(……肉のパイなあ……)
そういえば、そういう話をしたな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
(パイと言ったら、この辺りじゃ、普通は菓子なんだが…)
肉のパイがある地域だって、と他の地域を頭に描く。
人間が地球しか知らなかった頃には、イギリスと呼ばれていた島国。
今もイギリスがあった辺りは、同じ名前を名乗っている。
遠い昔の、イギリスの文化を復興させて。
料理なども色々、イギリスのものを引っ張って来て。
(つまりは、肉のパイだって…)
昔のように食べているだろう。
それが生まれた頃とは違って、狩猟を愛する文化は無くても。
キツネ狩りや銃を使った猟に興じる、貴族などはいない世界でも。
(…まあ、肉のパイは…)
貴族に限ったものじゃないしな、と思うイギリスのパイ。
銃で沢山の鳥やウサギを獲った貴族も、もちろん食べていたけれど…。
(余るほど獲れない庶民だって、だ…)
たまの御馳走には肉のパイ。
飼っていた豚を潰した時とか、思いがけなくウサギが獲れた時とか。
(レタスを食い過ぎちまったウサギが…)
畑で眠りこけているのを、拾って帰る絵本がある。
今も人気の『ピーターラビット』、ウサギが主人公になっている話。
肉のパイにされそうになった、子ウサギのピーター。
彼は命を拾ったけれども、父のウサギは、ずっと昔に事故で命を落とした。
「マクレガーさんの畑」で、捕まって。
マクレガーの奥さんに、肉のパイにされてしまって。
イギリスでは馴染みの肉のパイ。
『ゲームパイ』という名前のパイがあるくらいに。
ゲームはいわゆるゲームの意味で、けれど、普通のゲームではない。
庶民はともかく、貴族社会で「ゲーム」と言ったら、狩猟のこと。
(ハントはキツネ狩りを指してて、銃猟はゲーム…)
狙う獲物が鳥であろうが、ウサギだろうが、銃を使った猟なら「ゲーム」。
それの獲物を使って作るのがゲームパイ。
(…あいつと話した、肉のパイなら……)
ゲームパイだな、と一人で頷く。
その話をした、ブルーは此処にはいないけれども。
今頃は自分の家のベッドで、とっくに眠っているかもしれない。
(物騒な話だったっけな…)
肉のパイはな、と思い出すのは、ブルーとの会話。
確か、前世が話題になった日。
二人で青い地球の上に生まれ変わったけれども、それよりも前はどうだったろう、と。
ソルジャー・ブルーと、キャプテン・ハーレイに生まれるまでは。
人間が地球しか知らなかった頃も、二人は一緒だっただろうか、と。
(それで出て来たのが、ウサギだったんだ)
前世も人間とは限らないから、今のブルーが幼かった日に夢見たウサギ。
小さい頃には、「ウサギになりたい」と夢を描いていたらしいから。
将来の夢はウサギになること、そして元気に跳ね回ること。
(お父さんたちに飼って貰って…)
庭で暮らすつもりでいたというから、可愛らしい。
もしもブルーが本当にウサギになっていたなら、自分もウサギになったろう。
どうすれば人間がウサギになれるか、ブルーに方法を教わって。
茶色の毛皮のウサギになれたら、白いウサギのブルーと暮らす。
庭よりも、ずっと広い野原で。
二人でのびのび暮らせるようにと、立派な巣穴を頑張って掘って。
(あいつの将来の夢がウサギで…)
ついでに二人とも、今では干支がお揃いでウサギ。
二十四歳違うものだから、そっくり同じ干支になる。
だからウサギのカップルなわけで、「前世もウサギだったかも」という話になった。
どういうわけだか、銃猟がある昔のイギリスで。
貴族のお坊ちゃまのキースが、「ゲーム」のために銃を持ち出す世界で。
(茶色い毛皮の俺はともかく、白いブルーは…)
とても目立つし、銃を手にした貴族から見れば格好の獲物。
館には肉が余っていたって、狙いを定めて撃つことだろう。
そんな時代の貴族の猟は、文字通りに「ゲーム」で、お遊びだから。
とても食べ切れない量の獲物を、撃って遊んでいた時代。
(目の前で、ブルーが撃たれちまって…)
倒れて動かなくなってしまったら、きっと復讐に飛び出してゆく。
銃を構えたキースの前に。
ウサギの後足の蹴りは強いから、それをお見舞いするために。
(もちろんキースは、撃って来るだろうが…)
撃たれる前に一矢報いて、ささやかながらも、ブルーの仇を討ってやる。
次の瞬間、パンと音がして、自分も銃の餌食でも。
先に撃たれたブルーと一緒に、肉のパイになる運命でも。
(あいつと一緒に、肉のパイなら…)
少しも後悔なんかはしない、と今も思うし、ブルーにも言った。
パイになっても離れはしなくて、天国に昇ってゆく時も一緒。
それは幸せな一生だろうし、そういう前世もいいかもしれない、と。
ブルーと二人でウサギに生まれて、イギリスの野原を跳ね回って。
同じ巣穴で仲良く暮らして、キースに撃たれて、肉のパイになる。
こんがりと焼けた、美味しいパイに。
そうしてキースの食卓に乗って、食べられて、二人で天国にゆく。
どっちが先に辿り着くかと、競争で。
天国に続く雲の野原を、ピョンピョンと跳ねて走って行って。
(……悪くないよな……)
そんな前世も、とイギリスの野原に思いを馳せる。
前世の記憶は無いのだけれども、なんとも幸せそうな光景。
たとえ最後は肉のパイでも。
貴族のお坊ちゃまのキースに、銃で撃たれておしまいでも。
(……待てよ?)
