(今日はホントに楽しかったな…)
ずっとハーレイと一緒だったし、と小さなブルーが浮かべた笑み。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は休日、午前中からハーレイが訪ねて来てくれた。
この部屋で二人、テーブルを挟んで向かい合わせ。
昼食も、午後のお茶の時間も、ハーレイと二人きりだった。
両親と一緒の夕食の時だけ、増えた人数。
それが済んだら食後のお茶で、これもやっぱり、この部屋で。
(コーヒーは出て来なかったしね)
ホントに良かった、と母のメニューに感謝の気持ち。
食後はコーヒーが似合いだったら、部屋には戻って来られない。
チビの自分は苦手なコーヒー、けれどハーレイの大好物。
両親も良く知っているから、コーヒーを出そうという時は…。
(晩御飯の後も、ずっとダイニング…)
ハーレイがゆっくり寛げるよう、コーヒーを飲むのは食事の後のテーブルで。
食器を下げて、テーブルを綺麗に拭いて、それから。
(そうなっちゃったら、ハーレイがお喋りする相手…)
ぼくじゃなくって、パパとママだし…、と考えただけで溜息が出そう。
今日は、そうではなかったけれども、たまには、そんな時だってある。
(…パパとママは、何も知らないから…)
自分たちの息子が生まれ変わりだと知ってはいても、そこまでで終わり。
ハーレイについても、同じこと。
(ソルジャー・ブルーと、キャプテン・ハーレイってだけで…)
まさか恋人同士だったとは、夢にも思わないことだろう。
だから夕食の席では、いつもハーレイに気を遣う。
「一日中、子供の相手ばかりで、疲れただろう」と。
もっと話が出来る大人の、自分たちがお相手しなければ、と。
両親の気配りは、実のところは有難迷惑。
二人きりの時間を邪魔されるよりも、放っておいて欲しいもの。
けれど「本当のこと」を話せはしないし、仕方なくハーレイを両親に譲る。
夕食の支度が出来たと、階下へ呼ばれたら、いつも。
その夕食の後に、苦手なコーヒーが出て来た時も。
(でも、今日は紅茶…)
お蔭で部屋に戻って来られた。
ハーレイと二人きりに戻って、此処でお喋り。
壁の時計が気にはなっても、ハーレイを盗られる心配は無い。
両親は部屋にはやって来ないし、話し相手は自分だけ。
(話したいこと、ホントにいくらでもあるもんね…)
時間が足りない、と思うくらいに。
ハーレイが椅子から立ち上がる時間は、ずっとずっと先の方がいい。
(…もう少し、ぼくが大きかったら…)
もっとゆっくり留まっていてくれるだろうに。
大人同士のパーティーなどなら、始まる時間が遅いものもある。
(…ハーレイが帰る頃の時間に…)
幕を開けるものも、きっとあるのだろう。
遠く遥かな時の彼方でも、そうだったように。
白いシャングリラで暮らした仲間が、仕事の後に開いていた気楽な集まり。
(晩御飯は、みんな食堂だけど…)
それが済んだ後で、集まっていた。
メンバーの中の誰かの部屋やら、持ち場の休憩室やらで。
食堂からテイクアウトして来た、軽い食事や、おつまみなどを持ち寄って。
(……でもって、お酒も……)
あの船では合成のものだったけれど、皆で楽しく飲んでいた。
翌日の仕事に差し支えないよう、ちゃんと注意してはいたけれど。
あんまり遅くなり過ぎないよう、翌日に酒が残らないように。
(……思い出しちゃった……)
前のハーレイと暮らしていた頃を。
「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた時代の、うんと懐かしい出来事を。
此処にハーレイがいてくれたならば、今すぐにでも話したい。
まるで全く別の話を、ハーレイがしている最中でも。
「親父がな…」と、今のハーレイの、釣り好きの父の話を披露していても。
(…ねえ、ハーレイ、って…)
いきなり話の腰を折る。
今のハーレイの父の話なら、そう簡単には忘れない。
けれど、シャングリラの思い出は違う。
思い出した時が「話したい時」で、チャンスを逃してしまったら…。
(じきに忘れちゃって、何処かに消えて…)
次に再び戻って来るのは、いったいいつになるのだろうか。
それは困るから、どうしても話しておきたい何かが、頭に浮かんで来た時は…。
(……メモするんだよ)
ハーレイが訪ねて来てくれた時に、思い出せるように。
「この話をしようと思ったんだっけ」と、読んだら直ぐに気が付くように。
(…だけど、今のは…)
メモするほどのことでもない。
白いシャングリラの日常の一コマ、ごくごく普通に見られた光景。
今日は忘れてしまったとしても、またいつか思い出すだろう。
何かの機会に「そういえば…」と。
そしたら、ハーレイに話せばいい。
話の腰をへし折って。
「あのね…」と無理やり、ハーレイの話を遮って。
たとえハーレイの思い出話の真っ最中でも、かまわない。
今のハーレイの思い出なら。
