(ハーレイ、何をしているのかな…)
今頃は家でどうしてるかな、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は寄ってはくれなかったハーレイ。
とはいえ、学校では会えた。
挨拶出来たし、廊下で暫く立ち話だって。
(だから、会えてないわけじゃないけど…)
帰りに寄ってくれるかも、と待っていたから、少し寂しい。
「もしかしたら」と、もう来ないのが確実になるまで、何度も時計を眺めたりして。
ハーレイはきっと学校で会議か、柔道部の指導で遅くなったか。
どちらかだろうと分かってはいても、「来て欲しかったな」と零れる溜息。
ほんの他愛ないことであっても、会って話が出来たら良かった。
両親も一緒に食べる夕食、その時間だって。
(…他の先生と食事に行っちゃったとか…?)
そういう可能性もある。
同僚の教師に誘われたならば、行かねばならない時も沢山。
(そっちの方だと、まだ食べてるかな?)
遅い時間まで開けている店で、他の先生たちと賑やかに。
それとも食事の時間は終わって、お酒がメインの店に移って…。
(みんなでワイワイ…)
やってるのかも、と考えもする。
そういった店に出掛ける時には、ハーレイは「飲まない」らしいけれども。
酒を飲んだら、運転できないハーレイの愛車。
学校に置いて出掛ける代わりに、他の先生たちを乗せてゆく。
そして一滴も酒を飲まずに、帰りもやっぱり運転手。
ハーレイの家から遠い人の順に、家へと送り届ける係。
(お酒を飲むのが終わったんなら…)
もう運転しているだろう。
前のハーレイのマントの色と、そっくり同じな濃い緑色をしている車を。
どうなのかな、と眺める窓の方。
もうカーテンは閉まっているから、外は見えない。
ついでに、サイオンの目を凝らそうとしても…。
(……なんにも見えない……)
今のぼくには無理なんだよ、と悲しい気持ち。
前と同じに最強の筈の、サイオンタイプ。
人に言ったら羨ましがられる、青いサイオン・カラーの持ち主。
(……だけど、その色……)
見たいと言われても、どう頑張っても見せられない。
「タイプ・ブルー」は名前ばかりで、中身を全く伴わないから。
ほんの子供でも使える思念波、それさえも、ろくに紡げはしない。
あまりにも自分が不器用すぎて。
母でさえも、子育てで音を上げたほどに。
(…赤ちゃんのぼくが、泣いていたって…)
どうして激しく泣いているのか、母には掴めはしなかった。
普通の子ならば、漠然と伝わってくる思念。
「お腹が空いた」だとか、「もう眠い」だとか。
それさえ何も零れてこなくて、まるでお手上げだったという。
(今なら、ぼくの心の中身は、零れ放題なんだけど…)
赤ん坊の思考は、完成されてはいないもの。
だから零れても意味が無かった。
思念波と思考は、少しばかり違うものだから。
赤ん坊が「これが欲しい」と訴える手段は、まだ弱々しい思念波だから。
(……うーん……)
本当に駄目になっちゃった、と自分でも情けないサイオン。
前の自分なら、自由自在に使いこなせていたというのに。
今、ハーレイが何処にいようが、一瞬で…。
(場所を掴んで、何をしてるかも直ぐに分かって…)
きっと満足したことだろう。
他の先生たちと食事していても、「楽しそうだよね」と微笑んで。
いつか自分が大きくなったら、一緒に食事に行こうと夢見て。
(…それさえ、分からないんだよ…)
ハーレイが家で過ごしているのか、外にいるのかも。
家にいるなら、この時間なら書斎だろうか。
(晩御飯の後には、書斎でコーヒー…)
それが好きだと聞いている。
今夜も、そちらの方かもしれない。
(そっちだったら、前のぼくなら…)
思念を飛ばして、あれこれ話が出来ただろう。
今の自分には、逆立ちしたって無理なのだけれど。
(……それに、思念波……)
普段の暮らしでは使わないのが、今の時代のマナーの一つ。
サイオンも同じ。
おまけに、通信機というものがあっても…。
(…夜遅い時間に連絡するのは…)
やっぱり社会のマナーに反する。
他所の家に通信を入れるのだったら、早すぎも遅すぎもしない時間に。
急ぎの用なら、それ以外でも許されるけれど。
(……ずっと昔は……)
人間が辛うじて月まで行けた程度の頃には、違ったという。
誰もが、いつでも、持ち歩いていた小さな通信機。
それを使って二十四時間、何処の誰とでも連絡が取れた。
地球の上なら、それこそ裏側にいる人とでも。
時差などはまるで気にすることなく、飛び交ったという数多の通信。
(…それがあったら…)
今、ハーレイに連絡をしたら、直ぐに返事が返るのだろう。
「何処にいるの?」と訊いたら、「家だ」とか、「店にいるぞ」だとか。
