(あいつとの話題っていうヤツは…)
まるで尽きるってことが無いな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家へと出掛けた休日、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
(あいつの家では、紅茶だったし…)
やっぱり俺はこっちでないと、と思うコーヒー。
小さなブルーはコーヒーが苦手で、そのせいでブルーの家では出ない。
よほどコーヒーが似合いのメニューが、夕食だったら別だけれども。
(そういった時は、あいつのお父さんたちも一緒に…)
ダイニングで飲むのが食後のコーヒー、それをゆっくり飲み終わったら…。
(俺が席を立って、帰る時間で…)
ブルーと二人きりでの話は、ほんの僅かな時間だけ。
玄関まではブルーの母も送って出るから、扉を開けて庭に出てからの時間。
庭を通って門扉の所まで、その間だけ、ブルーと二人きり。
食後の飲み物が紅茶だったら、そうはならないのだけれど。
今夜みたいに、夕食の後はブルーの部屋で。
ブルーの母が運んでくれた紅茶をお供に、食後のお喋り。
「もう帰らんとな」と、自分が腰を上げるまで。
小さなブルーが「そんな時間?」と、寂しそうに時計に目を遣るまで。
(そうやって、俺が立ち上がっても…)
終わるわけではない、ブルーとの会話。
立ち上がる時には、ちゃんとキリのいい所で話を終えていたって…。
(なんだかんだと喋ってるよなあ…)
話の続きかと思うことやら、まるで全く違うことやら。
時には天気の話題にもなるし、「また来てくれるよね」と念を押されることも。
言われなくても、行ける時には行っているのに。
仕事が早く終わった時には、帰りに寄るのが習慣なのに。
そんな時でも、話は尽きない。
次から次へと湧いて出て来て、「じゃあな」と手を振り、別れるまで。
今日もそうだった、尽きない話題。
食後の飲み物が紅茶でなくても、きっと話は尽きなかったろう。
(お父さんたちも一緒の間は、二人きりで喋れなかった分…)
帰りの庭で喋るんだよな、と思い浮かべる小さなブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今はすっかりチビだけれども、その分、まるで子猫みたいに…。
(帰って行く俺に纏わり付いて…)
玄関を出てから門扉の所まで、時間を惜しんで話し続ける。
「ちょっと冷えるね」といったことでも、「帰ったら、書斎?」というようなことも。
つまらないことでも、ブルーにとっては大切な話題。
二人での会話。
(その点については、俺にとっても…)
同じだよな、と心から思う。
たとえ天気の話であっても、ブルーと話せることが嬉しい。
一度は失くした恋人なのだし、その人と再び話せる時が。
生まれ変わってまた巡り会えた、奇跡の時間を味わうことが。
(俺が帰る前の、ほんのちょっとの間でも…)
寸暇を惜しんで話すのだから、もちろん普段も話題は尽きない。
ブルーと二人きりでお茶を飲む時間も、ブルーの部屋での昼食の時も。
(…もう本当に、次から次へと…)
よくもあれだけ続くもんだな、と可笑しくもなる。
これでは、遠く遥かな時の彼方で…。
(シャングリラにいた、女性陣だな)
何かと言ったら、寄って喋っていたもんだ、と思い出す、彼女たちのこと。
休憩室などでのお茶の時間でなくても、いつも楽しそうに…。
(雲雀みたいに、ペチャクチャと…)
喋り続けていたんだよな、と懐かしい。
あのエラでさえも、お茶の時間はカップを手にして寛いでいた。
作法がどうのと言いはしないで、皆と一緒に、笑顔でお喋りをして。
(…前の俺と、ブルーも……)
彼女たちには敵わないまでも、話すことは嫌いではなかった。
前のブルーがチビの頃にも、青の間で暮らすようになった後にも。
(あいつがチビに見えてた頃には、よく厨房で…)
作業しながら交わした話。
まだキャプテンにはなっていなくて、厨房で料理をしていた時代。
(ヒョイと顔を出して、「何が出来るの?」と…)
尋ねていたのが、その頃のブルー。
視線の先には鍋があったことも、フライパンが置かれていたことも。
(そこまで行ってりゃ、話は早いが……)
食材が並んでいるだけだとか、まな板と包丁を使っている時ならば…。
(見ただけじゃ、全く分からないしな…?)
