(その内に冬が来るんだよね…)
秋が終わったら、と小さなブルーが思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今は、まだ秋。
そうは言っても、木々の紅葉を迎えてはいない。
たまに冷え込む夜もあるから、いずれ色づき始めるけれど。
(紅葉狩り…)
ハーレイの授業で習った言葉。
前から知っていたような気もするのだけれども、改めて印象付けられた。
人が地球しか知らなかった時代、地球が滅びてしまうより前。
この辺りにあった小さな島国、日本の人々が生み出した言葉。
(キノコ狩りみたいなものとは違って…)
紅葉を採りにゆくのではなくて、眺めにゆくこと。
貴族だったら自分の館の、広大な庭でも出来たという。
庭の池に綺麗な船を浮かべて、その上からも紅葉を楽しんで。
(だけど、やっぱり…)
紅葉が美しいと名高い場所まで出掛けてゆくのが、紅葉狩りの名に相応しい。
牛車や輿でゆく貴族でなくても、馬さえ持たない庶民でも。
(遠足みたいなモノだもんね?)
お弁当を持ってゆく紅葉狩り。
気に入った場所でそれを広げて、時には酒を酌み交わしたり。
とても素敵な響きの言葉が「紅葉狩り」だった。
(紅葉見物なんかじゃなくって…)
うんと雰囲気がある言葉だよ、と心から思う。
かつて日本に住んでいた人々、彼らは四季を愛したと聞いた。
だからこそ多くの言葉が生まれて、様々な文化を育んだのだと。
「紅葉狩り」というのも、その一つ。
そう呼ぶ言葉も、紅葉を眺めに出掛けてゆくということも。
今のハーレイが教えているのは、古典の授業。
日本の古典を色々と習うけれども、合間に語られる豊富な知識。
(ハーレイの雑談…)
居眠りしていた生徒までもが、ガバッと起きて聞き入るほど。
生徒の集中力を取り戻すために、絶妙のタイミングで仕掛けられるもの。
(日本には、四季があったから…)
生まれて来た文化は数多い。
平安時代の貴族の間では、服装さえも季節に合わせて変えた。
(ちゃんと合わせないと、馬鹿にされるんだよね?)
どうやら教養が足りないらしい、と皆に陰口を叩かれて。
男性は女性にモテもしないし、女性の場合は、もっと悲惨な結果が待っていたのだとも。
(…身分の高い女の人は…)
顔を見せないのが嗜みだったのが、平安時代。
御簾や几帳の影に隠れて、更に扇で顔を覆った。
それでは全く分からないのが、女性の顔立ち。
美しい人か、そうではないのか、まるで分からないものだから…。
(手紙とか歌をやり取りしながら、どんな人なのか想像して…)
もっと知りたい男性たちは、頑張って情報収集をした。
人の噂をかき集めたり、覗き見しようと試みたりと。
(でも、顔なんか、そう簡単には…)
見られないから、まず目に付くのは、その人の衣装。
着物の袖などを御簾の外へと出しておくことは、よくあったという。
牛車で何処かへ出掛ける時にも、同じように人目に付くように。
(そうやって見せてる着物の色…)
その色だとか、重ね方だとか。
趣があるか、季節に沿っているかと、男性たちは品定めをした。
それは美しく装っているなら、教養の深い女性だろう、と。
そういう人なら、きっと顔だって美しい筈、と考えるから、逆の女性はもうモテない。
見向きもされずに放っておかれて、悪い噂が立ってゆくだけで。
(怖い時代だよね…)
あの雑談を聞いた時には、教室中が震え上がった。
教養が足りないとモテない時代で、よりにもよって季節に合った服装。
今の時代に同じことを言うなら、全く別の意味になるのに、と。
(夏は暑いから、薄着をして…)
半袖などを着て、暑さをしのぐもの。
逆に冬なら、暖かい服。
寒くないよう重ね着をして、マフラーなども巻いたりして。
(ちょっぴり取り合わせが、おかしくっても…)
誰かにクスッと笑われるだけで、それでおしまい。
「なんとも趣味の悪い人だ」と噂を立てられ、人生を棒に振ることは無い。
服装で顔を想像せずとも、顔なら、ちゃんと見えているから。
本当に綺麗な人かどうかは、顔を合わせれば分かるのだから。
(…平安時代じゃなくて、良かった…)
ホントに良かった、とホッと息をつく。
ハーレイの話を聞いた日の教室、あの日のクラスメイトたちも、皆、そうだった。
(学校だと、みんな制服だけど…)
家に帰れば様々な服で、その服装には決まりなど無い。
自分さえ良ければ、帰ってすぐに、パジャマに着替えてしまってもいい。
平安時代の貴族と違って、誰も様子を見に来ないから。
「あの人は何を着ているのか」と、チェックしに来ることは無いから。
(……そんな時代だと……)
今のぼくだってアウトなのかも、と眺めるパジャマ。
夜はパジャマで当然だけれど、これが平安時代なら…。
(季節に合った色とかのパジャマ…)
それを着ないと「教養が無い」と笑われる。
男性同士でも、互いにチェックしているから。
