(あいつと地球に来ちまったんだよなあ……)
信じられないことなんだがな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
今の自分が住んでいるのは、青い星、地球。
当たり前のように生まれ育ったけれども、前の生では違っていた。
遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれていた頃。
青い水の星は憧れの星で、ミュウたちの約束の場所でもあった。
「いつの日か必ず、青い地球へ」と。
けれど、戦いの末に辿り着いてみれば、全く青くなかった地球。
その上、奪い去られた代償、多くの命が失われた。
アルタミラからの長い歳月、ミュウを導いた「ソルジャー・ブルー」までも。
(…前の俺は、全てを失くしちまって…)
生きる気力も失くしていたのに、行かねばならなかった地球。
そうすることがブルーの望みで、「追ってゆくこと」は許されなかった。
ブルーの寿命が尽きてしまうと分かった時には、共に逝くのだと誓ったのに。
何があろうと離れはしないし、何処までも二人、一緒にゆこうと。
(……それなのに、逝ってしまいやがった……)
俺を残して、と今でも胸がチリリと痛む。
ブルーは帰って来たのだけれども、こんな風に思い出した夜には。
メギドに向かって飛んで行ったきり、戻らなかった恋人を想う時には。
(…あいつは、確かに生きてるんだが…)
この地球の上にいるんだがな、と苦笑した。
今でも自分がこの調子だから、小さなブルーも気付いている。
「ソルジャー・ブルー」の面影が今も、「恋人の中で生きている」ことに。
十四歳にしかならないブルーと、前のブルーは見た目が違うものだから。
(それで嫉妬して、怒るんだ)
鏡に映った自分にな、と可笑しくなる。
まるで小さな子猫みたいだと、銀色の毛皮の子猫なのだ、と。
コーヒーのカップを傾けながら、クックッと肩を揺らして笑った。
「チビのくせに」と、「嫉妬するのだけは、一人前だ」と。
今のブルーはまだ子供だから、唇へのキスは許していない。
お蔭で、更にブルーは嫉妬する。
「前のぼくなら」と、「ソルジャー・ブルー」だった頃を妬んで。
ソルジャー・ブルーは自分だったのに、赤の他人であるかのように。
(まあ、こうやって笑えるのも、だ……)
あいつと地球に来られたからだな、と心で神に感謝した。
見えない神の粋な計らい、「青い地球の上に二人で生まれ変わって来る」こと。
ブルーも自分も、長い長い時を一瞬で越えて、青く蘇った地球に生まれた。
すっかり平和になった時代に、ごく平凡な人間として。
今度はソルジャーでもキャプテンでもなく、穏やかに生きてゆける人生。
(……いいもんだよなあ……)
前と違ってスリルは無いが、と考えてみる。
今だからこそ「スリル」だと言える、緊張の連続だった日々。
燃えるアルタミラから脱出した後、暗い宇宙を長く旅した。
飢えて死ぬかと思った時やら、人類軍に見付からないよう、息を殺していた時やら。
白いシャングリラが出来た後には、平和な時が流れたけれども…。
(それでも、仲間を助け出すために…)
前のブルーも、前の自分も、常に何処かで気を張っていた。
二人きりで過ごした甘い時間も、意識の底には、常に緊張があったろう。
「そういうものだ」と思っていたから、全く自覚が無かっただけで。
今の自分が同じ立場に立たされたならば、じきに参るに違いない。
(…前の俺は、とても強かったんだな)
身体が頑丈だったというだけじゃなく…、と感心する。
心も今より遥かに強くて、打たれ強かったに違いないぞ、と。
(……うん、そうだな……)
確かにそうだ、と気付かされたのが、前の自分の「心の強さ」。
前のブルーを失った後も、前の自分は懸命に生きた。
ブルーがそれを望んだから。
「頼んだよ、ハーレイ」と後を託して、メギドへと飛んで行ったから。
どんなにブルーを追ってゆきたくても、そうすることは許されない。
約束の場所へ辿り着くまで、白いシャングリラを地球へ運んでゆくまでは。
(…そうは言われても…)
今の自分なら、どうなったろうか。
生ける屍のように成り果ててもなお、地球への道を歩めただろうか。
(……そいつは、ちょっと……)
勘弁願いたいというもんだ、と肩を竦める。
いつ終わるともしれない旅路を、「ブルー無しで」歩んでゆくなんて。
「何処までも共に」と誓った愛おしい人を、失っても生きねばならないなんて。
しかも大勢の命を背負って、進んでゆかねばならない旅。
