(今じゃ、全員、ミュウなんだよなあ…)
ミュウじゃないヤツなんていやしないんだ、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
死の星だった地球が青く蘇った今の時代は、人間と言えばミュウしかいない。
誰もがミュウになっているから、サイオンも当たり前のもの。
「サイオンを使わない」ことがマナーになるほど、普通の力とされている。
持っているのが当然だけれど、「出来るだけ、使わずに」が社会のルール。
思念波の代わりに言葉を使って、物を動かすのも「自分の手足で」。
(空を飛ぶのは、論外だってな)
タイプ・ブルーも、さほど珍しくはなくなったせいで、生まれた常識。
飛ぶのだったら、そのために整備されている場所で、空を飛ぶこと。
「遅刻しそうだ」と飛んでゆくなど、非常識だとされている。
もちろん、瞬間移動で「パッと移動する」のも、「いい大人」ならば…。
(やっちゃいかんのが、今なんだ)
人間らしく生きてゆかねば、というのが今の時代の考え方。
遠い昔に地球を滅びに向かわせた理由を、よくよく検討した結果。
「便利さ」ばかりを追い求めたヒトは、自然を破壊し、地球を滅びに導いた。
そうならないよう、あえて「便利さ」を優先しない世界が出来た。
「いつでも、何処でも」連絡が取れたネットワークなどを、切り捨てて。
せっかく、そのように生きてゆくのだから、サイオンも同じに「使わない」もの。
「ヒトらしく生きる」が、今の時代の合言葉。
だから、ミュウしかいない世界でも…。
(……人類が見ても、全く気付かないかもな?)
道をゆく人々が、全てミュウだとは。
たった今、言葉を交わした相手が、「人類の敵」のミュウだったとは。
想像してみると、面白い世界。
今はもういない「人類」が見ても、「ミュウがいる」とは気付かないだろう「今」。
まさか、そのように進化しようとは、前の自分も思わなかった。
遠く遥かな時の彼方で、地球を目指していた頃は。
前のブルーと生きていた頃も、前のブルーを失くした後も。
(いつか地球まで辿り着いたら、人類と和解して……)
共存の道を歩みたい、というのが当時のミュウたちの悲願。
ミュウの存在を認めて貰って、人類と共に、社会を、世界を構築すること。
(……ところが、どっこい……)
最後の最後に分かった真実、国家主席だったキースが流したメッセージ。
それを目にして、皆、驚いた。
ミュウは「異分子」ではなかったのだ、と。
SD体制が始まるよりも前、既に特定されていた「ミュウ因子」。
グランド・マザーには、それを消すことが許されなかった。
ミュウは「進化の必然」だから。
人類の中から新たに生まれた、次の時代の人間だから。
(…そうでなければ、自然消滅するだろう、と…)
ミュウの因子を放置したまま、始まったSD体制の時代。
やがて最初のミュウが生まれて、人類は慌てて手を打った。
「この異分子を滅ぼさねば」と、閉じ込め、研究対象にして。
それでもミュウは増えてゆくから、ついには育英都市があった星ごと…。
(メギドで破壊したってわけだが、前の俺たちが、逃げ出して…)
生き延びたばかりか、ミュウの子供を救い出しては、次の時代に繋いでいった。
ついには地球まで辿り着いた上、SD体制を倒した世代を。
進化の必然だったからこそ、「そうなったのだ」と、キースも悟った。
けれど、その後に続いた時代は…。
(アッという間に、人類までミュウに変わっちまって…)
ミュウしかいなくなってしまって、揉めている暇も無かったという。
人類までミュウに進化したなら、争う理由は無いのだから。
誰も思わなかった速さで、人類はミュウに進化した。
何故なら、ミュウと接触したなら、「ミュウになりたい」と望んだら…。
(…誰の中にも少しはあった、ミュウ因子ってヤツが…)
覚醒するから、直ぐにミュウへと変化してゆく。
進化というのは、そういったもので、今では、とっくに「ミュウしかいない」。
(そうなっちまうのを恐れたのかもなあ、SD体制を作ったヤツらは…)
ミュウは体制に馴染まないから、と考えていて、違う方へと向かった思考。
「もしも」と、前の生へと思いを馳せて。
アルタミラで生まれた前の自分が、「ミュウ因子を持っていなかったら」と。
(……あの時代だと、ミュウは端から殺すか、研究施設にブチ込むか……)
その辺を自由に出歩かないから、一般市民がミュウと接触する機会は無い。
つまり「ミュウ因子が目覚める機会」は、絶対に来るわけがない。
因子を持たずに生まれて来たなら、最後まで「人類」として生きてゆくだけ。
異分子のミュウの存在も知らず、ごく平凡な生を送って。
(…そうなっていたら、まずは成人検査だな)
受けたって、大して変わりやしないぞ、と苦笑する。
なんでも「子供時代の記憶を奪って、都合よく書き換える」らしいけれども…。
(前の俺には、成人検査よりも前の記憶が無かったからな)
検査と、その後に続いた人体実験、それが全てを奪っていった。
両親の顔を忘れるどころか、その名も覚えていなかった。
それに比べれば、成人検査を無事にパスした子供たちの方が…。
(子供時代も、故郷の記憶も、多めに覚えていたろうさ)
たとえ機械が書き換えていても、基本の部分は「残す」から。
幼馴染や、故郷の星やら、そういったものは「忘れない」。
前の自分も、何の疑問も抱かないまま、「その後」を生きていっただろう。
教育ステーションで四年学んで、社会に出て。
他の人間たちと全く同じに、ミュウのことなど知らないままで。
(…いったい何になったんだろうなあ?)
