(前のぼく、最初のミュウだったんだよね…)
しかも最強のタイプ・ブルー、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(今の時代は、人間は、みんなミュウなんだけど…)
あの頃は違っていたんだよ、と前の生へと思いを馳せる。
機械が人間を統治していた世界。
滅びゆく地球を蘇らせるためだけに、人間を生かしていた時代。
SD体制が目指したものは、ただ一つ、地球の再生だけ。
人間は全て、そのための道具。
血の繋がった家族さえをも奪い去られて、機械に都合よく育て上げられた。
人工子宮から生まれた後には、養父母の許で十四歳まで。
十四歳の誕生日を迎えたら、養父母の手からは引き離された。
適性に応じて、様々な種類の教育ステーションへと、送り出すために。
其処で専門の知識を覚えて、あちこちの星へ散ってゆく。
一般市民も、軍人なども、機械は「そうして」育てていた。
誰も「疑問を抱かないように」。
機械に統治されることにも、人間よりも地球が優先されることにも。
(だから、十四歳になったら……)
施されていた記憶処理。
「成人検査」と言えば聞こえはいいのだけれども、実際は記憶を書き換えること。
養父母の許で過ごした期間の、色々なことを。
「機械が治める世界」には不向きな、温かな子供時代の思い出。
ヒトがヒトらしく生きてゆくには、それは欠かせないものなのに。
養父母は「養育係」ではなくて、血の繋がりは無くても「家族」だったのに。
(……だけど、SD体制の時代には……)
家族の情など、不要のもの。
持っていたなら、足を引っ張るかもしれないのだから。
そういう理由で行われていた、記憶の消去。
前の自分は「何も知らずに」、成人検査を受けに出掛けた。
記憶は失くしてしまったけれども、その辺りだけは覚えている。
自分の他にも、同じ年頃の少年や少女が集められた施設。
検査服のようなものを着せられ、椅子に腰掛けて順番を待った。
やがて現れた、何処から見たって看護師な女性。
「あなたの番よ」と声を掛けられ、素直に後ろについて行った自分。
(……あの頃の成人検査は、ホントに検査で……)
後の時代の、ジョミーたちとは違っていた。
恐らく「検査」だと、印象づけるためだったろう。
医療検査用の機械が待ち受けていて、その上に大人しく横たわって…。
(…検査なんだと思ってたのに…)
機械の内部に送り込まれたら、いきなり告げられた「記憶を消す」こと。
今日まで大切に育み続けた、自分が生きて来た証を。
(……忘れろだなんて言われても……)
そんなこと、出来る筈もない。
忘れたくないから、「嫌だ」と叫んだ。
記憶を消そうとしてくる機械に、精一杯に反抗して。
(…そしたら、機械が壊れてしまって…)
自分でも全く分からなかった、「いったい何が起きたのか」。
木っ端微塵に砕けた機械は、欠片になって宙を漂っていた。
機械の側には「殺さないで」と、震え、怯えて叫び続ける看護師の姿。
(…本当に、ぼくがやったんだろうか、って…)
呆然と両手を眺める間に、銃を持った男たちが駆け付けて来た。
問答無用で発砲されて、気を失ってしまった自分。
(……撃たれて死んだと思ったのに……)
目を開けた時は、既に地獄の住人だった。
「人間ではないモノ」と判断されて、檻のような場所に押し込められて。
人類には脅威でしかない化物、そういった風に決め付けられて。
(機械を壊した時に、サイオンが目覚めたんだけど…)
どうしたわけだか、同時に色素を失った。
金色だった髪は銀色に変わり、水色だった瞳は、血の色の赤に。
(……あんな変化を起こしたミュウは、前のぼくだけ……)
他には一人も出て来なかったし、タイプ・ブルーも現れなかった。
「タイプ・ブルー・オリジン」と呼ばれてはいても、タイプ・ブルーは一人だけ。
人間たちは、続々と現れ始めたミュウを恐れていたけれど…。
(…ミュウそのものは、SD体制が始まるよりも前に…)
既に存在していたという。
SD体制が崩壊した日に、キースがそれを発表するまで、誰も知らずにいたのだけれど。
(…ずっと昔にも、ミュウは生まれていたんだよ…)
人工子宮などを作った、SD体制の前の時代の研究者たち。
彼らはミュウの因子に気付いて、それをどうするべきかで迷った。
新しい時代を担うべき者か、抹殺すべき者なのかと。
(答えは出なくて、後は歴史に任せることに…)
ミュウが進化の必然だったら、たとえ端から抹殺しようと、生き延びる筈。
それで機械に与えた指示。
「生まれて来たミュウは、処分していい。しかし、因子を消してはならない」と。
機械は彼らの命に従い、実験体以外のミュウを殺した。
実験体にされたミュウたちも、過酷な実験に耐えかねて死んでいったけれども…。
(…前のぼくが、生まれるよりも前にも…)
ミュウは生まれていたのでは、と「真実」を知る今だから思う。
成人検査に抗わなければ、攻撃力のあるミュウでなければ…。
(……マツカみたいに、検査をパスして……)
人類の中で生きてゆけたのだろう。
「自分は、少し変なのでは」と思いはしても。
普通の人間と何処か違うと、奇妙な力に気付きはしても。
(…前のぼくが、危険すぎたから…)
人類は「ミュウ」を抹殺するべく、成人検査を厳重にした。
そして多くのミュウが見付かり、ついにはアルタミラを星ごと破壊したけれど…。
(……前のぼくが、ミュウでなかったら?)