本当に「生ける屍」だったら、とても務まらなかった立場。
(…俺の心は死んでいたって…)
身体はキビキビと動き続けて、それと一緒に、精神も働き続けていた。
ブルーを失くして「死んでしまった」心を隠して、それまでの自分と同じように。
白いシャングリラを預かるキャプテン、皆が頼りにする者として。
(……俺には出来んな……)
とても無理だ、と考えただけでも恐ろしい。
今の自分が、もしもブルーを失ったなら…。
(…泣き喚くどころじゃ済まないぞ)
ショックで心臓が止まるかもな、という気さえする。
前の自分は、その衝撃を乗り越えたのに。
「ブルーが死ぬ」と知っていてなお、去り行く背中を見送れたのに。
今の自分は「持っていない」と、ハッキリと分かる、前の自分が持っていた強さ。
愛おしい人を失った後も、使命感だけで生きてゆく力。
(……とても無理だな)
あいつのいない人生なんて、と足元が崩れ落ちてゆくよう。
ぽっかりと空いた大きな穴へと、今の自分は飲み込まれて消えてゆくのだろう。
今のブルーを、失ったなら。
ある日突然、小さなブルーがいなくなったら。
(…そんなこと、起こりやしないんだが…)
今は平和な時代だしな、と思うけれども、それでも事故というものはある。
前の自分が生きた頃より、技術は遥かに進歩したけれど。
(……宇宙船の事故は、数えるほどで……)
滅多に起こりはしないものだし、起きた場合も、殆どの者は生還している。
よほど不幸な事故でなければ、命を失くしはしないけれども…。
(…今のあいつは、サイオンを上手く扱えなくて…)
タイプ・ブルーとは名ばかりだから、生存率は下がるだろう。
普通なら張れるサイオン・シールド、それを張ることが出来ないから。
突然の事故で宇宙に投げ出されたなら、今のブルーは死ぬしかない。
運よく周りに誰かいたなら、そのシールドに入れるけれど…。
(一瞬が命取りだしなあ…)
宇宙って場所は、と前の自分も、今の自分も、よく知っている。
「シールドを張れない人間がいる」と気付いて貰えるまでの間の、ほんの数秒。
それだけあったら、宇宙はブルーの命を奪う。
真空の空間で、窒息させて。
絶対零度の世界で凍らせ、小さな身体を圧し潰して。
(……本当に、そうなっちまうんだ……)
今のブルーが、宇宙船の事故に遭ったなら。
救命艇へと乗り移る前に、船が砕けてしまったならば。
そうなったならば、今の自分はブルーを失くす。
戻って来てくれた愛おしい人を、前の自分がそうだったように、奪い去られて。
(……もしも、あいつを失ったなら……)
きっと生きてはゆけないだろう。
前と違って、そこまで自分は強くはない。
それにブルーを失ってもなお、生きねばならない意味だって、無い。
(…俺が突然、いなくなっても…)
困るようなヤツは誰もいないな、と断言できる。
悲しむ者は大勢いたって、「生きてゆけなくなる」者はいない。
白いシャングリラを預かるキャプテンだった頃は、皆の命を支えたけれど。
キャプテンの自分の判断一つで、船の仲間の生死が左右されるから。
けれど今では、誰の命も…。
(預けられてはいないんだ)
ただの古典の教師なのだし、単なる社会の一員なだけ。
ブルーを失い、ショックで死んでしまったとしても、世界は変わらず回ってゆく。
教師の職は誰かが引き継ぎ、柔道部の顧問も、誰かが引き継ぐ。
嘆き悲しむ人の心も、その内に時が癒してくれる。
(…死んじまっても、いいってことだな)
今の俺なら、とフワリと軽くなる心。
ブルーを失うことがあっても、前ほど辛くないのだ、と。
失った時は、ブルーを追ってゆけばいい。
ショックで心臓が止まらなくても、自分の好きな方法で。
誰も「生きろ」と命じはしないし、今のブルーも…。
(…今度は、俺を止めやしないさ)
それどころか、待っているんだろうな、と浮かんだ笑み。
幸せに育った今のブルーは、そうだろうから。
一人きりでは寂しすぎるから、「ハーレイも来て」と言うだろうから。
(…そんな心配、要らないんだが…)
万一の時には、追って行くか、と傾けるコーヒーのカップ。
もしもブルーを、失ったら。
不幸な事故が起きてしまって、今のブルーを失くしたならば…。
失ったなら・了
※もしもブルーを失ったなら…、と考えてみたハーレイ先生。ショックで止まりそうな心臓。
けれど今度は、ブルーを追っても許されるのです。前ほど心が強くなくても大丈夫v
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