(時間旅行かあ…)
そういうモノもあるらしいよね、と小さなブルーの頭に浮かんだこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(タイムマシンが有名だけど…)
小説の世界ではお馴染みだけれど、生憎と、まだ出来てはいない。
地球が滅びてしまう前から、人間は夢を見ていたのに。
自由自在に時を飛べたらと、本の世界や、映画なんかで。
(だけど、一応…)
時間旅行をしたと言われる人物は、存在していたらしい。
それが本当かどうかはともかく、タイムトラベラーだと名高かった人。
(サンジェルマン伯爵…)
十八世紀のヨーロッパ社交界で活躍した人物。
社交界で名を上げた頃には、もう七十歳近かった彼。
ところが見た目は、四十代でしかなかったという。
そんな昔は、人が老けるのは、今よりもずっと早かったのに。
六十代なら立派な老人、四十代に見える筈もないのに。
(その上、それから何年経っても…)
伯爵は年を取らなかった。
久しぶりに再会した人たちが、「変わっていない」と驚いたほどに。
まるで伯爵の上でだけ、時間が止まっているかのように。
(…不老不死だ、って…)
そういう噂が流れたくらいに、不思議な現象。
老けない人など、有り得ないから。
人間が全てミュウになった今なら当たり前でも、十八世紀には無理だから。
(それだけじゃなくて…)
サンジェルマン伯爵は、途方もない量の知識を持っていた。
何千年も生きてきた人であるかのように。
遥かな過去の時代の話を、その目で見たかのように語って。
(シバの女王とか、ソロモン王とか…)
伝説に等しい王たちと親しく、アレクサンダー大王とも杯を交わした彼。
十字軍にも出掛けたというし、カナの婚礼にも出席した。
(社交界で活躍してから、ずっと後になって…)
それこそ何十年と月日が流れ去った後に、サンジェルマン伯爵に出会った人たちがいる。
寿命が短かった時代に、百歳は越えているだろう彼に。
けれども伯爵は全く変わらず、四十代にしか見えないまま。
伯爵と再会した人の方は、もう老人になっていたのに。
すっかりと老いて顔には皺が刻まれ、髪の毛は白くなっていたのに。
(…伯爵は、タイムトラベラー…)
サンジェルマン伯爵を知っていた人は、そうは考えなかったけれど。
十八世紀に生きた人には、時間旅行の概念など無い。
だから伯爵が語った通りに、「不老不死だ」と思い込んだ。
錬金術で不死の薬を手に入れ、それを飲んで生きているのだと。
ソロモン王の時代よりも遠い昔に生まれて、何千年も世界を見て来たのだと。
(年を取らないのも、不老不死だから…)
それできちんと説明がつく。
人々は伯爵の正体を錬金術師と考え、不老不死だと信じたけれど…。
(もっと時代が後になったら…)
時間旅行というアイデアが生まれ、小説などが登場した。
そうなってくると、サンジェルマン伯爵の記録が脚光を浴びる。
「本当は、タイムトラベラーだったのでは」と、大勢の人に注目されて。
伯爵がタイムトラベラーなら、沢山の謎が解けるから。
錬金術など使わなくても、何千年も生きていなくてもいい。
四十代のサンジェルマン伯爵は、タイムマシンを好きに使うだけ。
「今度は、あそこへ行ってみよう」と、シバの女王の所まで。
アレクサンダー大王に会いに行くのも簡単、十字軍に参加するのも自由。
彼の好奇心が趣くままに。
思い付いた時にタイムマシンを使って、軽々と時を飛び越えていって。
十八世紀のヨーロッパは、きっと、「お気に入りの時代」だったのだろう。
拠点を定めて暮らしてゆくには、とても楽しくて活気があって。
(お屋敷を持って、社交界に出て…)
気に入った人たちに、時間旅行の体験談を披露した。
「ほら話」にしては出来すぎているから、誰もが喜んで聞き入ってくれる。
何千年も生きているのだと言ったって。
自分の生まれは遥かな昔で、広い世界を旅して来たと語っても。
(…本当は、どうだったんだろう…?)
今も分からない、サンジェルマン伯爵の正体のこと。
タイムマシンは出来ていなくて、「サンジェルマン伯爵」も出来ようがない。
「我こそは」と勇み立つ人がいたって、肝心のマシンが無いのでは。
瞬間移動が可能なミュウでも、時間跳躍は出来ないから。
(今でも、謎だよ…)
ルーマニア王家の関係者なのだ、と話していたサンジェルマン伯爵のことは。
伯爵がそう語った時代に、ルーマニアに「その名の王家」は無かった。
後に王家は、本当に出現するのだけれど。
彼らの子孫も、後世まで生きていたのだけれど…。
(……SD体制に入っちゃったら……)
人間は誰の子孫でもなく、同時に誰の子孫でもあった。
機械が統治していた時代は、そういう時代だったから。
人工子宮から生まれた子供に、実の親などいる筈もない。
養父母が育て、精子と卵子の提供者が誰かも分からない世界。
「ルーマニア王家の関係者」などは、もういなかった。
広い宇宙の何処を探しても。
育英都市にも、首都惑星にも、あちこちに散らばる星を探しても。
(…やっぱり、作り話なのかな?)
