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駆け落ちするんなら

(卒業するまで……)
 そう、それまでの我慢だものね、と小さなブルーが思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は、家では会えなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 毎日でも顔を合わせて話したいのに、今日は学校で挨拶しただけ。
 それも廊下で出会った時に。
 ハーレイの古典の授業さえ無くて、顔も充分に見られなかった。
 とても残念なのだけれども、まだ会えただけマシだろう。
 ちゃんと学校に行っていたって、まるで会えない日もあるのだから。
(……だけど……)
 学校で挨拶だけだった日は、家でゆっくり話したい。
 仕事帰りのハーレイに会って、夕食も一緒に食べたいけれど…。
(そんな我儘、通らないから…)
 卒業までの我慢なんだよ、と自分自身に言い聞かせる。
 まだ何年も先のことだけれども、今の学校を卒業してゆく日が来たら…。
(卒業式から、一ヶ月も待っていなくても…)
 結婚出来る年の、十八歳になると分かっている。
 三月の一番おしまいの日が、十八歳の誕生日なのだから。
(そしたら、ハーレイと結婚出来て…)
 二人、同じ家で暮らしてゆくから、今みたいな思いはせずに済む。
 ハーレイの帰りが遅くなっても、待ってさえいれば…。
(家に帰って来てくれるしね?)
 待ち疲れて眠ってしまっていたって、きっと優しくキスしてくれる。
 「おやすみ」と瞼や唇の上に。
 起こさないよう、そっとベッドに運んでもくれて。


(ふふっ…)
 待ち遠しいな、と心の奥が暖かくなる。
 指折り数えて待ちたいくらいの、ハーレイと一緒に暮らせる時。
 ただ、本当に数えたら…。
(……落ち込んじゃうしね?)
 何日あるのか、気が付いちゃって…、と勘定する気は起こらない。
 一年は三百六十五日で、二年分なら七百を超える。
 そして二年では終わらないのが、残りの学校生活だから…。
(数えはしないで、我慢、我慢…)
 そうする間に、残りの日々は縮まってゆく。
 背丈だって伸びて、キス出来る日も近付いてくる。
(学校の生徒の間は、無理かな……?)
 ハーレイにキスを貰うのは…、と首を傾げて、その考えも追い払った。
 縁起でもないことだから。
 いくらハーレイが物堅くても、約束したことは、また別のこと。
(前のぼくと同じ背丈に育ったら…)
 唇へのキスを許してくれる、という約束を交わしている。
 まさか「知らん」とは言わないだろう。
 「駄目だ」と断ることはあっても。
 「お前は、まだまだ教え子だしな?」と、やんわり拒絶はするかもだけど。
(……それって、とってもありそうだけど……)
 ホントになったら大変だものね、と竦めた肩。
 ハーレイの授業で聞いた「言霊」、それには注意しなくては。
 言葉は力を持っているから、迂闊なことを言ったなら…。
(本当のことになっちゃうんだよ)
 そうならないよう、考えることも避けるべき。
 嫌なこととか、不吉なこと。
 縁起でもない話なんかは。


 頭の中から追い出した考え。
 「もっといいことを考えなくちゃ」と、未来の方へ目を向けて。
 ハーレイと結婚出来る日が来たら、毎日が、きっと「いいこと」ばかり。
 たまに落ち込むことがあっても、ハーレイが慰めてくれる筈。
 温かい紅茶を淹れてくれたり、「美味いんだぞ」と何か作ってくれたり。
(……それでも気分が落ち込んでたら……)
 ハーレイの車でドライブだろうか。
 「気分転換に出掛けてみるか」と、愛車の助手席に乗せて貰って。
 うんと遠くまで走ってゆくとか、景色のいい場所を目指して走らせる車。
 「どうだ、少しはマシになったか?」なんて、何度も声を掛けられながら。
(…一緒に暮らしているからだよね)
 そういうことが出来るのは。
 ハーレイが直ぐに色々と気付いて、こまごまと世話を焼いてくれるのは。
(今だと、気付いてもくれないんだよ…)
 こうしてベッドにチョコンと座って、溜息をついていることも。
 遠い未来を思い描いて、今日の「ガッカリ」を埋めていることだって。
(……早く結婚したいんだけどな……)
 そのためには、まず学校を卒業しないと…、と考える内に、ふと思い出した。
 普通は、学校を卒業した子は…。
(…上の学校…)
 当たり前のように待っているのが、もう一つ上の学校だった。
 人間が全てミュウになった今、寿命はとても長いもの。
 前の自分の頃とは違って、社会に出てゆく年だって遅い。
(SD体制の時代だったら…)
 十四歳になった途端に「目覚めの日」。
 前の自分は、それまでの記憶を全て失くして、実験動物にされたけれども…。
(人類の子供は、教育ステーションで勉強…)
 どういうコースで生きてゆくかを機械が決めて、四年間のステーション暮らし。
 教育は其処で終わったけれども、今はそれより長い期間で…。