趣味の良い人か、そうでないかと、品定めをして。
友情を築くのに相応しい人か、相手にしない方がいいかと。
そんな時代に生まれていたなら、上手く乗り切る自信など無い。
なにしろ前の自分ときたら、常にソルジャーの正装だった。
(シャングリラには、四季があったけど…)
白い箱舟には、幾つも設けられていた公園。
其処には四季があったけれども、それとは関係無かった制服。
(ブリッジクルーなら、袖には羽根の模様とか…)
そうした区別があった程度で、基本的には、男女別しか無かったものがミュウたちの制服。
長老たちとキャプテン、ソルジャーにだって、それぞれの役職を示す制服があった。
(ぼくとハーレイのは、お揃いの意匠…)
それが入っていたのだけれども、何人が気付いていただろう。
きっと殆どの仲間は知らないままだったろう、と今でも思わないでもない。
見た目には「全く別のデザイン」に見えたのが、ソルジャーとキャプテンの制服だから。
色合いだって別物だったし、同じ意匠が上着に施されていることなんて…。
(よっぽど食い入るように見ないと…)
気が付かないよ、と思い出す上着。
前の自分でさえも、気付くまでには暫くかかった。
気付いた時にはとても嬉しくて、有頂天になったもの。
(ハーレイとお揃いの服なんだ、って…)
嬉しくてたまらなかったけれども、前の自分たちの服は、たったそれだけ。
季節に合わせて変わりはしなくて、夏服と冬服さえも無かった。
四季があったのは公園だけで、他の場所には無かったから。
(…人間らしく生きてゆくには、季節が無いと…)
きっと駄目だ、と考えた前の自分たち。
だから船の中に生み出した四季。
改造を済ませた白いシャングリラの、あちこちに作った公園に。
春には草木が一斉に芽吹き、夏には緑が生い茂る場所。
秋は木の葉が色づいて散って、寒い冬には冬枯れの景色。
流石に雪までは降らなかったけれど、立派に巡り続けた季節。
船中が同じ制服のままで、季節に合わせることは無くても。
(ああいう船で暮らしていたから…)
季節に沿った色合いの服など、とても選べるとは思えない。
昔の日本に生まれていたら、困り果てていたことだろう。
「どれを着たらいいの?」と、沢山の服を前にして。
今の季節に合うのはどの衣装なのか、まるで全く分からなくて。
(教養の無い人なんだ、って思われちゃうよ…)
誰かが教えてくれないと…、と頭に浮かんだのは今のハーレイ。
きっとハーレイも、同じ時代に暮らしているに違いない。
そして今みたいに知識が豊富で、頼り甲斐があって…。
(ぼくの服だって…)
これだ、と教えてくれそうな感じ。
「今の季節なら、こいつだよな」と相応しい色を選んでくれて。
(…うん、いいかも…)
それなら昔の日本の世界でも、大丈夫。
ただ、ハーレイと出会うより前は…。
(服もまともに選べなくって、教養が無くて…)
駄目な人間の烙印を押されるのだろうか、まだチビなのに。
十四歳にしかならない子供で、まだまだ人生、これからなのに。
(…それとも、ママが色々選んで…)
揃えてくれて、その服でハーレイと出会うのだろうか。
もちろんハーレイは、とても洒落たのを着こなしていて。
季節に沿った色を選んで、教養の高さを匂わせて。
(…そういうのも素敵…)
その世界ならば、ハーレイだってモテるのだろう。
白いシャングリラの頃と違って。
「薔薇の花のジャムが似合わない人だ」と、皆に笑われたりせずに。
服の選び方が上手い男性、そういった人がモテた頃なら。
チビの自分には難しくても、ハーレイなら得意そうだから。
(そうなっちゃうのも、楽しそう…)
ぼくは少しもモテなくっても、と考えたけれど、問題が一つ。
ハーレイがとてもモテるのだったら、チビの自分と出会う頃には…。
(とっくに奥さんがいるだとか…?)
それは困る、と慌てたものの、きっとハーレイと自分なら…。
(ちゃんと出会えて、ずっと一緒で…)
前の生とは違って離れることなく、何処までも二人でゆけると思う。
チビの自分が大きくなっても、自分では服を選べなくても。
「どれを着ればいいの?」と、ハーレイに訊いてばかりでも。
(……ふふっ……)
こんな想像を広げられるのも季節のお蔭、と嬉しくなる。
今の世界に四季が無かったら、ハーレイの雑談に服の話は出ないから。
常夏の場所で暮らしていたなら、今も知らないままだから。
(…四季が無かったら…)
紅葉狩りだって無いんだものね、と夢見るハーレイとの未来。
いつかは二人で紅葉の季節に、紅葉狩りにも行けるから。
季節に合わせた服を着ろとは言われない世界で、ハーレイが作ったお弁当を持って…。
四季が無かったら・了
※ブルー君が思い出した、ハーレイ先生の雑談。季節に合った服を選んで着ていた時代。
教養が無いと生きてゆくのも大変そう、と膨らんだ想像。四季のある世界は素敵なのですv