(変身能力というヤツは…)
未だに誰も持っちゃいないな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日に、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
(人間が皆、ミュウになってから、かなりの時が経つんだが…)
死の星だった地球が青く蘇るほどの、長い年月。
それを経た今、タイプ・ブルーの人間の数も少なくはない。
(他のサイオン・タイプに比べりゃ、少ないんだが…)
前の自分が生きた頃とは、全く事情が違っている。
何処の学校にもタイプ・ブルーの生徒がいるし、会社にだって普通にいる。
ただ、サイオンを使う場面が殆ど無いのが、今の時代。
「サイオンを使わない」のが社会のマナーで、好きに使うのは子供くらいなもの。
だから滅多に「青いサイオン・カラー」を見ることはない。
(それでも数は少なくないから…)
超越した能力を持った人間、それが出て来ても不思議ではない。
前のブルーがそうだったように、「他のミュウとは比較にならない」能力者。
(それなのに、変身が出来る人間は…)
一人もいなくて、変身できるヒーローなどは、今でも人気。
なにしろ「夢の能力」だから。
人間がどんなに頑張ってみても、変身することは不可能だから。
(……変身したように見せかけることは……)
出来るんだよな、と分かっている。
サイオニック・ドリームを使えば簡単、いくらでも好きに変えられる姿。
けれど本当は「ただの幻」、変身できたわけではない。
鳥に変わって飛んでゆこうが、ドラゴンになって周囲を威圧しようが、実際は…。
(姿は全く変わっていなくて、そんな風に見えるだけなんだよな)
一種のマジックみたいなモンだ、と苦笑する。
「やっぱり変身は、夢物語に過ぎないんだな」と。
人間が地球しか知らなかった頃にも、そういう物語はあった。
一番古い形のものだと、ギリシャ神話になるのだろうか。
(人間が植物に変身する、ってのが多かったか…?)
水仙になったナルキッソスとか、月桂樹になったダフネだとか。
アネモネも少年だった筈だし、変わった所では石になった少女がアメシスト。
(熊にされちまった女性もいたなあ…)
自分で変身したわけじゃないが、と数えた女性の名前がカリスト。
女神の怒りに触れたばかりに、熊の姿にされてしまった。
そして我が子に狩られる所を、ゼウスが救って星座に変えた。
夜空に輝く大熊座に。
彼女の息子も、小熊座になった。
(熊に変わって、お次は星座だ)
なかなかに凄い変身だよな、と感心する神話の壮大さ。
神話だけに全てが作り話なのか、あるいは真実の欠片があるのか。
(……流石に、ちょっと古すぎてなあ……)
検証のしようも無いってモンだ、と思うけれども、もっと後の時代。
神話ではなくて、記録が残る時代になっても…。
(有名なトコだと、人狼伝説……)
ヨーロッパで恐れられていた、狼人間。
満月の光を浴びると狼に変わり、普通の人間を食い殺した彼ら。
かなりな数の記録が残されただけに、作り話とも思えない。
(…本当に狼に変身したのか、何かの比喩か…)
そこの所は分からないけれど、もしも変身していたのなら…。
(サイオニック・ドリームだったのか?)
多分そうだな、と今だから思う。
これほどの時が流れた今でも、誰も変身できないから。
変身は今も夢のまた夢、物語にしか出て来ないから。
(…夢ってヤツだな、人間の…)
特に子供には夢なんだよな、と幼かった頃を思い出す。
ヒーローに変身してみたかったし、他の子たちも似たようなもの。
(…今のブルーだと、ちょっと変わってて…)
なんとウサギと来たもんだ、と小さなブルーの「将来の夢」が頭に浮かんだ。
今度も虚弱に生まれたブルー。
幼稚園児だった頃に描いた将来の夢が、「ウサギになること」。
ブルーが通う幼稚園にあった、ウサギの小屋。
元気に跳ね回るウサギたちを見て、ブルーもウサギになりたくなった。
ウサギになったら元気になれる、と考えて。
(でもって、ちゃんとウサギになれたら…)
両親に飼って貰うつもりで、せっせと通ったウサギたちの小屋。
ウサギと仲良くなりさえしたら、「ウサギになれる方法」を教えて貰える、と。
いつか自分もウサギになろうと、赤い瞳を煌めかせて。
(あいつがウサギになっちまってたら…)
俺も変身するしかなくて…、とブルーとの会話が蘇る。
「俺も一緒にウサギになるから、一緒に暮らそう」とブルーに話した。
再会した時のブルーの姿がウサギだったら、自分もウサギに姿を変える。