(…パパとママだって、上の学校…)
 今の自分が其処へ行くことを、信じて疑いもしていないだろう。
 何を勉強するかはともかく、上の学校へ進むのだ、と。
(……チビのままで、背が伸びなくっても……)
 子供のままで、うんと成長が遅い子のために、別の学校が用意されている。
 ゆっくり育つ身体と心に合わせて、カリキュラムを組んだ「上の学校」。
(…幼年学校…)
 そういう名前の学校があるから、両親も、きっと、そのつもり。
 「卒業したら結婚する」というコースなんかは、夢にも考えさえもしないで。
 上の学校の資料を取り寄せ、「何処に行きたい?」と訊いたりもして。
(……結婚したい、って言いだしたら……)
 両親は驚いて声も出ないか、目を丸くして問い返すのか。
(…本気なのか、って…)
 まずは意志を確かめ、それから相手を尋ねるのだろう。
 結婚したい「お相手」のことを。
 いつの間にガールフレンドが出来て、結婚の約束を交わしたのかと。
(……女の子だとしか思わないよね?)
 どう考えても、「結婚したい」という「お相手」は。
 結婚に理解を示してくれても、「一度、この家に連れて来てみなさい」とか。
(…そうじゃなくって、ぼくがお嫁さん……)
 告白したなら、両親は腰を抜かすだろうか。
 とても大事な一人息子が、十八歳で「お嫁に行く」なんて。
 おまけに、相手は…。
(……ハーレイなんだよ……)
 何年も家に通って来ていた、学校の先生で「守り役」だった人。
 前の生では「ソルジャー・ブルー」の右腕だった「キャプテン・ハーレイ」。
 当時から恋人同士だけれども、そんなこと、両親が知るわけがない。
 もう文字通りに寝耳に水で、二人ともビックリ仰天だろう。
 あらゆることが予想外すぎて、心がついてゆかなくて。


(……お許しなんか……)
 もしかしたら、出ないかもしれない。
 どんなに「結婚したい」と言っても、「気の迷いだ」と一蹴されて。
 上の学校とか幼年学校の、入学手続きを取られてしまって。
(…そして、ハーレイとは引き離されて…)
 会えないようにされてしまって、もしかすると、寮に入れられるかも。
 うんと遠くの学校に入れて、とても厳しい寄宿舎に。
 門限があって、誰かと会うにも、面会の許可が要るような場所へ。
(SD体制の時代みたいだけど…)
 遥か昔の地球にもあった、厳しい寄宿舎。
 それを真似している学校だって、まるで無いとは言い切れない。
 そんな所へ放り込まれたら、今よりも、もっと…。
(…ハーレイと会えなくなってしまって、結婚どころじゃ…)
 なくなるのだし、取るべき道は、一つだけ。
 ハーレイと一緒にいたければ。
 両親がどれほど反対したって、結婚へ進みたいのなら。
(……何処かへ、駆け落ち……)
 上の学校に入れられる前に、手に手を取って。
 あるいは寄宿舎に入れられた後に、示し合わせて逃亡して。
(…ハーレイのお仕事、なくなっちゃうけど…)
 駆け落ちをした教師なんかは、何処も雇ってはくれないだろう。
 うんと辺境の星に逃げても、事情を隠し通せはしない。
 SD体制の時代ほどには、監視されてはいなくても。
(先生をするには、免許が要るから…)
 それを出したら、たちまちハーレイの身元が知れる。
 教え子を連れて駆け落ちして来た、地球出身の教師なのだと。
 窮状は酌んで貰えたとしても、学校が雇うわけにはいかない。
 生徒はもちろん、保護者たちにも、示しがつかないことになるから。


 これは困った、と思うけれども、いざとなったら「駆け落ち」だろう。
 両親が許してくれなかったら、結婚が通らないのなら。
(……ハーレイと駆け落ちするんなら……)
 行き先とか、その後の仕事のこととか…、と考えねばならないことは山ほど。
 地球の上だと直ぐにバレるし、他の星に逃げてゆくしかない。
(…でも、宇宙船に乗る時は…)
 万一の事故などの場合に備えて、身元のチェックがあると聞く。
 それを躱して乗るとなったら、密航以外に方法は無い。
(…今の時代に密航なんて…)
 している人がいるのかな、と思うけれども、やってみるしかないだろう。
 ハーレイと生きて行きたかったら。
 辺境の星で暮らすにしたって、二人で生きてゆくためならば。
(準備も、逃げるのも大変そうだけど…)
 それも幸せな未来かもね、とクスッと零れてしまった笑み。
 たとえ駆け落ちする羽目になっても、「ハーレイと築いてゆく未来」だから。
 前の生では得られなかった、二人きりでの暮らしだから。
(……そのために、駆け落ちするんなら……)
 ぼくは後悔なんかしないよ、と心の底から言い切れる。
 今度こそ、幸せになるのだから。
 ハーレイと二人で生きてゆけたら、きっと何処でも、幸せだから…。

 

        駆け落ちするんなら・了


※ブルー君が夢見る、ハーレイ先生との未来。結婚出来る日を心待ちにしてますけれど…。
 両親のお許しが出なかった時は、駆け落ちすることになるのかも。でも、幸せv











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