックも離れた所で、夜中に訪ねてゆくには遠い。
(夜中でなくても、バスに乗らなきゃ…)
行けはしなくて、おまけに自分がチビの間は…。
(……出入り禁止になっちゃった……)
だから行けない、と尽きない悔しさ。
前の生では、会えない日などは無かったのに。
それに自分がその気になったら、瞬間移動で一瞬の内に…。
(…ハーレイの所に行けたんだよ)
通路で一人の時なんかにね、と思い出しては、悲しくなる。
どうして今では、こうなのだろうと。
同じ地球の上に暮らしているのに、同じ町に家があるというのに。
(……神様の意地悪……)
感謝してるけど、ちょっぴり意地悪、と神様を恨みたくもなる。
こんな風にハーレイが来なかった日には、少しだけ。
「もっと会わせてくれてもいいのに」と、「会いたかったよ」と。
なにしろ前の自分といったら、前のハーレイとは「会えて当然」だったから。
どんなにハーレイが忙しかろうと、会えずに終わった日などは無い。
ソルジャーとキャプテンが「会えない」ほどでは、船の命運も尽きるというもの。
そこまで余裕を失った船は、とても地球には辿り着けない。
皆の心が一つでなければ、遠い地球など目指せはしない。
そうするためには、必要になるのが心の余裕。
ソルジャーとキャプテンがそれを失くせば、シャングリラは宇宙の藻屑と消える。
船の頂点に立った二人が、心の余裕を失ったならば。
けれど今では、どうだろう。
ハーレイは一介の古典の教師で、自分の方はチビの教え子。
たったそれだけ、重要人物などではない。
会えなくても誰も困りはしなくて、世界が滅びるわけでもない。
(…神様が、ちょっぴり意地悪しても…)
ぼくがガッカリするだけなんだよ、と肩を落とした。
ハーレイが家に来てくれなかった日は、こんな具合に溜息だけれど、ハーレイの方は…。
(何か用事があるってことだし、ぼくみたいには…)
残念がってはいないかもね、と想像してみる。
他の先生たちと食事に行ったか、あるいは家で気ままに夕食。
「今日の会議は長引いたよな」と、帰る途中で、買い物でもして。
食べたくなった料理を作って、一人でゆったり食卓に着いて。
(……食事が済んだら、コーヒーを淹れて……)
うんとリラックスしてるんだよ、と「そう出来る」ハーレイが羨ましい。
自分みたいに溜息を零す代わりに、寛ぎの時を持てるハーレイが。
「やっぱり大人は違うんだよね」と、「忘れられている」チビの自分が悲しい。
立派な大人のハーレイの場合、そうすることが出来るから。
チビの自分と過ごさなくても、時間の楽しみ方は色々。
出掛ける先もうんと多いし、愛車でドライブにも行ける。
思い立ったら、帰り道でもハンドルを切って。
「少しドライブして帰るかな」と、行きたい方へと進路を変えて。
白いシャングリラの頃と違って、今のハーレイは自由だから。
自分の行きたい所へ向かって、車を走らせられるから。
(……いいな……)
ハーレイ、ホントに羨ましいな、とドライブする姿が目に浮かぶよう。
前のハーレイのマントと同じ色をした、お気に入りの車。
もしかしたら「シャングリラ、発進!」と、ハンドルを切るのだろうか。
「ドライブに行くぞ」と決めた時には。
いつもの帰り道を離れて、何処かへ走ってゆく時には。
(…今のハーレイの、シャングリラだしね)
空は飛べない車だけれど…、と考えた所で、ハタと気付いた。
前のハーレイは、白いシャングリラで、どう生きたのか。
どうして今のハーレイの車は、「白くない」のか。
(……前のぼくが、いなくなっちゃったから……)
前のハーレイは、ただ一人きりで、白いシャングリラに残された。
ミュウの仲間が何人いようと、何処にもいなくなった恋人。
しかも、その人の最後の望みは、シャングリラを地球まで運んでゆくこと。
ソルジャーを継いだジョミーを支えて、座標も分からなかった星へと。
人類との戦いを無事に切り抜け、地球を探して辿り着くこと。
