(肉のパイになるって話が、あったっけね…)
ぼくとハーレイ、と小さなブルーが思い出したこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
前に前世の話をした時、「ウサギだったかも」という話題になった。
ハーレイは茶色の毛皮のウサギで、自分は白い毛皮のウサギ。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイになるよりも前は、そういう姿。
人間が地球しか知らなかった時代の、自然が豊かなイギリスで。
広い野原を駆け回って過ごして、それは幸せなウサギのカップル。
もちろん、二人ともオスなのだけれど。
(ウサギなのに二人って、おかしいけれど…)
だけど二人、と大きく頷く。
たとえウサギに生まれていたって、ハーレイは、ちゃんとハーレイだから。
自分も「ブルー」で、自覚はあったと思うから。
(名前は違っていたかもだけど…)
どうなのかな、と傾げた首。
前の生でも、今の生でも、ハーレイの名前は、同じ「ハーレイ」。
自分も同じに「ブルー」なのだし、ウサギだった頃もそうかもしれない。
母親ウサギから生まれて来た時、「ブルー」と名前を付けられて。
白い毛皮で赤い瞳だけれども、何故だか「ブルー」という名前。
(……ブルー・ブラッド?)
確か、そういう言葉があるよね、と微かな記憶が引っ掛かった。
前の自分が覚えていたのか、今の自分が耳にしたのか。
(貴族の血が、確かブルー・ブラッド…)
高貴な身分の人が引く血を、ブルー・ブラッドと呼ぶらしい。
だから貴族が住む土地だったら、父親ウサギか、母親ウサギが…。
(うんと立派なウサギにおなり、って…)
願いをこめて、「ブルー」と名付けることはありそう。
何処にも青い部分は無くても、ブルー・ブラッドの「ブルー」から。
有り得るよね、と思う、ウサギだった前世の「ブルー」の名前。
ハーレイの方は、さほど変わった名でもないから、ありがちだろう。
(ぼくはブルーで、ハーレイはハーレイ…)
今と変わらない名前で出会って、そうして、すぐに仲良くなる。
普通はオスのウサギ同士なら、たちまち喧嘩になる所を。
縄張り争いで互いに激しく後足で蹴って、毛の塊まで飛び散る代わりに。
(だって、ハーレイと、ぼくだもんね?)
運命の出会いなんだもの、とイギリスの野原に思いを馳せる。
時代も場所も違っていたって、ハーレイとならば仲良くなれることだろう。
お互い、運命の相手なのだと、顔を見るなりピンと来て。
オス同士でも、一瞬の内に恋をして。
(ハーレイに会ったら、同じ巣穴で暮らすんだよ)
それまで暮らした巣穴なんかは、捨ててしまって。
ハーレイが住んでいた巣穴に移るか、新しく掘って貰えるのか。
(新しいのだと、掘るのに時間がかかるから…)
暫くは狭い巣穴で我慢で、ギュウギュウ詰めかもしれないけれど…。
(狭くても、幸せ…)
隣にギュウギュウ詰まっているのが、ハーレイならば。
茶色い毛皮の逞しい身体が、自分の隣にあるのなら。
(ハーレイが、頑張って巣穴を広げてくれて…)
ゆったり暮らせるようになっても、きっと自分はくっつくのだろう。
何かと言ったら、ハーレイの所へ跳ねて行って。
おまんじゅうが二つ並ぶみたいに、白と茶色のウサギが並んで。
(ぼくとハーレイなんだもの…)
それに、シャングリラとは違うもんね、と思うイギリスの野原での暮らし。
誰にも遠慮は要らないわけだし、いつでも一緒のウサギのカップル。
オス同士だろうが、気にもしないで。
何処へ行くにも、二人でピョンピョン跳ねて、走って。
(そうやって仲良く暮らしてたのに…)
お肉のパイにされちゃうんだよ、と思考が最初の所に戻る。
ハーレイと前世の話をした時、ウサギだった前世の締めくくりは「それ」。
遠い昔のイギリスだけに、其処には貴族が住んでいる。
さっき考えた「ブルー」の名前の、出どころになった「ブルー・ブラッド」が。
仕事なんかはしないで暮らせて、毎日、遊んでばかりの貴族。
(貴族は、狩りが大好きで…)
馬で出掛けるキツネ狩りやら、銃で仕留める銃猟やら。
そんな物騒な貴族の一人が、前の生でも馴染みの「キース」。
SD体制の頃とは違って、ちゃんと「生まれて来た」者として。
立派な貴族の血を引く息子で、もちろん、趣味の一つが狩り。
(何か獲物を撃ってやろう、って…)
銃を手にして野原に来た時、白い毛皮のウサギを見付ける。
ウサギは茶色いものだというのに、真っ白なのを。
それが野原を跳ねてゆくのを、あるいはチョコンと座っているのを。
(珍しい獲物を見付けたぞ、って銃を構えて…)
貴族のキースは狙いを定めて、銃の引き金を引くことだろう。
なにしろ狩りをしに出て来たわけだし、珍しい獲物は嬉しいもの。
けして逃がしてたまるものかと、パアンと撃って…。
(……ウサギのぼくは、それでおしまい……)
