「ねえ、ハーレイ。失恋するって、辛いらしいけど…」
経験あるの、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、テーブルを挟んで。
向かい合わせでお茶を飲みながら、首を傾げて。
「失恋だって?」
この俺がか、とハーレイは自分の顔を指差す。
他には誰もいないけれども、あまりにも質問が意外すぎて。
「そうだけど…。どうなの、ハーレイ?」
失恋しちゃったことはあるの、とブルーの問いは揺らがない。
どうやら本気で訊いているようで、弾んだ心も伝わってくる。
どんな返事が返って来るのか、心底、ワクワクしている様子。
「ある」と答えるのか、それとも「無い」と返すのかと。
(……失恋なあ……)
何を考えているんだか、と思うのだけれど、そちらは謎。
今のブルーの心は筒抜け、欠片がキラキラ零れるのに。
「失恋したこと、あるのかな?」と、赤い瞳が煌めくのに…。
(…生憎と、キラキラに紛れちまって…)
まるで読めない、小さなブルーの質問の意図。
好奇心から出た問いなのか、思う所があるのかが。
「えっと…。ハーレイ?」
どうしちゃったの、と瞬きするブルー。
少しも答えが返らないから、心配になって来たのだろう。
(…放っておくと厄介だぞ)
失恋したことになっちまって…、と感じた危機。
もしも失恋の経験があれば、それは即ち…。
(ブルー以外の誰かに、だ…)
恋をした末に、恋が破れたことになる。
そう思われたら、非常にマズイ。
前の生から恋人同士の、ブルーと自分。
けれど記憶を失くしていたから、ごくごく普通に生きていた。
柔道や水泳の腕のお蔭で、女性にモテた学生時代。
(…その頃に恋をしてはいないが…)
疑われたら、もうどうしようもない。
今のブルーは、サイオンがとても不器用だから…。
(俺の心を読んでくれ、と言ってもだ…)
それは出来ないし、読ませてやっても信じないのに違いない。
「自分から読ませてやれる記憶」は、隠し通せるものだから。
(……ブルーの意図が分からんが……)
嘘はつくまい、と腹を括った。
どう転がっても構わないから、本当のことを言っておこうと。
「残念ながら、失恋の経験は一度も無いな」
お前一筋みたいだぞ、と苦笑する。
今も昔も、ブルー以外に恋をしたことは無かったから。
「えっ、そうなの? 片想いとかも…?」
叶わなかった恋は無いの、とブルーは重ねて尋ねた。
本当に失恋したことが無いのか、確かめるように。
「安心しろ。どうやら俺は、お前にしか恋が出来ないらしい」
学生時代はモテたんだがな、と瞑った片目。
「放っておいても女性に囲まれていたが、惚れなかった」と。
そうしたら…。
「ハーレイ、それって良くないと思う」
人生経験が足りないじゃない、と小さなブルーは言い出した。
失恋も成長の糧の一つで、経験すべきことなのでは、と。
「おいおいおい…」
なんでそうなる、と目を丸くすると、胸を張ったブルー。
「ぼくが経験させてあげる」と、得意そうに。
「はあ?」
「ぼくがハーレイを振るんだよ! そしたら失恋!」
キスしてくれないハーレイなんかは大嫌い、と尖らせる唇。
「もう顔だって見たくないから、消えちゃって!」と。
(……そう来たか……)
こう言えばキスすると思っているな、と読めたブルーの魂胆。
だから「分かった」と椅子から立った。
「残念だが、今日限り、別れよう。…俺は二度と来ない」
「えっ!?」
そんなの嫌だ、と真っ青になって慌てるブルーに背を向ける。
顔はニヤニヤと笑いながら。
「じゃあな」と、「元気で暮らすんだぞ」と…。
失恋するって・了