「…ぼく、馬鹿だった方が良かったかも…」
「はあ?」
どうしたんだ、とハーレイが思わず見開いた瞳。
ブルーと過ごす休日の午後に、テーブルを挟んで座りながら。
お茶の時間の真っ最中で、二人で楽しく話していた筈。
そこへいきなり「馬鹿だった方が…」と言い出したブルー。
本当に何の前触れもなくて、突然、話をぶった切って。
「…だから、馬鹿だった方が良かったかな、って…」
成績だって、うんと悪くて…、とブルーがフウとついた溜息。
「いい頭なんて、意味が無さそうだから」と。
「おいおいおい…」
なんでそうなる、と慌てたハーレイ。
小さなブルーは成績優秀、今の学年では、当然、トップ。
具合の悪い時でもなければ、テストは満点ばかりなのだから。
(…なんだって馬鹿の方がいいんだ?)
分からんぞ、と湧き上がる疑問。
今の小さなブルーはもちろん、前のブルーも良かった頭。
そうでなければ、ソルジャーなどは務まらない。
場合によってはキャプテン以上に、瞬時に下すべき判断。
一つ計算が狂ってしまえば、シャングリラが沈みかねないから。
常に最善の道を選んで、そちらへと皆を導く立場。
(…まあ、実際には、そこまでのことは…)
それほど多くは無かったけれども、前のブルーは優秀だった。
地球の男が逃げた時にも、ただ一人きりで対峙したほどに。
長い眠りから覚めたばかりの、まだ満足には動けない身体で。
(…今のこいつも、忘れてはいない筈なんだがな…)
前のブルーが取った行動。
それらの判断を下すためには、優れた頭脳が必要なことも。
なのに小さなブルーは「馬鹿」だった方が良かったらしい。
実際は「馬鹿ではない」ものだから、「そっちが良かった」と。
「お前なあ…。どうして馬鹿の方がいいと思うんだ?」
俺にはサッパリ分からんのだが、と投げ掛けた問い。
ブルーが馬鹿になりたい理由が、まるで全く分からないから。
そうしたら…。
「あのね…。馬鹿だったら、何も悩まないでしょ?」
今と違って…、と答えたブルー。
なまじ頭が良すぎるばかりに、悩み事が増えてゆくのだと。
「悩みって…。どうも穏やかじゃないな」
俺で良ければ相談に乗るが…、と小さなブルーの瞳を見詰めた。
ブルーが悩んでいると言うなら、相談に乗ってやらなければ。
前の生から愛した人だし、今の生でも愛している。
もちろん恋を抜きにしたって、教師としては大切な務め。
教え子が悩みを抱えているなら、きちんとそれに向き合うべき。
子供の手には余るものなら、大人ならではの助言を与えて。
「ハーレイ、相談に乗ってくれるの?」
赤い瞳が輝いた。
「もちろんだとも。お前の悩みというのは、何だ?」
「えっとね…。前のぼくも、今のぼくも、ハーレイが好きで…」
おんなじように、とブルーが曇らせる顔。
そうなるのは頭が良すぎるからで、馬鹿ならきっと悩まないと。
恋など理解できない筈だし、単純に「好き」なだけだろう、と。
「ほほう…。そのせいで、馬鹿の方がいいのか?」
「うん。ハーレイも、そっちの方がいいでしょ?」
今みたいに困らないもんね、というブルーの言葉で気が付いた。
これは罠だと、「賢い方がいい」と言おうものなら思う壺だと。
「その手に乗ると思うのか? 俺は賢いお前がいいな」
素晴らしい頭で悩み続けろ、とニヤリと笑う。
「俺は子供にキスはしない」と、賢いならば分かる筈だ、と…。
馬鹿だった方が・了
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