(今日はツイてなかったよね…)
ハーレイに一度も会えなかったよ、と小さなブルーが零した溜息。
そのハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わった、ハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今はブルーが通う学校の古典の教師で、学校に行けば会える人。
古典の授業がある日だったら、もう間違いなく教室で。
授業が無い日も、学校の廊下や、校内の何処かで。
(…その筈なんだけど…)
今日は会えずに終わっちゃった、と悲しい気持ち。
古典の授業が無かったから。
おまけに運が悪かったらしく、学校の中でもすれ違いばかり。
(……他のクラスの授業はあったし……)
ハーレイは学校に来ていた筈で、廊下もグラウンドも通っただろう。
朝は柔道部の朝練もあるし、運のいい日は朝から会える。
けれども今日は、それも会えず仕舞い。
いつも通りに登校したのに、ハーレイの姿は見かけなかった。
もっとも、朝の出会いの方は…。
(元々、滅多に無いんだけどね)
よっぽど運がいい日じゃないと、と分かってはいる。
だから、そちらは諦めるとしても、放課後までの学校での時間。
けして短いものではないのに、どうして、今日は駄目だったろうか。
廊下は何度も歩いたのに。
階段だって上って下りたし、グラウンドの端も通って行った。
なのに全く会えなかったから、授業が終わって帰る時には…。
(わざわざ、体育館の方まで…)
遠回りをしていったというのに、ハーレイの姿は、やはり無かった。
運のいい日は、柔道着のハーレイに会えるのに。
体育館まで遠回りする前に、廊下の途中でバッタリだとか。
運の神様に見放されたのか、会えずに終わってしまった恋人。
姿も見られなかった所が、本当に、とても悲しい限り。
(…挨拶とかは出来なくっても…)
チラと姿を見られるだけでも、うんと心が弾むもの。
「ハーレイだ!」と、見慣れた姿が視界に入ってくるだけで。
手を振っても気付いて貰えないほど、遠い所にいる時だって。
(でも、今日は、それも……)
無かったんだよ、と肩を落として、運の無さを嘆く。
自分の運が悪かったのか、ハーレイの運もまた、悪かったのか。
(…ハーレイ、どうしているのかな?)
会えなかったことに気付いてくれただろうか、ハーレイは。
生まれ変わって来たチビの恋人に、一度も会ってはいないことに。
(……うーん……)
どうなんだろう、と自信が無い。
自分はチビの子供だけれども、ハーレイの方は立派な大人。
同じ学校に行くにしたって、まるで違うのが生活の中身。
(ぼくは学校で授業を受けて、休み時間は食事か、自由時間で…)
うんとのんびりしているけれども、教師のハーレイは忙しい。
授業に出掛ける教室にしても、学年も違えば、生徒も違う。
その上、授業の準備をしたり、生徒の質問を受け付けたりも。
(宿題を出してたら、それを集めて…)
採点だって必要なのだし、テキパキ進めねばならない全て。
そういう中でも、廊下で教え子に出会ったならば…。
(ハーレイ先生、って呼び止められて…)
気さくに話をしてゆくのだから、頭の中には生徒が一杯。
チビの恋人の自分なんかは、すぐにはみ出してしまうくらいに。
たとえ会えずに終わっていたって、気付くかどうかも分からない。
そう、ハーレイは忙しいから。
家に帰って寛ぐ時まで、頭は生徒で一杯だから。
(……気付いてないかも……)
ぼくの顔を見ていないこと、と視線が自然と下向きになる。
ハーレイは今頃、家でコーヒーを飲んでいるのだろうか。
それなら、思い出しても貰えるだろう。
「今日は、あいつに会ってないな」と、何かのはずみに。
けれど、真っ直ぐ家には帰らず、教師仲間と食事に行っていたなら…。
(それっきりだよ…)
今度はハーレイの頭の中は、教師仲間との話で一杯。
食事が終わって家に帰っても、楽しかった食事の席でのことが頭を占める。
どんな話題かは知らないけれども、大人同士の楽しい会話。
そうなったらもう、チビの恋人なんかのことは…。
(……忘れてしまって、お風呂に入って……)
明日に備えてベッドで眠って、それっきり。
「会えなかったな」と思いもせずに。
チビの恋人がどんな気分か、少しも考えたりせずに。
(……そっちなのかも……)
今日は寄ってはくれなかったし、食事に行ったのかもしれない。
だったら自分は忘れ去られて、明日まで思い出されもしない。
(……前のぼくなら……)
こんなことなんか無かったのに、と遥かな時の彼方を思う。
「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた頃なら、決して忘れられなかったのに、と。
(…前のハーレイは、キャプテンだったし…)
ソルジャーの存在を忘れて一日を送ることなど、とても出来ない。
恋人同士になった頃には、とうにそういう関係だった。
白いシャングリラの頂点に立つ、ソルジャーとキャプテン。
