(…俺の部屋も狭くなったもんだな)
あの頃の俺の部屋に比べて…、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日に、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
(……ガキの頃に使ってた部屋はともかく……)
前の俺だ、と頭の中に描いた部屋は、白いシャングリラにあったもの。
キャプテン・ハーレイのための私室で、相当に広いものだった。
(今の俺の家と比べた場合は、家が勝つんだが…)
庭もあるから、家の方が遥かに広いけれども、部屋の広さでは敵わない。
特に今いる書斎となったら、キャプテン・ハーレイが使った部屋の…。
(いつも航宙日誌を書いてた、あの机…)
あれが置いてあった部屋にも負けちまうな、と苦笑する。
お気に入りだった、木で出来た机。
年を経るほどに味が出るから、暇のある時にせっせと磨いた。
白い鯨が出来上がる前から、持っていた机。
まだキャプテンの肩書きも無くて、厨房でフライパンを握っていた頃から。
(……その俺が、グンと偉くなっちまって……)
いつの間にやらキャプテン・ハーレイ、船の頂点に立つ者の一人。
だからシャングリラで持っていた部屋も、それに相応しく立派になった。
(キャプテンの部屋には、部下を呼んだりするからなあ…)
来客用の家具も必要になるし、それを置くためのスペースも要る。
自然と部屋は広く大きく、しかも複数の部屋を持つことになった。
来客用の部屋にベッドがあっては、キャプテンの威厳を損ねるから、と。
航宙日誌を書くための部屋も、来客用とは分けなくては、と。
(…お蔭で、とんだ広さの部屋に…)
住んでいたのが前の俺だ、と可笑しくなる。
大して偉いわけでもないのに、部屋だけは、やたら広かったと。
自分の城を持つのだったら、今の書斎で充分なのに、と。
今の書斎は、前の自分が暮らした部屋ほど広くはない。
「狭くなった」と思うけれども、身の丈に合ったものだとも思う。
前の自分が、もっと気楽な身分だったら、こういう部屋にしただろう。
居住区にあった「普通の部屋」なら、専用スペースは、さほど広くはなかった。
(…基本の形はあったんだがな…)
生活に欠かせないバスルームなどは、それぞれに決まっていた間取り。
けれど、その他の部分だったら、個人の好みでどうとでも出来た。
最低限の家具しか置かずに、のんびりと床に寝転べる部屋を作ってもいい。
そうかと思えば、自分の好みの家具で揃えて、気の合う仲間を招いたりも。
(…家具と言っても、あの船ではなあ…)
あまり贅沢を言えはしないし、せいぜい、色や雰囲気を揃える程度。
それでも仲間たちは工夫を凝らして、「自分の部屋」を作り上げていた。
前の自分も「ただのミュウ」だったならば、書斎を設けたことだろう。
キャプテン・ハーレイの部屋がそうだったように、本棚を置いて。
自分の好きな本を並べて、机も置いて。
(今の広さで充分なんだし…)
きっと、いい部屋が出来ただろう。
そこに入れば、寛げる部屋が。
船の中での仕事を終えたら、コーヒー片手に本を読む部屋。
(…キャロブのコーヒーだったんだがな)
本物じゃなくて代用品だ、と思い返した、白いシャングリラのコーヒー事情。
コーヒーの木を育てられるだけの余裕は無くて、イナゴ豆の実で代用していた。
その実だったら、コーヒーばかりか、チョコレートだって作れるから。
子供たちの身体と健康のためにも、合成品より「その方がいい」と。
(たとえキャロブのコーヒーでもだ…)
前の自分には充分だったし、ゆったりと飲んだことだろう。
白い箱舟の中の、自分の城で。
「今日も一日、よく働いた」と、自分自身を労いながら。
(…それだけのスペースがあれば、前の俺には充分で…)
広い部屋なぞ要らなかったが…、と改めて書斎を見回してみる。
「狭くなった」と思ったけれども、これよりもずっと広かったなら…。
(……何様なんだ、まったく……)
昔の貴族じゃないんだから、と本で読んだ部屋を思い出した。
遠い昔の地球で暮らした、高い身分の貴族たち。
彼らは競って図書室を作り、自分の蔵書を披露したという。
なにしろ貴族が持つ本なのだし、装丁からして凝っていたもの。
革の表紙はもちろんのこと、見返しなどにも自分専用の紙を使ったりもして。
(そういった本をズラリと並べて、教養ってヤツを…)
誇っていたのが、貴族という人種。
書斎と言うより図書館のような、広すぎる部屋を作らせて。
それらの蔵書を、本当に読破していたかどうか、謎なくらいに。
(…俺には、これで充分なのさ)
読む本の量も、持つ量も、と満足の書斎。
将来、もっと本が増えたら、また本棚を買えばいい。
その分、狭くなるのだけれども、机が置ければ困らないから。
本を読むには机と椅子だけ、それだけあったら何も要らない。
(……おっと、コーヒー……)
こいつも欠かせん、とマグカップの端をカチンと弾く。
香り高いコーヒーが入ったものを。
キャロブで作った代用品とは、まるで違った地球のコーヒー。
前の自分が生きた頃には、そんなコーヒーは何処にも無かった。
地球そのものが、死に絶えた星のままだったから。
コーヒーの木が育つどころか、乾燥した砂漠に覆われた地球。
今は見事に蘇ったから、こうして地球のコーヒーを飲める。
正真正銘、地球の大地で育った豆のコーヒーを。
決して高い品物ではなく、食料品店で気軽に買い込めるものを。
(…まさに天国というヤツだってな)
狭くなったが、俺の城だってちゃんとあるし、と嬉しくなる。
キャプテン・ハーレイだった頃の部屋より、今の部屋の方がずっといい。
狭い書斎でも自分の好みの本を並べて、地球のコーヒーまで飲める。
前の自分の部屋にしたって、今から思えば、あそこまで…。
(広くなくても、良かったのにな?)