メンバーズなんぞは無理だろうし、と想像の翼を羽ばたかせる。
前の自分が、シャングリラで担った役どころから、考えられる職業は…。
(料理人か、宇宙船のパイロット…)
だが、パイロットは後付けだしな、と思いもする。
前のブルーが「キャプテンに」と推したお蔭で、そうなっただけ。
とはいえ、適性がまるで無ければ、操船技術を覚えることは出来ないだろうし…。
(成人検査で、適性も判断するんだっけな?)
機械が才能を見出していたら、料理人の道に進むよりかは、パイロット。
そうなっていた可能性の方が高いな、と容易に分かる。
いくら「料理人」が夢だったとしても、そのコースには行けないで。
料理はあくまで趣味としてしか、楽しませては貰えないで。
(それがSD体制ってヤツだ)
希望が通るとは限らない世界、「やりたい」と「やれる」は違った世界。
前の自分は、パイロットになっていたのだろう。
何処まで出世できていたかは、自分でも分からないけれど。
(…パイロットになってりゃ、故郷の星にも…)
立ち寄る機会は多いだろうし、「懐かしいな」と何度も街を歩いたろうか。
両親に会いに行こうだなどとは、思いもせずに。
その辺のことは、機械が処理しているだろうから、幼馴染でも探しながら。
(……待てよ?)
故郷の星は、あのアルタミラがあった、ジュピターの衛星。
ミュウ殲滅のために、メギドの炎で砕かれたガニメデ。
(もしかしたら、アルタミラ事変の時にも……)
パイロットになった前の自分は、故郷の星にいたかもしれない。
いつも通りに宙港に降りて、休暇を楽しんでいる最中に…。
(緊急呼び出しが入って、慌てて離陸で…)
直後に、遠く離れた場所から、砕ける故郷を見たのだろうか。
何が起きたのかも分からないまま、呆然として。
(……俺の故郷が……)
跡形もなく砕けるなんて、と考えただけでゾッとする。
前の自分は「ミュウだったから」、命からがら逃げ出し、自由になったけれども…。
(ミュウでなければ、故郷を失くして……)
二度と戻れやしなかったんだ、と違う視点で見て驚いた。
きっと「その目に遭った」人類だって、一人くらいはいただろう。
アルタミラで育ってパイロットになり、何度も寄った故郷を失った「誰か」。
前の自分が「それ」だったならば、どれほど悲しかっただろうか。
懐かしい航路を飛んで行っても、故郷の星には、二度と降りられないなんて。
その宙域を飛んでみたって、砕け散った名残りがあるだけなんて。
(…そいつは、勘弁願いたいぞ…)
脱出した方のミュウで良かった、と心底、思った。
当時は呪っていた運命も、さほど悪くはなかったのだ、と。
成人検査をパスしていたなら、失った筈の「故郷の星」。
おまけに、前のブルーに出会うことさえ、一般人では無理だったろう。
故郷の星に何度降りても、研究施設に近付くことなど、出来はしないし…。
(前のあいつが、そんな所にいることも…)
知らないままで、一生を終えていった筈。
故郷の星があった宙域、其処を何度も飛びながら。
「どうして砕けてしまったんだ」と、真相も知らずに悲しみながら。
(……やっぱり、ミュウでなければ駄目だな)
前の俺は、と傾けるコーヒーのカップ。
故郷の星を失くすなんぞは、御免だから。
前のブルーと出会えずに終わる、人生などは最悪だから…。
ミュウでなければ・了
※前の自分がミュウでなかったら、と考えてみたハーレイ先生。人類だった場合の人生。
故郷の星を失った上に、前のブルーにも出会えないまま終わる生涯。悲しすぎかも。
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