話をへし折り、遮ったとしても、ハーレイは、簡単に思い出せるから。
今の生での出来事だったら、忘れても、思い出す切っ掛けは沢山。
白いシャングリラの話をした後、ハーレイに、こう言えばいい。
「さっきの話は、何だったっけ?」と。
ハーレイも自分も忘れていたって、二人で考え込めばいい。
何の話をしていたか。
ハーレイの両親の話だったか、はたまた猫のミーシャの話か。
(思い付いたことを、次から次へと…)
二人で端から挙げていったら、その内にヒョイと出て来る答え。
「そうだ!」と、ポンと手を打って。
話を遮ってしまう前には、何を話していたのか、と。
(ハーレイが先か、ぼくが先になるか…)
それは全く謎だけれども、きっと、どちらかが思い出す。
すっかり忘れていたことを。
白いシャングリラの思い出話に興じる間に、埋もれてしまった「今」の話を。
(…だって、今なら…)
毎日は、本当に穏やかな日々。
人類軍に見付からないかと、怯える必要は何処にも無い。
ミュウの仲間が危機に瀕しているのでは、と外の世界にまで注意を払わなくてもいい。
それにハーレイは…。
(…船の心配とかも、全くしなくていいんだよ…)
もう、キャプテンではないのだから。
船の仲間の命を預かる、いわば最高責任者。
そんな立場の頃だったならば、今のような日々は考えられない。
当たり前のように朝が来て、日が暮れてゆく日々は。
今日の続きに明日があることも、明日の次には明後日が来るということも。
だから「忘れても」大丈夫。
忘れてしまった話の切っ掛け、それは簡単にポンと出て来る。
そのための時間はいくらでもあるし、手掛かりも山ほどあるのだから。
(時間はたっぷり、話もたっぷり…)
話題が尽きちゃうことはないよね、と思い返す今日の昼間のこと。
次から次へと喋り続けて、話が途切れることは無かった。
食べ物を口に入れている時は、行儀よく喋らずにいても。
紅茶を口に含んだ時にも、飲み下すまで黙っていても。
(そんなの、ほんの少しの間で…)
途切れた内にも入りはしない。
もしも、どちらかが咳き込むだとか、むせてしまって話が途切れても…。
(大丈夫、って…)
声を掛けたりするのだろうし、やっぱり話は途切れていない。
言葉の上では途切れていたって、心の中では繋がっていて。
ゲホゲホいうのが収まったならば、「もう大丈夫」と微笑んで…。
(…さっきの続き、って…)
すぐに話は再開するから、途切れたなどとは言えないだろう。
話の合間に「むせた時のこと」が挟まっていても。
それも話題に加わっていても、その分、話題が広がっただけ。
(…ついでに、シャングリラの頃のこととか…)
思い出したりするかもしれない。
同じように話が途切れてしまって、ゲホゲホ激しく咳き込んだこと。
前の自分がゲホゲホとやって、ハーレイが水を汲んで来るとか。
逆にむせたのはハーレイの方で、前の自分が、青の間の奥の小さなキッチンへ…。
(走って行って、水が入ったコップ…)
それを手にして戻って来たとか、そんな思い出。
あるいは前の自分だったら、サイオンで汲んで来たのだろうか。
ハーレイの前からは一歩も動かず、手だけを上げて。
その手に水が入ったコップを、一瞬で宙から取り出して。
(…そうだったかもね?)
残念なことに、今は欠片も覚えていないし、少しも思い出せないけれど。
そういった事件があったとしたって、記憶には何も無いのだけれど。
(……んーと……)
こんな具合に今は思い出せない、前の生での沢山の記憶。
それまで数に加わるのだから、ハーレイとの話題は、決して尽きない。
もしも尽きる日が来たとしたって、その頃には、きっと…。
(…新しいのが、うんと沢山…)
増えているのに決まっているよ、と分かる「思い出」。
今の生でこれから見聞きしてゆく、あらゆることを話題に出来る。
それにハーレイと二人で暮らし始めたら、共通の話題も増えるのだろう。
今はハーレイの教え子と言えば、自分と同じ学校の生徒たちなのだけれど…。
(…そうじゃなくなって、ハーレイがぼくに…)
どんな子たちか、教えてくれる時が来る。
学校を卒業している自分は、もう「ハーレイ先生の教え子」ではなくて…。
(お嫁さんだものね?)
出勤してゆくハーレイを見送って、帰って来たら話をする。
二人で同じ食卓を囲んで、学校のことやら、昼間に起こった出来事やらを。
(だから、話題が尽きちゃっても…)
次の話題が出来ているよね、と夢見る未来。
ハーレイと青い地球まで来たから、話題が尽きることなどは無い。
平和な地球では夜の後には、必ず朝がやって来るから。
そうして毎日、思い出が増えて、話題も増えてゆくのだから…。
話題が尽きちゃっても・了
※ハーレイ先生とたっぷり話した日の夜も、まだ話せそうなブルー君。現に話題が1つ。
それは忘れても、次に話す時には、別の話題が。尽きる日なんかは来ないのですv