「ねえ、ハーレイ。感謝の気持ちって、大切だよね?」
人間が生きてゆく上で…、と小さなブルーが言い出したこと。
二人で過ごす休日の午後に、テーブルを挟んで。
向かい合わせで、紅茶のカップを傾けながら。
「ほほう…? 珍しい話題だな」
お前にしては、とハーレイは笑む。
こういった時にブルーが持ち出す話題は、難しくないもの。
人生の話をするにしたって、将来の夢とか、希望だとか。
生きてゆく上で欠かせないものだったら、食事くらいだろう。
いつか二人で暮らし始めたら、是非とも食べたい料理や食材。
なのに、「感謝」と口にしたブルー。
まるで遥かな時の彼方で、前のブルーが言ったかのように。
(どう見ても、いつものブルーなんだが…)
珍しいこともあるもんだ、とハーレイは思う。
どんな心境の変化だろうか、「感謝の気持ち」の話だとは。
それは大事なものだけれども、別に無くても困らない。
人間としては問題とはいえ、生きるのに支障は全く無いもの。
「恩知らずだ」と思われるだけで、その責任は本人が負う。
同じ何かを頼むにしたって、頼まれた方は…。
(恩知らずなヤツを手伝うよりかは、感謝してくれる方…)
そっちを助けてやりたいものだ、と考えるのが普通だろう。
だから「恩知らず」だと言われる者は損をする。
仕事を手伝って貰えないとか、集まりに誘われないだとか。
けれど、そのせいで死んだりはしない。
食べるのに困るわけでもないから、本人が良ければ別にいい。
感謝の気持ちを持たなくても。
誰かに感謝をするということを、しないで生きる人生でも。
前のブルーが生きた人生、それは感謝の日々だったろう。
生きていられることを神に感謝し、仲間たちにも感謝の心。
ミュウの仲間を乗せた箱舟、シャングリラで共に暮らした者。
彼らの働きに感謝し続け、労い続けたソルジャー・ブルー。
(…誰が欠けても、あの船じゃ、大きな損失で…)
風邪で休んだだけのことでも、上手く回らないことが山ほど。
その船の頂点に立ったブルーは、皆の重みを知っていた。
未来への道を開くためには、感謝の気持ちを忘れないことも。
(……本当に、あいつらしかったんだ……)
どんなことにも礼を言っていたな、と思い出す。
公園で子供たちから貰った、小さな花冠に対してさえも。
「えっと…。ハーレイ?」
どうしちゃったの、とブルーが首を傾げる。
「ぼく、間違ったことを言っちゃった?」と。
「いや…。お前が言ったことは正しい」
実に正しい、と腕組みをして大きく頷いた。
感謝の気持ちを忘れないことは、とても大事なことだから。
そうしたら…。
「やっぱりそうでしょ? だからね、ぼくもハーレイに感謝」
こうして家に来てくれたりして、感謝してる、という言葉。
輝くような笑みを浮かべて、それは嬉しそうに。
「感謝の気持ちを伝えたいから、キスしてもいい?」と。
「馬鹿野郎!」
それとこれとは別問題だ、と叱り付けながら、零れた溜息。
「前のブルーと重ねた俺が、馬鹿だった」と。
「こいつは、こういうヤツだったよな」と、顔を顰めて…。
感謝の気持ち・了