(変身する、っていうのがあるよね…)
未だに夢の能力だけど、と小さなブルーが思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ずっと昔から、人間の夢…)
何かに変身するってことは、と考えてみる。
物語の中の魔法使いが変身したり、他の人間を変身させたり。
(…シンデレラ姫も、変身の一種…)
シンデレラの肉体はそのままだけれど、衣装も髪型も魔法で変わる。
みすぼらしい娘から、お城の舞踏会でも通用する立派な姫君へと。
(おとぎ話だと、変身するのも多いよね?)
魔法を使える人間もそうだし、妖精の類も変身するもの。
もっと昔に遡ったら、神話の中にも沢山ある。
(人間が植物に変わっちゃうとか…)
ギリシャ神話に幾つもあるよ、といくらでも思い出せる変身物語。
他の神話にも、その手の話は少なくない。
きっと昔から人が夢見た、変身するという能力。
(…植物になったら、何も出来なくなっちゃうけれど…)
鳥や動物に姿を変えたら、その能力が手に入る。
翼を広げて空に舞い上がり、海も山も越えて飛んでゆくとか。
とても足の速い馬にでもなって、行きたい場所まで駆けてゆくとか。
(…だけど、今でも夢の能力…)
変身できる人はいないんだよね、と最初の所に戻った思考。
人間が全てミュウになった今でも、変身能力を持つ人間はいない。
『ミュウ』という種族が誕生してから、かなりの時が経っているのに。
死の星だった地球が青く蘇り、豊かな自然が息づく世界になるくらいに。
(……うーん……)
やっぱり夢の夢なのかな、と思う「変身」。
サイオニック・ドリームを使えば、そのように見せかけることは出来ても…。
(実際の姿は変わらないから…)
それは変身とは呼べないだろう。
「変身した」ように見せかけた姿が、どんなに完璧だったって。
姿に伴う能力までをも、サイオンで再現して見せたって。
(…ドラゴンになって、火を吐いたって…)
その火で何かを燃え上がらせても、それはサイオンの「別の働き」。
「炎を生み出す」サイオンの力、それを使っているのに過ぎない。
決して「自分が吐いた火」ではなく、姿もドラゴンに変わってはいない。
そういった風に見えているだけ、全く変身できてはいない。
(…やってる本人が、一番、自覚してるよね…)
変身なんかは出来ていないこと。
観客たちが拍手したって、ドラゴンなんかは「何処にもいない」ということを。
(……本当に変身するんなら……)
身体の組織を、まるごと変えることになる。
ドラゴンは実在してはいないし、現実的な所で考えるなら…。
(鳥になるなら、鳥の身体に…)
肉体を変化させなければ。
空を飛んでゆく鳥の身体は、骨格どころか、骨までがヒトとは全く別物。
(…基本は同じなんだろうけど、鳥の骨は、うんと軽くって…)
空洞が幾つもあるのだったか、それとも別の仕組みだったか。
どちらにしても、人間とは違う重さと密度を持った骨。
それを獲得しないことには、鳥にはなれない。
更に骨格を鳥のものへと、すっかり変えてしまわなければ。
(……人間の身体には、全く無い骨……)
そんな骨まで作り出した上で、鳥のそれへと組み替える骨格。
でないと、鳥にはなれないから。
大空を自由に舞える翼は、自分のものにはならないから。
(…とっても大変…)
腕が翼になるだけじゃないし、と考えただけでも疲れそう。
そこまでの変化をするのだったら、常識でいけば、とても一瞬の間には無理。
(……医学の力を借りたって……)
長い長い時間がかかるだろうし、恐らく、そんな実験は禁止。
「人間が人間でなくなる」ような、技術を開発してはいけない。
いくら平和な時代であっても、それは「神への挑戦」だから。
神の領域を侵す行為で、SD体制の時代と似たようなもの。
「無から人間を造った機械」と、いったい何処が違うというのか。
たとえ本人が望んでいたって、やってはいけない「ヒトを変身させる」こと。
どうしても変身したいのだったら、「自分でやる」しかないだろう。
さっき「たとえば…」と想像したみたいに、身体の組織を組み替えて。
サイオンを「そのように」使いこなして、一瞬の内に。
(ちょっと想像も出来ないんだけど……?)
身体の組織の組み替えなんて、と探った自分の頭の中身。
前の生での記憶があるから、サイオンの知識は「それなりに」ある。
遠く遥かな時の彼方で、最強と謳われた「ソルジャー・ブルー」が持っていた「それ」。
人類さえもが「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」と呼んだくらいの能力者。
もっとも、生まれ変わりの自分は、サイオンなんかは…。
(まるで全く、使えないんだけど…!)