一日に一度は顔を合わせて、ハーレイの報告を聞いていた。
朝の食事も、ハーレイと一緒。
顔を合わせない日などは有り得ず、忘れ去られることも無かった。
どんなにハーレイが忙しくても。
キャプテンの仕事が山ほどあっても、睡眠も満足に取れない日でも。
(……前のぼくの身体が、うんと弱って……)
床に就く日が多くなっても、ハーレイは必ず来てくれた。
ジョミーを迎えて、アルテメシアを後にしてからも。
前の自分が深く眠って、目覚めなくなってしまった後も。
(…ハーレイ、前のぼくのために、子守歌まで…)
歌ってくれていたのだという。
今の自分が幼かった日、大好きだった『ゆりかごの歌』を。
記憶が戻っていない頃から、前のハーレイの歌を恐らく、重ねて聴いて。
(キャプテンは、忙しかったのにね…)
昏睡状態の前のソルジャーなどには、キャプテンが会う義務は無い。
それでもハーレイは毎日通って、目覚めない恋人を想ってくれた。
ただの一日も忘れることなく、通い続けて。
ハーレイの声さえ聞こえてはいない、何の反応も返さない恋人の許へ。
(…それなのに、今のハーレイは…)
ぼくのこと、忘れちゃうんだよ、と涙がポタリと膝の上に落ちた。
「会えなかったことにさえ、気付かないんだ」と思ったら。
教師仲間との楽しい食事とお喋り、それにすっかり気を取られて、と。
(……どうせ、今のぼくは……)
チビの子供で、恋人だなんて言えやしない、と頬を伝う涙。
ハーレイと食事に行けもしなくて、デートなんかは夢のまた夢。
家を訪ねて来てはくれても、ハーレイはキスもしてくれない。
「俺は子供にキスはしない」と、叱るばかりで。
「お前は、まだまだ子供だからな」と、何かと言えば子供扱いで。
(…前と今とじゃ…)
大違いだよ、と悲しくて悔しい。
時の彼方の自分だったら、ハーレイに会えない日など無かった。
深く眠ってしまっていてさえ、ハーレイの心を捉えた自分。
瞼を開けることさえ、無くても。
思念の一つも紡ぎはしなくて、ただ昏々と眠っていても。
前の自分と比べてみたなら、なんと自分は惨めだろうか。
恋人の心を掴むことさえ、満足に出来ていない今。
恋敵が出て来たわけでもないのに、あっさりと忘れ去られてしまう。
今のハーレイの「付き合い」だけで。
仕事仲間の教師たちとの、楽しい食事の集まりだけで。
(……前のぼくなら、食事会の主催……)
あまり好きではなかったけれども、ソルジャー主催の食事会。
それの主役で、前のハーレイは必ず出席していた。
ソルジャーの前だと、緊張してしまう仲間たちの心を、和ませるために。
わざと失敗してみせたりして、「かしこまらなくてもいいのだ」と。
(でも、今のぼくじゃ…)
ハーレイを食事に招きたくても、その前に、母に頼まなければ。
「こういう料理を作ってくれる?」と、理由を述べて。
前の生での思い出だとか、母が納得するものを。
(……招待するのも、パパとママに……)
頼むしかないのが、今の自分を取り巻く現実。
バースデー・パーティーをするにしたって、招くのはチビの自分でも…。
(…家はパパとママので、お料理はママが作ってくれるんだし…)
ソルジャー・ブルーのようにはいかない。
あの頃だったら、エラたちが全てを準備してくれて、「それでいいよ」と頷いただけ。
それでも立派に食事会の主役で、ゆったりと構えていれば良かった。
招かれた仲間が緊張したなら、ハーレイに「頼むよ」と思念を飛ばして。
「キャプテンだって失敗するんだ」と、仲間たちがホッとするように。
(……お肉が宙を飛んで行ったり、ナイフやフォークを落っことしたり……)
ハーレイは上手くやってくれたし、食事会の席は笑いで一杯。
そんな具合に過ごしていたのに、今の自分は…。
(ハーレイ、ぼくのこと忘れてしまって、楽しく笑って…)
この時間でも食事中かも、と辛くて悲しい。
自分は此処で泣いているのに、ハーレイは楽しんでいるのかも、と。
本当にすっかり忘れ去られて、明日まで忘れられたままかも、と。
(……前と今とじゃ……)
違いすぎるよ、と涙が止まらないけれど、心を掠めていったこと。
どうして辛くて泣いているのか、悲しくて涙が止まらないのか。
(…ハーレイが、ぼくのこと、忘れていそうで…)
なんとも惨めで悲しいけれども、そのハーレイは「ちゃんと、いる」。
メギドで最期を迎えた時には、「もう会えない」と思ったのに。
「ハーレイとの絆が切れてしまった」と、泣きじゃくりながら死んだのに。
あの時の辛さと今を比べれば、忘れ去られていることくらい…。
(…なんでもないよね?)
ハーレイは、ちゃんといるんだもの、と拭った涙。
二人で地球までやって来たから、こういう日だって、たまにある。
それを思えば、自分は、とても幸せだから。
前の自分が夢に見た星に、ハーレイと生まれて来たのだから…。
前と今とじゃ・了
※ハーレイ先生に会えなかった日、悲しくなったブルー君。「忘れられてるかも」と。
けれど、ハーレイに「忘れられる」のは、二人で地球に来たからこそ。幸せですよねv