俺は仇を討てたんだよな、と茶色いウサギの「自分」に気付いた。
ウサギのブルーを撃ったキースに、後足で蹴りを見舞ったなら。
それでキースは倒せなくても、渾身の一撃。
狩猟用の頑丈なブーツに阻まれ、「痛い」とさえも思われなくても。
キースは痛くも痒くもなくても、ウサギの自分は満足だろう。
ウサギなら充分に痛い必殺の技を、キースに炸裂させたのだから。
縄張り争いで使ったならば、どんなウサギも倒せる蹴りを。
(……キースの野郎は、まるで堪えていなくても……)
フフンと鼻の先で嗤って、持っていた銃を構え直して、撃ったとしても。
パンと乾いた音が聞こえて、目の前が真っ赤に染まったとしても…。
(…俺は確かに、キースの野郎に…)
ウサギなりの復讐を遂げたわけだし、大満足の最期なのだと思う。
「俺のブルーの仇は討った」と。
キースに一発お見舞い出来たと、頼もしい後足に感謝しながら。
(…蹴りを入れる前に、撃たれちまっても…)
復讐は果たせなかったとしても、やはり心に後悔は無い。
「ブルーの仇を討とう」と走って、キースに向かって行ったのだから。
憎いキースを蹴ってやろうと、力強い四肢で懸命に駆けて。
仇は討てずに倒されたって、ウサギの自分は努力した。
ウサギの身でも、出来る限りのことをしようと。
先に撃たれた大事なブルーを、そのままにしてたまるものかと。
キースの前に出て行ったならば、自分も確実に殺されるのに。
銃で撃たれて命を落として、肉のパイになる運命なのに。
(……肉のパイになっちまう、ウサギの方が……)
前の俺よりも幸せだぞ、と瞠った瞳。
ブルーの仇を討つのだから。
果たせず、あえなく撃たれたとしても、キースの前には出てゆける。
「俺のブルーを撃った野郎を、許しはしない」と。
武器は自分の後足だけでも、大したダメージを与えることは出来なくても。
(…それに比べて、前の俺ときたら…)
キースの野郎に一撃どころか…、と零れる溜息。
遥かな時を経た今になっても、自分の愚かさが悔やまれる。
前の自分が「まるで知らなかった」、ブルーの最期。
キースがメギドで何をしたのか、前の自分は知らないまま。
だからユグドラシルでキースと顔を合わせた時、丁重にお辞儀をしてしまった。
人類代表の国家主席に、それなりの礼を取らなければ、と。
自分はミュウの代表の一人で、シャングリラのキャプテンだったのだから。
(……本当だったら、あそこで一発……)
キースを殴るべきだったのに。
心から愛した前のブルーを、弄ぶように撃ったのがキース。
ウサギのブルーを撃つのだったら、弾は一発きりなのに。
前のブルーでも、一発で倒すことが出来たのだろうに、キースは何発も撃った。
そんな輩に礼を取ったとは、なんとも悔しい限りだけれど…。
(キースはいなくて、俺は仇を取れなくて…)
どうにもならんし、肉のパイになったウサギがいいな、と羨ましい。
そっちは仇を討てたのだから。
仇は討てずに撃ち殺されても、「ブルーの仇!」とキースを憎めたから。
おまけに最後はブルーと一緒に、仲良く肉のパイなのだし…。
(……肉のパイなら、うんと幸せなんだがなあ……)
今の暮らしも悪くはないが、とコーヒーのカップを傾ける。
青い地球での人生はもちろん最高だけれど、ウサギの前世も良さそうだから。
ただの想像に過ぎないけれども、ウサギの自分は幸せだから…。
肉のパイなら・了
※ハーレイ先生が羨ましくなった、ウサギのハーレイ。ブルーの仇を討てたから、と。
元ネタは聖痕シリーズ第323弾の『前世と肉のパイ』です、そちらもよろしくv
- <<肉のパイだったなら
- | HOME |
- 浮気してやる>>