タイムマシンも無いままなんだし…、と思うけれども、ふと気が付いた。
本物の「ルーマニア王家の関係者」である必要など、何処にも全く無いと。
どうせ十八世紀に生きた人には、事実かどうかは意味が無い。
確かめようがないことなのだし、当時は「ほら」だと思われたこと。
不老不死の伯爵が、周りを煙に巻こうとして語った「ほら話」。
(それなら、誰がサンジェルマン伯爵でもかまわないよね?)
タイムマシンを持ってさえいれば。
十八世紀まで時を旅して、その時代に拠点を定めさえすれば。
(…その気になったら、ぼくだって…!)
なれちゃうんだよ、と思った時代の寵児。
ソロモン王やシバの女王の宮廷に出掛けて、アレクサンダー大王とも宴。
カナの結婚式に出席してみたり、十字軍にも加わってみたり。
(うん、最高…!)
十八世紀の人たちの前では、「ルーマニア王家の関係者」だと名乗ればいい。
「サンジェルマン伯爵」という名前で、屋敷を借りて。
社交界にもツテを作って、楽しく遊び暮らしていったらいい。
合間には、時間旅行をして。
自分の行きたい時代へと飛んで、様々なことを見聞して。
(……ちょっぴり、年が違うんだけど……)
四十代じゃないんだけどね、と其処が難点。
その外見に見せかけるのなら、特殊メイクが必要だろう。
(それから、チビ…)
十四歳の子供の背丈は、社交界に出るには足りなさすぎる。
前の自分の背丈だったら、きっと充分だっただろうに。
(…髪の毛の色と、目の色も…)
サイオニック・ドリームで、どうとでもなった。
不器用な今の自分と違って、伝説のタイプ・ブルーだから。
最強のミュウで、特殊メイクが無くても、四十代の姿になれそうだから。
なかなか上手くいかないよね、と零れた溜息。
今の自分はどう頑張っても、特殊メイクが必要だろう。
タイムマシンを手に入れる頃には、ちゃんと背丈が伸びていたって。
髪と瞳の色も、見た目の年も、サンジェルマン伯爵からは程遠いから。
(…前のぼくなら、簡単なのにな…)
ちょっと残念、と肩を落として、其処で引き戻された現実。
正確に言うなら、タイムマシンを手に入れた時に、どうするべきか。
(……時を飛べたなら、サンジェルマン伯爵になるよりも……)
もっと大切な、「するべきこと」。
十八世紀の社交界で楽しく遊んでいるより、SD体制の時代へ出掛けて…。
(…ミュウの歴史を変えなくちゃ…)
ミュウを排除するシステム自体は変えられなくても、一人でも多く、生きられるよう。
まずはアルタミラの虐殺を止める所から。
(……メギドが狙いを定める前に……)
アルタミラに降りて、閉じ込められていたミュウたちを逃がす。
牢獄だったシェルターを開けて、自由の身にしてやることが出来たら…。
(宙港には船が沢山あったし、全員、それに乗り込んで…)
宇宙へと逃げて、そこから始まる新しい歴史。
大勢のミュウが宇宙に船出したなら、その先も変わることだろう。
「シャングリラ」という船は誕生しないで、ミュウの艦隊が出来るだろうか。
何隻もで宇宙を旅する仲間に、「ソルジャー」は必要ないかもしれない。
全ては会議で決めてゆくことで、リーダーだって…。
(任期があって交代するとか、そんなのかもね?)
前の自分は「まだ子供だから」と出番は来ないで、ハーレイも厨房の係のまま。
そうやって長く旅を続けて、大勢のミュウを救い続けて…。
(ナスカの悲劇も起こらないまま、いつか地球まで…)
ミュウたちは辿り着くかもしれない。
タイムマシンで時間を旅して、上手く歴史を変えていったら。
社交界には出られなくても、誰も気付いてくれなくても。
(そうやって、歴史を変えちゃっても…)
ハーレイとは、きっと出会えるよね、と浮かべた笑み。
大英雄になる「ソルジャー・ブルー」は、ついに歴史に現れなくても。
名高い「キャプテン・ハーレイ」だって、現れないままになったとしても。
(……ぼくとハーレイだったら、きっと……)
出会えて、今の時代も一緒、と心がじんわり温かくなる。
名も無いミュウでも、たとえヒトではなかったとしても、二人の絆は変わらないから。
どれほどの時が流れようとも、離れずに、いつも一緒なのだと思えるから…。
時を飛べたなら・了
※タイムマシンがあったらいいな、とブルー君が描いた夢。サンジェルマン伯爵の世界。
けれど、本当にタイムマシンを手に入れたなら…。社交界より、ミュウの歴史なのですv