突然、目の前が真っ赤に染まって、終わる人生。
前の生でも、そうだったように。
ただし、あちらは、「それでは終わらなかった」けれども。
視界が赤く染まった後にも、前の自分は戦い続けた。
最後に残ったサイオンを全て、かき集めて。
わざと引き起こしたサイオン・バースト、それにキースを巻き込もうと。
災いをもたらす「地球の男」を、生かしておいてはならないから。
ミュウの未来を守るためには、メギドも「キース」も滅ぼさなければ、と。
けれども、仕留め損ねた「キース」。
地球の男はマツカに救われ、前の自分の視界から消えた。
なんとも悔しい限りだけれども、そうやって逃げて行ったキースは…。
(…最後は国家主席になって、SD体制を倒したんだし…)
結果的には、それで良かったと言えるだろう。
それを思えば、「逃げられた」ことも「悪くはなかった」。
前世の話のウサギの場合は、キースに撃たれて終わりだけれど。
自分に何が起こったのかさえ、全く分からないままで。
乾いた音が響いた直後に、世界が真っ赤に染め上げられて、暗転して。
(……ぼくの人生は、おしまいだけど……)
前の自分が戦ったように、ウサギのハーレイが立ち上がる。
茶色い毛皮は目立たないから、隠れていたなら安全なのに。
キースは気付かず帰ってゆくのに、ハーレイはそうせず、駆け出してゆく。
「ブルーを撃った憎い男」に、復讐をしに。
ウサギの強い後足で蹴って、「痛い!」と悲鳴を上げさせるために。
(……そんなことをしたら、ハーレイだって……)
間違いなく撃たれてしまうだろうし、第一、キースを蹴るよりも前に…。
(キースが素早く銃を構えて、もう一発…)
ぶっ放したなら、ウサギのハーレイの命も終わる。
パアンと銃が火を噴いて。
茶色い毛皮のウサギの身体が、コロンと地面に転がって。
(……今日はウサギが二匹も獲れた、って……)
貴族のキースは大満足で、ウサギを従者に持たせるのだろう。
「今日はウサギのパイが食えるな」と、白いウサギと、茶色いウサギを。
館に着いたら厨房の者に、二匹のウサギを料理するよう命じておけ、と偉そうに。
貴族の男は、自分で厨房に行きはしないし、命令だけ。
それも従者の者に任せて、自分はパイを食べるだけ。
夕食のテーブルに出て来た、それを。
「今日も楽しく狩りが出来た」と、ホカホカと湯気を立てているのを。
(……お肉のパイになっちゃうんだけど……)
ウサギのぼくも、ハーレイも…、と思うけれども、二人とも、同じパイの中。
給仕が切り分け、キースが食べたら、二人一緒に天国に行ける。
白いウサギと茶色のウサギで、元気にピョンピョン飛び跳ねながら。
どっちが先に辿り着くかと、天国に続く野原の道を。
(……幸せだよね……)
ハーレイと一緒なんだもの、とウサギのカップルが目に浮かぶよう。
きっと二人とも満足していて、幸せ一杯。
肉のパイにはされたけれども、もう離れずにいられるから。
天国に行っても同じ巣穴で、うんと幸せに暮らせるから。
(…前のぼくより、ずっと幸せ……)
ハーレイが一緒なんだものね、と羨ましくなる。
前の自分は、メギドで独りきりだったから。
ハーレイの温もりさえも失くして、泣きじゃくりながら死んでいった自分。
それに比べて、なんて幸せな人生だろうか、ウサギのブルーとハーレイの方は。
同じキースに撃たれるにしても、ウサギのブルーは「失くさずに済む」。
出会った時からずっと一緒の、大切な人を。
心の底から愛し続けた、茶色い毛皮のハーレイを。
(……前のぼく、肉のパイだったなら……)
うんと幸せだったのにな、と思わないではいられない。
ソルジャー・ブルーはウサギではなくて、肉のパイにはならないけれど。
前のハーレイもウサギではないし、キースに挑みはしないけれども。
(……キースが憎い、って言うハーレイも……)
あの最期ならば、大満足なことだろう。
キースに一発、蹴りをお見舞い出来るから。
それが無理でも、「復讐を挑む」ことは出来たし、憎み続けずに済むのだから。
(……いいことずくめなんだけれどね……)
だけど、やっぱり今がいいかな、と零れた笑み。
ウサギの前世も良さそうだけれど、イギリスの野原で暮らすよりかは、今がいい。
ハーレイと二人で青い地球の上に生まれ変わって、生きている今が。
「前世は肉のパイだったかも」と、お茶を飲みながら話せる時間。
そういった日々を紡ぎ続けて、今度は結婚出来るから。
ウサギのカップルがそうだったように、誰にも遠慮は要らない世界。
ハーレイと結婚式を挙げたら、同じ家で暮らしてゆけるから。
何処へ行くにも二人一緒で、青い地球で生きてゆけるのだから…。
肉のパイだったなら・了
※ブルー君が考えてみた、ウサギの前世。肉のパイになる最期でも、幸せだっただろうと。
元ネタは第323弾の『前世と肉のパイ』です。もちろん、今の方が幸せなんですけどねv