だが、キャプテンだし、仕方なかったか…、と時の彼方に思いを馳せる。
部屋が広かっただけではなくて、掃除の係までがいた。
キャプテンは何かと多忙だからとか、理由をつけて。
自分で掃除をしたっていいのに、当番の者がやって来て。
(…貴族ほどじゃないが、何様なんだ…)
そんなに偉くはなかったんだが…、と考えた所で、ポンと頭に浮かんだ青の間。
前のブルーが暮らしていた部屋、キャプテンの部屋より広かった場所。
(……うーむ……)
あいつの家が丸ごと入るな、と今のブルーの家と比べた。
庭まで一緒に突っ込んでみても、まだまだ余ることだろう。
上にも下にも、横の方にも、余る空間。
今のブルーの部屋だけだったら、前のブルーのベッドが置かれた所より…。
(うんと狭くて、小さいってな)
けれども、それが今のブルーの大切なお城。
前とは比較にならないサイズの、とても小さなベッドでも。
本棚も、それにクローゼットも、前よりも、ずっと小さくても。
(あいつも、あの部屋で満足してて…)
もっと大きい部屋が欲しいなどとは、思いもしないことだろう。
今の自分が、そうだから。
青の間よりも狭かったキャプテンの部屋さえ、「広すぎだった」と思うから。
(やっぱり人間、身の丈に合った暮らしが一番…)
前の俺の部屋は贅沢すぎた、と肩を竦めて、それから前のブルーを思った。
遠く遥かな時の彼方で、何度、ブルーが言っただろう。
「この部屋は、ぼくには広すぎるよ」と。
青の間が完成しない内から、折に触れては口にした苦情。
「こんなに広い部屋は要らない」と。
自分しか住まない部屋だというのに、どうして此処まで広いのかと。
(……あいつはソルジャーだったから……)
キャプテン以上に、威厳を示さなくてはならない。
ソルジャーとしての衣装はもちろん、暮らす部屋だって整えなければ。
そうして生まれた部屋が青の間、やたらと広くて大きかった部屋。
照明を暗くし、貯水槽まで備えた空間。
(…何度も、文句を聞かされたんだが…)
今なら、あいつの気分が分かる、と見渡した書斎。
自分の城にはこれで充分、さっきからそう思っていたから。
前の自分の部屋でさえもが、「広すぎたんだ」と感じるのが今。
(……ということは、青の間だったら……)
きっとブルーには、本当に「広すぎた」ことだろう。
今のブルーが暮らしている家、それを入れても余るのだから。
ブルーの部屋だけ入れるのだったら、ベッド周りのスペースだけで事足りるから。
(…前のあいつに、青の間を押し付けちまったのは…)
前の俺だって犯人だった、と覚えているから、心の中で前のブルーに謝った。
「とんでもない部屋を押し付けて、すまん」と。
「もしも俺の部屋が青の間だったら、広すぎるなんてモンじゃない」と。
もっとも、今の小さなブルーの前では、謝るつもりは無いけれど。
謝ればきっと調子に乗るから、「お詫びにキスして」と言うだろうから…。
青の間だったら・了
※キャプテンの部屋は広すぎだった、と考えたハーレイ先生。今の書斎で充分だ、と。
けれども、もっと広かったのが、前のブルーが暮らした青の間。今となっては広すぎですv
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