(…ずいぶん、狭くなったよね…)
ぼくの部屋、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(んーと…?)
ベッドに、机に、本棚に…、と数えてゆく家具。
クローゼットだって、忘れはしない。
なにしろ、クローゼットには…。
(ママにバレないように、コッソリ…)
鉛筆で印がつけてある。
前の自分の背丈の高さを、きちんと床から測った場所に。
そこまで今の背丈が伸びたら、ハーレイとキスが出来る目印。
まだまだ当分、その日は来なくて、印は見上げるだけなのだけれど。
ハーレイにキスを強請っても無駄で、いつも叱られてばかりだけれど。
(今のぼくの家具、全部並べても…)
一杯になるか怪しいよね、と頭に浮かべた「前の自分」の部屋。
もちろん青の間全体ではなくて、ベッド周りのスペースだけを。
(ベッドだけでも、今のベッドよりもずっと大きくて…)
無駄に立派で、ベッドの枠には、ミュウの紋章まで彫り込まれていた。
更には天蓋付きのカーテン、ぐるりと円形に巡らされたもの。
(……あのカーテンの中だけで……)
今の家具を置くには充分だろうし、そうなってくると余るスペース。
カーテンを巡らせた向こう側には、幾つも灯った青い照明。
それから「床だけ」の部分が広がり、大きな円を作り上げていた。
前の自分の部屋と言ったら、感覚としては、その部分。
付け加えるなら、奥の方にあった、バスルームだとか、小さなキッチン。
それで全部で、青の間自体は…。
(……無用の長物……)
無駄だったよね、と今でも思う。
あんなに広い部屋を貰った所で、使えるわけなどなかったのに、と。
前の自分が「無理やり」押し付けられた部屋。
とんでもない広さがあった空間、貯水槽まで備えた青の間。
高い天井は見上げてみても、何処にあるのか分からなかった。
(サイオンで見たら、見えたんだけどね…)
今の自分が入ってみたって、天井は見えないことだろう。
サイオンがすっかり不器用になって、「見る」ことなどは出来ないから。
肉眼で青の間の天井を見ても、視界に入るのは暗闇ばかり。
(……こけおどし……)
ソルジャーの威厳を高めるためにと、工夫されたのが、あの部屋だった。
ただでも無駄に広いというのに、一層、広く見えるようにと。
わざわざ照明を暗くした上、設置場所まで計算して。
(……貯水槽だって、ホントは要らなかったのに……)
作った所で意味は無いのに、それにも理由が付けられた。
「ソルジャーのサイオンは、水と相性がいいから」と。
ゼルとヒルマンが開発した機械、それを使って測定した結果を基にして。
(大嘘つき…)
あれだって誤差の範囲内だよ、と前の自分もよく知っていた。
だから必死に反対したのに、誰も聞いてはくれなかった。
「こういう部屋に住んで頂きます」と、図面を描いて寄越しただけで。
白いシャングリラの改造計画、それの重要な一環として。
(……貯水槽の水、あの部屋でしか……)
循環してはいなかったから、無駄の極みと言えるだろう。
せめて公園にも流れてゆくなら、まだしも救いがあったのに。
青の間だけの特権ではなくて、船の誰もが享受できるもの。
けれども、それは叶わなかった。
ソルジャーというのは「特別扱い」、他の仲間たちと「同じ」では駄目。
それでは指導者としてのカリスマ、大切な威厳が損なわれるから。
仰ぎ見るような存在だからこそ、仲間たちも「ついてくる」ものだ、と。
(……だけど、ホントにそうだったのかな?)
疑わしいよね、と今でも疑問に思う。
ソルジャーが「やたら偉くなくても」、仲間たちの信頼は得られそうだ、と。
何故なら、ジョミーが「そう」だったから。
子供たちとも気軽に遊んで、若手の仲間たちにも人気。
(…長老たちには、不評だったみたいなんだけど…)
それでも立派に「ソルジャー」だったし、赤い星、ナスカも彼が築いた。
ジョミーが「降りよう」と決断したから、入植した「ジルベスター・セブン」。
人類がテラフォーミングを諦め、捨てて行った星。
その赤い星を「ナスカ」と名付けて、シャングリラの仲間は地面に降りた。
白いシャングリラには「無かった」地面。
其処を自分たちの足で踏み締め、整地し、そして耕していった。
ナスカの大地で野菜を育てて、新たな命も其処で生まれた。
SD体制が始まって以来、考えられさえしなかった「命」。
自然出産で生まれたトォニィ、母の胎内で育まれた者。
トォニィの他にも六人もの子が、赤いナスカで生まれて育った。
彼らはジョミーがいなかったならば、きっと存在しなかったろう。
ジョミーだからこそ、彼らの両親たちの心を掴んで、ああいう道へと導いてゆけた。
後にミュウたちを、白いシャングリラを「救った」子たちを生み出すこと。
メギドの炎からナスカを守って、地球までの道を拓いた子らを。
(……ナスカが燃えた後のジョミーは……)
すっかり人が変わってしまって、「命令すること」が常だったという。
彼は「カリスマ」を目指していたのか、どうだったのか。
(……ジョミーの日記とかは、残ってないから……)
それは誰にも分からないことで、研究者たちの意見も纏まりはしない。
決め手が無いから、推測だけしか出来ないから。