ごくごく普通の人間だったら、歴史は変わっていたかもしれない。
いずれはミュウの時代になるのだけれども、それまでに通ってゆく道が。
アルタミラの惨劇は起こることなく、まるで全く違った流れ。
(…ちょっと想像も出来ないけれど…)
その可能性もあったんだよね、と赤い瞳を瞬かせる。
前の自分が「ミュウでなければ」、多分、歴史は変わったろうから。
(……ただの「ブルー」って名前の子供……)
養父母に愛され、可愛がられていたのだろう「ブルー」。
だからこそ記憶を失くしたくなくて、成人検査に抗おうとした。
サイオンを目覚めさせてまで。
身体をアルビノに変化させてまで、成人検査の機械を破壊して。
(でも、前のぼくがミュウでなかったら…)
逆らっても機械を壊せはしなくて、記憶は奪い去られただろう。
そうなっていたら、成人検査をパスした後は…。
(機械に書き換えられた記憶を、本物なんだと思い込んで…)
少しも疑いさえもしないで、システムに馴染んでいったと思う。
教育ステーションで学ぶ間に、地球を蘇らせるためにと、忠誠心を培って。
機械に従うことを覚えて、それが当然なのだと信じて。
(そしたら、前のぼくは…)
とても平凡な生を送って、穏やかに死んでいったのだろうか。
社会の中での務めを果たして、満足して。
もしかしたら一般人のコースに進んで、結婚して、子供を何人か育てて。
(…そうだったかもね?)
その方が平和だったのかもね、と考えないでもない。
前の自分がミュウでなかったら、歴史は変わっていただろうから。
「タイプ・ブルー・オリジン」が、もしも生まれなかったなら。
ただの「ブルー」のままで終わって、ミュウにはならなかったなら…。
(…アルタミラは、壊されたりはしなくて…)
大勢のミュウが命拾いをしたかもしれない。
ミュウだと知られず、成人検査をパスしていって。
研究施設で命を落とした大勢のミュウも、メギドの炎に殺されたミュウも。
(……その方が、良かったのかもね……)
みんなのためには、と落ち込んでゆく気持ち。
前の自分がミュウだったばかりに、死へと続く道を歩む羽目に陥った、他のミュウたち。
彼らには何の罪も無いのに、「危険な生き物」と判断されて。
「タイプ・ブルー・オリジン」が危険すぎたばかりに、恐れられて。
(…前のぼくが、ミュウでなかったら…)
いったい何人が助かっただろう、と涙が零れそうになる。
「その方が、きっと良かったんだよ」と、戻れない過去を思い返して。
今更、どうにもならないことでも、自分が悪いように思えて。
(……前のハーレイたちだって……)
あんな酷い目に遭わなくて済んだ筈なんだよ、と噛み締める唇。
きっと成人検査をパスして、幸せに生きてゆけただろう、と。
(…ごめんね……)
本当に悪いことをしちゃった、と溢れ出した涙。
前の自分がミュウだったせいで、大勢のミュウに迷惑をかけた、と。
(……前のぼくが、ミュウでなかったら……)
会わずに終わっただろう、前のハーレイ。
生まれた時代が違いすぎたから、前のハーレイが生まれる頃には…。
(…前のぼくは、とっくに死んじゃっていて…)
巡り会う機会は訪れなかった。
それでも、良かったのかもしれない。
前のハーレイたちが「ミュウだ」と知られず、平穏な生涯を送れたならば。
(……そうだよね?)
そうだったかも、と泣きじゃくっていたら、耳に届いたハーレイの声。
「本当に、そうか?」と。
「お前に会えずに終わるよりかは、あれで良かったと思うがな」と。
(……ハーレイ!?)
今の、ハーレイの思念だったの、と見回すけれども、そんな筈もない。
人間が全てミュウになった今では、思念波を飛ばすのは、マナー違反だから。
(…でも…)
ハーレイなら、そう言ってくれる気がする。
この場にいたなら、涙をそっと拭ってくれて。
「前のお前は、ミュウでいいんだ」と、「ソルジャー・ブルーは大英雄だぞ」と。
(……勝手な思い込みだろうけど……)
それでも、ハーレイなら言ってくれるよ、と浮かべた笑み。
前の自分がミュウでなかったら、ハーレイに出会えはしないから。
二人で青い地球にも来られず、一緒に生きてゆける未来も無いのだから…。
ミュウでなかったら・了
※ブルー君が、ふと考えたこと。前の自分がミュウでなかったら、と。歴史まで変わりそう。
気が付いたら、落ち込んでしまったのですけれど…。ハーレイ先生なら、きっとこんな具合v
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