思念波だってロクに紡げないよ、と情けなくなる今の能力。
それでも知識は充分あるから、変身が可能になるかどうかは…。
(……考えてみれば、答えは出るかも……)
どうなのかな、と前の自分の知識を探る。
似たようなことをやっていないか、何かを応用できないか、と。
空間を飛び越える瞬間移動。
自分の身体を別の場所へと飛ばすのだけれど、身体の組織は変化はしない。
別の所へ移動するだけ、身体の置き場を変えているだけ。
(とんでもない距離を飛んだって…)
細胞に変化が起こりはしないし、微塵も変わらない自分の肉体。
この能力を応用したって、変身するのは絶対に無理。
(…空を飛べるのも…)
念動力が強いというだけ、重力に逆らえるだけの強さがあるに過ぎない。
翼が生えてくるわけではなく、やはり参考にはならない能力。
(念動力だって、細胞の仕組みは変えられないし…)
そんな風には作用しないのが、念動力。
サイオン・バーストを起こした所で、身体の組織が壊れはしても…。
(単に身体が持たないってだけで、組織が変化するのとは…)
違うんだよね、と「自分の身体」が知っている。
前の自分がメギドの破壊に使った、最後の力がサイオン・バースト。
限界を超えてサイオンを使えば、力が暴走し始める。
自分が「生きる」ための力を、全てサイオンに変える方へと。
爆発的な力が生まれる代わりに、身体の組織は壊れてしまって、死が待つだけ。
誰かが止めに入らなければ、そうなってしまう。
(…あれだけの力を放出したって、身体の組織は…)
ちっとも変わりはしないんだから、と零れる溜息。
つまり決して出来ない変身、身体を作り変えることは出来ない。
人類は持たなかった能力、サイオンを使いこなしても。
どれほどの力を発揮しようと、『ミュウ』が変身することは無理。
今も変身は夢のまた夢、物語の中にしか存在しない。
人間が全てミュウになっても、「タイプ・ブルー」が珍しくはない時代でも。
(……変身するのは、無理みたい……)
変身できたら楽しそうだ、と思うのに。
自由に姿を変えられるのなら、人間が持たない力を使いこなせるなら。
(鳥になれたら、空を飛べるし…)
魚になったら、海の中を自由に泳いでゆける。
虚弱に生まれた身体なんかは、少しも苦にはならないで。
変身したからには、鳥も魚も、その姿での能力をフルに使える筈なのだから。
(…えーっと…?)
だったらウサギ、と頭に浮かんだ、幼かった頃の自分の目標。
幼稚園の頃に、ウサギの身体に憧れた。
いつも元気に跳ね回っていた、幼稚園で飼われていたウサギたち。
(だから、ぼくだって、ウサギになれたら…)
元気な身体が手に入るだろう、と夢は「ウサギになること」だった。
ウサギと仲良くしていたならば、いつか「なれるに違いない」と。
「ウサギになる方法」を教えて貰って、ウサギになろう、と。
(……それって、ウサギに変身するっていうこと……)
そういう形の夢だったんだ、と今頃、気付いた。
同じ変身するのだったら、ウサギでなくても良かったのに。
「もっと元気な身体がいいよ」と、「健康な身体の人間」に変身したならば…。
(…パパとママに、庭で飼って貰わなくても…)
ウサギの小屋を作って貰わなくても、自分の部屋で暮らしてゆけた。
食事も、おやつも、人間用で。
もちろん、両親とも自由に話せて、友達とだって遊び回って。
(ぼくって、とても馬鹿だった…?)
小さいから仕方ないんだけれど、と思うけれども、足りなかった知識。
今の時代も夢の能力、変身する力を使うというのに、それで変身するものがウサギ。
他の選択肢も、あったのに。
わざわざウサギを選ばなくても、別の姿になれただろうに。
(……もしも、ウサギになってたら……)
庭をピョンピョン跳ね回るだけで、ニンジンなどを貰えるだけ。
他の動物なら、もっと世界が広いだろうに。
たとえば猫になっていたなら、生垣をヒョイとくぐり抜けて…。
(家の外まで散歩に行けるし、他所の家の庭でも遊べるし…)
猫の友達も出来るだろうから、ウサギなどより、ずっといい。
けれど、それより、もっといいのは「健康な人間」に変身すること。
すっかり元気になれるけれども、他には何も変わりはしない。
それでも「ウサギになる」よりはずっと、素敵な世界が手に入る。
いつかハーレイと出会った時にも、ウサギの姿だったら困るけれども…。
(人間だったら、今と同じで…)
何も不自由しないのだから、人間に変身するべきだった。
幼かった頃の夢が、叶っていたら。
今の時代も夢の能力、変身する力があったなら。
(……そんな力が無くて良かった……)
ウサギになってしまってからじゃ手遅れ、とホッと安堵の息をつく。
生涯にたった一度の変身、奇跡が起こっていなかったことに、感謝して。
幼い子供の「足りない知識」は、変身するには向かなかったことが分かったから…。
変身できたなら・了
※変身できたら楽しいだろう、と考えたのがブルー君。今の時代も変身するのは夢物語。
けれど幼かった日に夢見た変身、それで変身するのがウサギ。奇跡が起こっていたら大変v