ジョミーが「偉いソルジャー」になろうとしたのか、そうでないかは。
けれども、そうなる前のジョミーも、立派にソルジャーだったと思う。
「ソルジャー・ブルー」とは全く違った、威厳など無いソルジャーでも。
長老たちから文句を言われて、軽んじられていた存在でも。
前の自分は「ソルジャー」だったし、ジョミーの評価を誤りはしない。
たとえ引きこもった時期があろうと、彼は「ソルジャー」の務めを果たした。
前の自分が思った以上に、素晴らしい道へ皆を導いて。
新しい世代のミュウを育てて、地球までの道を切り拓いて。
(……だけど、ジョミーが住んでた部屋は……)
今の時代の研究者たちさえ、不思議がるくらいに「ごく普通の部屋」。
ソルジャー候補だった時に暮らした、居住区の部屋を「そのまま」使った。
模様替えさえ、全くせずに。
部屋に置く家具も、ソルジャー候補の頃と同じで、変わらなかった。
ミュウの紋章の飾りなどは無く、実用本位の机やベッド。
(…それでもジョミーは、ソルジャーだったし…)
仲間たちは彼を信頼していて、地球までの道を共に歩んだ。
文句ばかりの長老たちさえ、ナスカから後は、ジョミーを否定はしなかった。
何故なら、ジョミーは「ソルジャー」だから。
「ソルジャー・ブルー」がいなくなっても、白いシャングリラを導ける者。
ジョミーはそれを証明しながら、ついに地球まで辿り着いた。
残念なことに、地球は青くはなかったけれど。
その上、ジョミーや長老たちやら、多くの命が消えたのだけれど。
(…それから、トォニィがソルジャーになって…)
やはりジョミーの時と同じに、「それまでの自分の部屋」で暮らした。
特別な部屋など作りもしないで、家具もそのまま使い続けて。
ソルジャーの衣装だけを作って貰って、他には何も欲しがらないで。
(…でもって、船の仲間たちだって…)
それに反対しなかった上に、トォニィを信じて、彼について行った。
最後のソルジャーになったトォニィ、彼がその座を降りるまで。
白いシャングリラの解体を決めて、船の仲間たちが、全て地面に降りた時まで。
だから、トォニィも立派に「ソルジャー」。
威厳を高めるための仕掛けは、何も無くても。
青の間みたいな「こけおどし」の部屋、それをわざわざ作らなくても。
(……ジョミーも、それにトォニィも……)
普通の部屋で暮らしていたなら、前の自分は何だったのか。
昏睡状態に陥ってさえも、青の間を独占していた自分。
十五年間も眠り続けて、一度も目覚めないままで。
(…眠り姫なら、とっくに茨が茂ってしまって…)
部屋ごと忘れ去られただろうに、前の自分は、そうではなかった。
係の者やら、医療スタッフ、大勢の者に世話されて。
部屋の主は眠ったままでも、毎日、綺麗に掃除がされて。
(……前のぼくって、とっても贅沢……)
これだけあったら充分なのに、と改めて見渡した今の自分の部屋。
青の間だったなら、ベッド周りのスペースだけでも、これより遥かに広かった。
あんな部屋は「要らなかった」のに。
前の自分は欲しくなどなくて、ジョミーも、トォニィも、広い部屋など持たなくて…。
(…ホントのホントに、無駄だったってば…!)
寝ちゃった後には、それこそ無駄、と思わないではいられない。
どうしてメディカル・ルームに移さず、あの部屋に置いておいたのか。
移動させた方が手間が省けて、青の間も有効活用できた。
(医療スタッフ、わざわざ通って来なくても…)
仕事のついでに世話が出来たし、青の間だって…。
(あれだけ広いし、色々と…)
役に立ったと思うんだよね、と考えた所で気が付いた。
「いったい、何の役に立つの?」と。
やたら広くて暗いだけの部屋を、どういう具合に使うのかと。
(……んーと……?)
まず照明から取り替えた上に、貯水槽は撤去。
そうしてみたって、部屋の構造が「ああいう代物」だったのだから…。
(使い道、何も無さそうだけど…!)
だから放っておかれたんじゃあ…、と抱えた頭。
昏睡状態の前の自分も、青の間も、同じに「使えない」から。
何をしたって使えないなら、放っておくのが一番だから。
(……今のぼくの部屋、狭いんだけど……)
これの方が値打ちがあるのかもね、という気がする。
身の丈に合った大きさの部屋で、無駄に広くはないものだから。
いつか自分がハーレイの家へ「お嫁に行っても」、この部屋くらいの広さなら…。
(たまに帰って来た時のために…)
今のままで置いておいたとしたって、けして邪魔ではないだろう。
母が「ついでに」掃除するにも、さほど手間ではないのだから。
(……これが青の間だったなら……)
十五年間でも、大変だったに決まっているよ、と時の彼方の船の仲間に謝った。
青の間がとても広かったせいで、迷惑をかけてしまったから。
まるで必要ない部屋のせいで、部屋の係も、医療スタッフも、きっと苦労をしただろうから…。
青の間だったなら・了
※ブルー君の今の部屋より、ずっと広かったのが青の間。しかも、こけおどしのために。
本当に無駄に広かったんだ、と考えた挙句に、謝ることに。仲間たちに苦労をさせたのかも?
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