(……告白かあ……)
そういうものがあるんだよね、とブルーの頭に浮かんだこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
何故だか、唐突に湧いて出た言葉。
告白なんかはしたこともなくて、する予定だって無いというのに。
(…だって、告白…)
あのハーレイが相手じゃ無理だよ、と掲げる白旗。
けれど、考えようによっては、何回となく告白している。
告白する度、鼻先で軽くあしらわれては、砕け散っていると言うべきか。
(ぼくはホントに好きなんだけどな…)
ハーレイのこと、と零れる溜息。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
それなのに、キスもしてくれない。
恋人同士の唇へのキス、それは当分、お預けだという。
今の自分は十四歳にしかならない子供で、子供にはキスは早いから、と。
貰えるキスは額や頬っぺた、そういう子供向けのキスだけ。
(……酷いんだから……)
どうしてキスしてくれないの、と不満は募ってゆく一方。
あの手この手でキスを強請っても、「駄目だ」と軽く小突かれる額。
場合によっては頭にコツンと、拳が降ってくることもある。
本当の本当に、ハーレイのことが好きなのに。
いつ望まれてもかまわない上、いつかは結婚する仲なのに。
(…ぼくの告白、子供っぽいわけ?)
そうなのかもね、という気もする。
ハーレイはずっと年上なのだし、学生時代はモテたらしいから。
きっと多くの女性たちから、告白されていただろうから。
そうなってくると、事は難しい。
経験値などは無いに等しい、子供などでは話にならない。
どうやって告白すればいいのか、まるで見当がつかないのだから。
(……ハーレイに告白するんなら……)
今のやり方では望みはゼロかも、と悲観的な気持ちになってくる。
いくら「好きだよ」と言ってみたって、繰り返したって、ハーレイの心には響かない。
それが証拠に、断られるキス。
「キスしてもいいよ」と言ったって。
誘うような眼をして、「キスしたくならない?」と訊いてみたって。
(……うーん……)
ぼくに魅力が無いんだろうか、と思うけれども、どうだろう。
今の自分は、前の自分の少年時代に瓜二つ。
遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイに出会った頃と。
(…ハーレイ、たまに言ってるよね?)
前の生では、初めて出会ったその瞬間から、恐らく恋をしていたのだと。
自覚するのが遅かっただけで、恋は恋。
恋していたから、甘やかしたり、こっそり特別扱いしていたのに違いない、とまで。
(ぼくが厨房を覗きに行ったら、特別なおやつ…)
厨房時代のハーレイは、何度も作ってくれた。
贅沢は出来ない船だったから、少し余った食材などで。
試作中の料理も「食べて行くか?」と誘ってくれたし、とても幸せだった頃。
(…ぼくだって、まさか恋をしたとは…)
夢にも思っていなかったけれど、あれは確かに恋だった。
アルタミラの地獄で出会った時から、お互い、その場で一目惚れ。
だからピッタリ息が合ったし、それはハッキリ分かっていたから…。
(前のハーレイを、キャプテンに推薦したんだよ)
ソルジャー就任が決まった瞬間、「キャプテンはハーレイしかいない」と思った。
操船の経験などは皆無で、厨房で働いていたけれど。
「船など操れなくてもいいから、ハーレイがいい」と。
キャプテンといえば、船の最高責任者。
人類軍と戦うようなことになったら、ソルジャーを全力で補佐する立ち位置。
(…ぼくの命を預けるようなものだから…)
ハーレイにだったら預けられる、と前の自分は確信した。
他の者では務まらなくても、ハーレイだったら間違いない、と。
(ハーレイ、悩んでいたんだけどね…)
それでも、前の自分は推した。
わざわざハーレイの部屋まで出掛けて、こんな風に言って。
「フライパンも船も、似たようなものだと思うけれどね?」と、殺し文句を。
食料が無ければ皆は飢え死に、船が無くても死ぬしかない。
どちらも船には欠かせないもので、ウッカリ焦がしてしまうと大変。
そう言って、ハーレイの決断を待った。
「引き受けてくれるといいんだけれど」と、内心、ドキドキだったけれども。
(……だけど、ハーレイ……)
悩んだ末に、キャプテンの道を選んでくれた。
料理とは似ても似つかない操舵、それまでマスターしてくれて。
シャングリラの癖をすっかり掴んで、右に出る者が無い見事な腕を示して。
(…前のぼくの言葉、前のハーレイの名文句ってヤツになっちゃった…)
いつの間にやら、ブリッジクルーたちに、ウインクしながら告げる言葉に。
「フライパンも船も似たようなものさ」と、皆の緊張を解きほぐすように。