それが、ハーレイに課せられた使命。
「何処までも共に」と誓い合った人が、いなくなっても。
愛おしい人を失ってもなお、ハーレイは生きねばならなかった。
とうに魂は死んでしまって、生ける屍のようになっても。
「そうなってしまった」ことを隠して、キャプテンとして毅然と立って。
(…ハーレイは、それを魂の何処かで覚えていて…)
白い車を選ばなかった。
「好きな色だが、選べなかったな」と話した今のハーレイ。
そして濃い緑色の車を選んだ。
若いハーレイには地味すぎる色の、前のハーレイのマントの色を。
「この色がいいと思ったんだ」と、友人たちに「渋すぎる」と言われた車を。
次に車を買い替える時は「白にしよう」と、ハーレイは言った。
「お前と一緒に乗ってゆくなら、白がいいんだ」と。
「今度の俺たちのシャングリラだから、やっぱり白がいいだろう?」とも。
(……前のハーレイは、ぼくを失くして……)
それでも、たった一人で生きた。
生まれ変わってさえ、白い車を選べないほどの、深い傷を心に刻んだままで。
何処を捜してもいない恋人、その面影を忘れられないままで。
(…もしも、ぼくなら…)
どうなるだろう、とゾクリと凍えた背筋。
逆に、自分が失くしたら。
誰よりも愛おしい大切な人を、今のハーレイを失ったならば。
(……そんなの、絶対……)
耐えられやしない、と心臓を氷の手で掴まれたよう。
今日のように「来てくれなかった」だけでも、溜息が零れてしまうのに。
「神様の意地悪」と、ちょっぴり思ってしまうのに。
(…ハーレイが転勤になっちゃったりして…)
自分の学校を離れるだけでも、物凄く辛いことだろう。
まだ転勤して来たばかりだから、その心配は無いけれど。
仮に転勤するにしたって、同じ町の中の別の学校、其処へ移るだけで…。
(今の家から通勤出来るし、引っ越したりはしないんだけど…)
ハーレイが教師でなかった場合は、遠い所へ転勤する可能性もある。
地球の離れた地域どころか、他の星へと。
ソル太陽系の中では済まずに、ワープが必須の星系などへも。
そうなってしまえば、今のようには会えなくなる。
ハーレイが休暇を貰った時とか、仕事で地球に来た時にしか…。
(会えなくなってしまうよね?)
そんなの嫌だ、と首を横に振る。
「ハーレイに会えなくなっちゃうなんて」と、「ぼくには無理」と。
きっと毎日、涙に暮れることになる。
今のハーレイに会えなくなったら、ただ「転勤」というだけのことでも。
(……転勤だけでも、そうなんだから……)
ハーレイがいなくなったなら、と恐ろしさで血が凍りそうになる。
前のハーレイがそうだったように、今の自分が、愛おしい人を失くしたら。
考えたくもない事故か何かで、ハーレイを失ってしまったならば…。
(一日だって、生きていけない…)
たとえハーレイが望んでいたって、生きてゆくことなど、とても出来ない。
前のハーレイのように、生きられはしない。
愛おしい人を、失ったならば。
生まれ変わっても、また巡り会えた人が、この世から消えてしまったら。
(……絶対、ぼくには耐えられやしない……)
前のハーレイには悪いんだけど…、と小さく肩を震わせる。
ハーレイが味わった辛い思いに耐えられるほどに、今の自分は強くないから。
ソルジャー・ブルーだった頃であっても、無理だったように思えるから。
(…ごめんね、ハーレイ…)
耐えられないから、一緒に行くよ、とキュッと右手を握り締めた。
前の生の終わりに凍えた右手を、今度は凍えないように。
ハーレイの命が終わる時には、一緒に心臓が止まるように、と。
今度は、そういう約束だから。
そう出来るように二人の心を結んで、何処までも一緒に行くのだから…。
失ったならば・了
※ハーレイ先生を失ったならば、生きてゆけそうもないブルー君。たった一日だけでも無理。
前のハーレイには「そうさせた」くせに、自分にはとても出来ないのです。何処までも一緒v