「ねえ、ハーレイ。ちょっと話があるんだけれど」
聞いてくれる、と小さなブルーが言い出したこと。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「…話だと?」
いきなり何だ、とハーレイは思わず身構えた。
今日までの経験からして、多分、まともな話ではないから。
(あの手この手で、キスを強請ってくるヤツだしな…)
また何か思い付いたんだぞ、と心の中で零れる溜息。
いったい何を言われるのやら、と半ば呆れて。
(どう転がっても、俺は子供にキスはしないからな)
それは変わらん、とチビのブルーを真っ直ぐ見詰める。
愛らしい唇が何を紡ごうが、聞く耳なぞは持つものか、と。
ハーレイの心を知ってか知らずか、ブルーは微笑む。
「そんなに怖い顔、しないでよ」と、年相応に無邪気な顔で。
「怖い顔だと? 俺はいつもと変わらんが」
「そう? 前のハーレイも、そうだったかもね」
いつも眉間に皺だったもの、と自分の眉間を指差すブルー。
「今度も癖になっちゃってるよね」と、クスクス笑って。
「大きなお世話だ。それで、話というのは何だ?」
「えーっとね…。恋人を作ろうと思うんだけど」
「はあ?」
誰がだ、と間抜けな声が出た。
話の流れからすると、ブルーが恋人を作るようだけれども…。
(こいつは俺に惚れてやがるし、そんな筈は…)
無いんだよな、と思ったものの、それなら、誰が恋人を…?
(……俺が恋人を作った場合は、大変なことに……)
なるに決まっているんだが、と考えなくても分かること。
ブルーときたら、「前の自分」にさえ嫉妬するほど。
「前のぼくの方が好きなんでしょ!」と怒ったりもして。
前のブルーを想うことすら、「許せない」なら…。
(恋人なんぞを作ろうものなら、大惨事だぞ)
引っ掻かれたりもするかもな、と頭に浮かぶのは銀色の子猫。
鏡に映った自分の姿に、毛を逆立てて喧嘩を吹っ掛ける姿。
それがブルーの「前のブルー」に対する姿勢。
(鏡じゃなくって、俺に向かって…)
飛び掛かって、爪でバリバリだ、と勘弁願いたい「大惨事」。
まあ、恋人など、作るつもりも無いけれど。
だから…。
「心配しなくても、俺の恋人はお前だけだぞ」
前のお前は忘れられんが…、と、一応、正直に付け加えた。
そうしたら…。
「違うよ、恋人を作るのは、ぼく!」
「お前だと!?」
「うん。恋敵がいれば、ハーレイだって焦るでしょ?」
今みたいに、のんびりしてられないよ、とブルーは笑んだ。
「恋人と先にキスしちゃうかも」と、「キスの先だって」と。
(……そう来たか……)
俺に嫉妬をさせる気だな、と、やっと分かったブルーの魂胆。
嫉妬に狂って「負けてたまるか」と、恋路を急がせるつもり。
唇へのキスやら、その先のことを、今の誓いも忘れ果てて。
けれど、その手に乗せられはしない。
ダテに齢を重ねてはいない。
「よし、許す」
恋人を作って楽しんでくれ、と愛想よく返した。
「俺みたいに年の離れたヤツより、いいのを選べ」と。
「不釣り合いな俺は、潔く身を引いてやるから」と。
「えーっ!?」
ちょっと、とブルーは慌てたけれども、知らんぷり。
「年相応の恋人の方がいいぞ」と、大人の余裕で。
「可愛い女の子だって、きっと似合いだ」と、勧めてやって。
きっとモテるから楽しむがいい、と傾ける紅茶のカップ。
懸命に笑いを噛み殺して。
目を白黒とさせるブルーに、軽くウインクなんかもして…。
恋敵がいれば・了
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