ブルーは白いウサギだけれども、自分は茶色い毛皮のウサギ。
変身できたら、ブルーの家のウサギ用の小屋は、お役御免で…。
(あいつと郊外の野原に移って、巣穴を掘るんだ)
二人で住むのに充分な広さの、立派なものを。
安全そうな場所を見付けて、頑丈な足で、せっせと掘って。
そういう、ブルーとの夢物語。
ウサギになれるわけもないから、もう本当に他愛ない話。
とはいえ、楽しかったのだけれど。
ブルーと二人でウサギになるのも、きっと悪くはないだろうから。
(……もしも、変身できるなら……)
今の自分が変身できたら、いったい何になりたいだろう。
ヒトが未だに持たない能力、夢の力があったなら。
(…ガキの頃に見た、ヒーローものだと…)
変身したなら、凄い力が手に入る。
タイプ・ブルーの人間でさえも、持ってはいない素晴らしい能力が。
(しかし、そんな力を貰っても…)
出番が全く無いんだよな、と分かっているのが今の世の中。
戦争も武器も、とうの昔に滅びてしまった平和な世界。
「悪の組織と戦う」などは、物語の中にしか存在しない。
だから変身するだけ無駄だし、ヒーローになれる場所だって無い。
それでは変身する意味が無くて、もちろんヒーローにもなれない。
(……うーむ……)
だったら何に、と思った所で、前のブルーがポンと浮かんだ。
変身すれば、そのものズバリの姿と能力が手に入る。
前のブルーの姿はともかく、能力は今でも気になるところ。
「いったい、どれほどのものだったのか」と、ブルーが負っていた重荷と共に。
(…前のあいつになれたなら…)
少しは理解できるのだろうか、前のブルーの悲しみが。
「一人きりのタイプ・ブルー」だった頃の、深い憂いと苦しみとが。
(今の俺が、変身できたところで…)
世界がすっかり変わっているから、同じ体験をすることは無理。
せいぜい、ブルーがやっていたように、思念の糸を細かく張り巡らせる程度。
「シャングリラの何処で、何があっても」分かるようにと、前のブルーが張った糸。
どれほど神経を使っていたのか、前の自分には謎だった。
分かるものなら、それを体験したくもある。
もうシャングリラは無いのだけれども、似たような広さの空間などで。
シャングリラの仲間と同じほどの数、人が散らばる建物などで。
(…前のあいつか…)
変身できたら、なってみたい、と思う存在。
他にも何か、と今度は思考を「今」へと向ける。
今のブルーと関わるのならば、何に変身すればいいか、と。
(…前のあいつに変身した、などと知られたら…)
小さなブルーは怒り狂って、「酷い!」と叫ぶことだろう。
「やっぱり、前のぼくの方がいいんだ」と、「鏡を覗いていたんでしょ!」と。
(あいつは、自分に嫉妬するしな…)
鏡に映った姿に喧嘩を吹っ掛ける子猫みたいに、と笑った途端に閃いた。
「これだ!」という「変身したい存在」。
今のブルーが喜びそうで、自分にとっても、お得なモノ。
(そうだ、ミーシャになればいいんだ!)
子供だった頃、母が飼っていた真っ白な猫の名前がミーシャ。
今のブルーに写真を見せたら、それは嬉しそうに眺めていた。
おまけに「猫になりたい」などと言い出し、理由は「ハーレイの側にいられるから」。
(俺がミーシャに変身できたら…)
毎日、仕事が終わった後には、ミーシャに変身。
そして自分の家には帰らず、代わりにブルーの家にゆく。
生垣を抜けて庭に入って、「ニャア」と一声、鳴いたなら…。
(ブルーが出て来て、俺を抱えて…)
部屋へと連れてゆけばいい。
そうすれば朝までブルーと一緒で、ブルーが欲しがるキスだって…。
(猫の俺なら、何の問題も無いってな!)
ブルーの顔をペロペロと舐めて、唇にキス。
猫の小さな唇で。
フカフカの毛皮の感触つきで。
(よし…!)
変身できたら、猫になるぞ、とコーヒーのカップを傾ける。
そんな力は持っていないから、夢物語に過ぎないけれど。
ヒトは未だに変身できずに、夢を描いているのだけれど。
(猫になれたら、めでたし、めでたし…)
ブルーは複雑なんだろうがな、と意地悪な笑みも忘れない。
毎晩、恋人と過ごせはしたって、「猫」なのだから。
山ほどキスをして貰えたって、フカフカの毛皮とセットだから…。
変身できたら・了
※未だに変身できない、人間。ハーレイ先生が考えてみた、「自分が変身したいもの」。
真っ白な猫のミーシャに変身、そして毎晩、ブルーの家へ。問題なく一緒に過ごせますよねv
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