それだけで充分に話題が出来た。
「見て分からんか?」と、からかってみたり、「今日はな…」と説明を始めたり。
前のブルーは熱心に聞いて、「手伝うよ」と手を伸ばしても来た。
ジャガイモの皮を剥く程度ならば、前のブルーでも出来たから。
(でもって、ジャガイモの皮を剥きながら…)
二人で色々と話をしていた。
出来上がる予定の料理のことやら、全く関係ないことやらを。
(料理が出来たら、「食ってみるか?」と…)
味見の時間で、そこから、またまた広がった話題。
「美味しいね」というブルーの笑顔で始まって。
新作の料理の時でなくても、いつもブルーは喜んで食べた。
(俺が感想を訊いた時には…)
大真面目に考え込んだりもした。
なにしろ前のブルーと自分は、好き嫌いというものが無かったから。
何でも美味しく食べるものだから、試作品の時は難しい。
他の仲間には美味しいかどうか、自分では答えを出せないから。
自分の舌に尋ねてみたって、その舌がアテにならないから。
厨房時代が終わった後には、キャプテンの大任が待っていた。
白い鯨になる前の船で、その任を任せられてから…。
(前のあいつが、いなくなった後も……)
ずっと、あの船のキャプテンだった。
死の星だった地球に着くまで、その地の底で命尽きるまで。
前のブルーが望んだ通りに、シャングリラを地球まで運んで行って。
(……あの頃の俺は、生ける屍ってヤツで……)
話題が尽きるとか尽きないだとか、そういう以前に…。
(……話し相手がいなかったんだ……)
船に仲間は大勢いたって、誰にも言えない、ブルーとのこと。
喪ったものはソルジャーではなく、自分の恋人だったこと。
(…だから、一人きりで…)
青の間に行っては、前のブルーを想って泣いた。
もういない人に、心で語り掛けて。
けして返りはしない声を待って、かの人の面影を慕い続けて。
(先客でレインがいてくれても、だ…)
ブルーの思い出話は出来ても、たったそれだけ。
どんなにブルーを愛していたかは、レインにだって明かせないから。
ブルーとのことは、全て終わるまで、誰にも話せないのだから。
(話し相手がいないってことは、話題も無いんだ…)
たまに冗談を飛ばすことはあっても、皆の緊張を解くための手段。
普段の会話も、船での暮らしを円滑に…。
(…運ぶためのもので、話題ってヤツは……)
考えなければ出て来なかった。
「このタイミングなら、何がいいか」と、頭の中で。
キャプテンとしての会話でなくても、やはり何処かで計算していた。
前のブルーを失くした痛みを、誰にも気付かれないように。
「いつも通りのハーレイ」の姿を、皆の前で演じ続けるために。
そうやって「尽きてしまっていた」のが、前の自分の中にあった話題。
考えなければ出て来ないものは、枯渇しているようなもの。
それが今では、前のブルーがいた時のように…。
(本当に、次から次へと、だ…)
湧いて出て来るものなんだよな、と感慨深い。
前のブルーとは、青の間でも様々なことを話した。
いつか青い地球に着いた時には、あれをしようと、これもしようと。
(その手の夢の話だけでも…)
ブルーとの話題は尽きなかったし、其処から広がってもいった。
たとえ一瞬、重い沈黙が降りたとしても…。
(…それで、あいつが泣いちまっても…)
慰める間に、いつの間にやら、次の話題が生まれていた。
前のブルーの寿命の残りが、もう少ないと分かってからも。
青い地球まで行けはしないで、命尽きることを宣告された後にも。
(……俺は、あいつを追って行くって……)
前のブルーに誓いを立てて、それについても交わした話。
後継者にシドを選んだことやら、死ぬための薬を用意していることやら。
(…何もかも、パアになっちまったが…)
前のブルーをメギドで失くして、全ては計画倒れになった。
ブルーが遺した言葉を守って、地球へ行くしかなかったから。
話題さえ生まれて来ない生でも、生きてゆくしかなくなったから。
(そうなっちまった筈なんだがなあ…)
今じゃ話題が山ほどあるぞ、と指を折ってみて、早々にやめた。
チビのブルーとでも尽きない話題は、この先だって、きっと尽きない。
ブルーが大きく育った時には、結婚して一緒に暮らすけれども…。
(話題が尽きても、一瞬だけで…)
次の話題が直ぐに出るんだ、と傾けるコーヒーのカップ。
愛おしい人と共に生きる時間に、話題が尽きることなどは無い。
「話題が尽きてしまった人生」は、前の自分が生きたから。
あんな辛くて悲しい思いは、今の生では、けしてしないで済むのだから…。
話題が尽きても・了
※ブルー君と話す時には、尽きることが無い話題というもの。ほんの僅かな時間にだって。
けれど前の生で、辛い思いをしたハーレイ先生。話題が尽きない今度の生は幸せですv
- <<話題が尽きちゃっても
- | HOME |
- 勇気が必要>>