どちらも焦げたらおしまいなのだし、焦がさないように気を付けろ、と。
ハーレイの経歴を知らないクルーは、いつだって目を丸くしていた。
「噂には聞いていたんですけど、厨房の出身だったんですか?」と。
それに応えて、ハーレイは豪快に笑っていた。
「もちろんだとも」と、「だから、お前も頑張るんだな」と。
生え抜きのブリッジクルーなのだし、もっともっと腕を上げなければ、と。
フライパンで料理を作るみたいに、シャングリラを自在に操れるようになってくれ、と。
(前のハーレイは、口説き落とせたんだけれどね……)
キャプテンになってくれっていう難題、と溜息がまた一つ零れる。
あちらの方が「告白」などより、ずっと重かったに違いない。
告白だったら断わったって、恋が砕けるだけだから。
前の自分が肩を落として、すごすご引き上げてゆくというだけ。
けれども、キャプテン就任の方は、そう簡単には断れない。
「他に人材がいない」ことなど、明々白々だったから。
前のハーレイが断った時は、その任務には向かない者がキャプテンになる。
ソルジャーと息が合うかどうかが、危うい者が。
何事も無い日々が続いて行ったら、それでも問題ないのだけれど…。
(……人類軍と遭遇したら、シャングリラは沈められてしまって……)
皆の命も、ミュウの未来も、全てが宇宙の藻屑と消える。
それはハーレイも承知していたし、一世一代の決断だったろう。
後の時代は、「フライパンも船も似たようなものさ」と笑っていても。
焦がさないことが大切なのだと、皆に軽口を叩いていても。
(……あの時は、上手くいったのに……)
そしてハーレイはキャプテンになって、前の自分の立派な右腕。
いつしか恋が芽生えた時にも、誰にもバレなかったくらいに。
キャプテンがソルジャーの側にいるのは、至極当然のことだったから。
朝食を一緒に食べていようと、夜更けにソルジャーの部屋を訪れようと。
(……あの時のぼくは、今のぼくより……)
ほんのちょっぴり、背丈が大きくなっていた。
年齢で言えば十五歳くらいか、今よりは伸びていた背丈。
手足もそれに合わせて伸びたし、顔立ちも少し大人びたかも。
今ほど「チビの子供」ではなくて、「少年」程度に。
もしかすると、それが大きいだろうか、ハーレイの心を動かせた理由。
キャプテンになるように口説き落として、厨房から転身させられたのは。
(……そうだとすると……)
告白するには、今の自分は早すぎるということかもしれない。
今のハーレイの「キスは駄目だ」は聞き飽きたけれど、もしかしたなら…。
(…もう少し、大きくなったなら…)
ハーレイの心を揺さぶる力が、今の自分にもつくのだろうか。
じっと見上げて「好きだよ」と言ったら、「俺もだ」と言って貰えるだとか。
断わられてばかりのキスにしたって、予定よりも早めに貰えるとか。
(…前のぼくと、同じ背丈に育つまでは駄目だ、って…)
ケチなハーレイは叱るけれども、頑固な心がグラリと揺れる日。
今より少し大きくなったら、ついつい心を動かされて。
キャプテンを引き受けてくれたみたいに、考えを変えて「よし」と頷く。
まるで有り得ないことでもないよ、と膨らむ夢。
前のハーレイと恋人同士になった時点は、もっと遥かに後だけれども。
すっかり育って、少年とは言えない頃だったけれど。
(……ハーレイに告白するんなら……)
もう少し育った時が狙い目かもね、と閃いた。
ああいう年頃の「ブルー」の姿に弱いのだったら、望みはある。
キスのその先は駄目にしたって、唇へのキスくらいなら。
思っているより、もっと早めに、ハーレイのキスが貰えるだとか。
(……やってみる価値は、絶対、あるよね?)
上手くいったら儲け物だし、告白しないと損だろう。
たとえハーレイに断られたって、それはその時。
今も「当たって砕けろ」なのだし、めげずにぶつかって行けばいい。
「ぼくにキスして」と、「ぼくのこと、好き?」と。
でないと先には進めないから、諦めないで。
断わられてばかりの日々だけれども、大きくなるまで待っていないで。
(……あれ?)
それだと全く変わらないよ、と気が付いた。
ハーレイにせっせと告白しては、砕けているのが今の現状。
もう少し大きく育つ時まで、控えるだなんて、とんでもない。
いくら望みがあるにしたって、それまで我慢するなんて…。
(……無理だってば!)
だから駄目でも告白だよね、とグッと拳を握り締める。
ハーレイのことは大好きなのだし、いつでも告白したいから。
「告白するんなら、もっと大きくなってから」なんて、耐えられるわけがないのだから…。
告白するんなら・了
※ハーレイ先生に告白しては、砕け散っているブルー君。思い出したのが前の生のこと。
恋の告白より難しいのが成功しただけに、望みはあるかも。けれど我慢が出来ないようですv