そして食事をしているのならば、料理の写真も届いた筈。
「もう半分ほど食っちまったが…」だとか、「美味いんだぞ」とか。
(……その通信機……)
とても欲しいと思うけれども、二度と作られることはない。
人間がそれを作った結果が、地球の滅びに繋がったから。
いつでも何処でも繋がる世界は、文明を発展させた挙句に、地球を殺した。
その上、便利だった機械は…。
(……地球の地下に作られた、グランド・マザーと……)
宇宙に広がるマザー・ネットワーク、それへと転用されてしまった。
人間が便利に使うものから、人間を支配するものへと。
出産さえも機械が支配し、コントロールしたSD体制の時代。
その恐ろしさを経験したのが、ミュウという種族。
SD体制の中で行われた、壮大な実験に耐えて生き残った新人類。
「過ちは、二度と繰り返すまい」と、幾つもの禁止事項が生まれた。
地球が燃え上がって、SD体制が崩れ去った後に。
気が遠くなるほど長い時を経て、青い水の星が蘇るまでに。
前の自分が生きた時代は、SD体制の末期に当たる。
(……今の世界の始まりの、大英雄……)
そう呼ばれるのがソルジャー・ブルー。
偉大な初代のミュウたちの長。
(ソルジャー・ブルーは、ぼくなんだから…)
命を懸けてSD体制と戦い続けて、最後はメギドを沈めて死んだ。
ミュウの未来を、白いシャングリラを守るためにと。
ハーレイとの絆が切れてしまったと、泣きじゃくりながら。
温もりを失くして凍えた右手を、最期まで嘆き悲しみながら。
(…そのぼくが、禁止されてる機械を…)
欲しがったりしては駄目だろう。
いくらハーレイと話がしたくて、今の様子を知りたくても。
どんなに便利な機械だろうと、それは昔に悲劇を招いた物なのだから。
(…生まれ変わったのが、今の時代じゃなくって…)
昔だったなら、良かっただろうか。
そういう機械が何処にでもあって、地球が滅びてはいなかった時代。
滅びに向かっていたと言っても、まだまだ余裕があった時代に。
(…それなら、ハーレイに連絡するのも…)
簡単だろうし、同じに青い地球の上でもある。
今よりも、自然が少なくても。
一度滅びた後の地球の方が、ずっと緑が多いとしても。
(……生まれ変わるのは、未来でないと駄目なのかな?)
昔に行くのは無理なのかな、と考えてみる。
時間旅行は出来ないけれども、生まれ変わりは神の管轄だから…。
(昔にだって、行けるのかもね?)
ハーレイと二人で、時を飛び越えて。
今よりもずっと遠い昔に、人類が地球しか知らなかった頃へと。
(生まれ変わるのが、昔だったなら……)
何処がいいかな、と傾げた首。
二十四時間、繋がっていられる機械のある時代も良さそうだけれど…。
(もっと昔の方がいいかな?)
豊かな自然が溢れた地球。
自動車さえも無いような昔。
(……自転車も無くて、車と言ったら……)
牛車だった時代が素敵だろうか。
今のハーレイが授業で教える、古典の世界。
(…合戦なんかは怖いから…)
日本が一番平和だったという、平安時代がいいかもしれない。
戦いが皆無だったわけではなくても、僻地の方で起こっていただけ。
(その頃の、都……)
其処に生まれて、ハーレイと出会う。
聖痕は時代にそぐわないから、他の何かが切っ掛けになって。
(不自由なく暮らすなら、貴族なんだけど…)
立派な御殿もいいのだけれども、鄙びた田舎暮らしもいい。
生きてゆくのに困らないなら、とても小さな家だって。
(ハーレイなら、きっと、村一番の働き者で…)
ひ弱なチビの子供の恋人のことも、大切にしてくれるだろう。
自分の畑で採れた野菜を「美味いんだぞ」と届けてくれて。
あの時代ならば貴重な米さえ、食べさせてくれるかもしれない。
「正月くらいは餅もいいだろ?」と。
風邪で寝込んでしまった時には、薬草を採って来たりもして。
(うん、いいかも…)
今の時代も素晴らしいけれど、遥かな昔の地球だって、いい。
ハーレイと生きてゆけるのならば。
たとえ貧しい暮らしであっても、二人、一緒にいられるのなら。
(…だけど、サイオンだけは欲しいな…)
長い時間を共に生きられる、長い寿命と、年を取らない身体は欲しい。
他には何も要らないから。
ハーレイが側にいてくれるならば、欲しいものなど、何も無いから。
(それくらい昔だったなら…)
通信機さえも無いのだけれども、きっと幸せに生きられるだろう。
愛おしい人と一緒だから。
前の生で最後まで焦がれ続けた、青い水の星の上なのだから…。
昔だったなら・了
※ハーレイ先生と生まれ変わった先が、今よりも昔だったなら、と考え始めたブルー君。
田舎で貧しい暮らしであっても、ハーレイ先生がいれば幸せなのです。それと長い寿命v