(タイムスリップなあ…)
そういう現象があるらしいよな、とハーレイの頭を掠めたこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
タイムスリップ、時間をヒョイと飛び越えること。
遠い昔から、ヒトが憧れた時間旅行。
自由自在に時を越えるには、タイムマシンが欠かせないもの。
それは未だに出来ていなくて、時間旅行は今でも「夢」。
時間旅行は無理だけれども、タイムスリップらしき現象は何度か起こっている。
今までのヒトの歴史というものの中で、「それであろう」と言われるものが。
(……昔から有名な所だと……)
フランス革命で処刑された王妃、名高いマリー・アントワネット。
彼女がギロチンの露と消えてから、長い歳月が流れた後に…。
(…ベルサイユ宮殿の庭を散歩していて、マリー・アントワネットらしき人物に…)
出会ったという女性がいた。
侍女たちを連れて歩みを進める、昔風のドレスを纏った王妃を見た女性。
もちろん彼女は「今の出来事だ」と考えた。
誰かがそういう格好をして、ベルサイユを散歩しているのだと。
ところが王妃は瞬く間に消え、見回しても、何処にも無かった姿。
ついさっき「其処を歩いていた」のに、誰かと見間違える筈も無いのに。
(時代がかったドレスでなければ、紛れちまうこともあるんだろうが…)
そうではないから、「目撃者」の話はアッと言う間に広がった。
友人知人に、更に知り合い、人から人へと。
そうして導き出された一つの結論が「タイムスリップ」。
目撃者の女性に聞けば聞くほど、何もかもが「王妃がいた時代」だったものだから。
王妃と侍女のドレスだけではなくて、その時の庭の佇まいも。
ベルサイユを散歩していた女性は、何かのはずみで時の流れを飛び越えた。
マリー・アントワネットが「いた」時代まで。
自分でも全く気付かない内に、ほんの短い間だけ、時間旅行をして。
今も出来ていないタイムマシン。
ヒトの憧れの時間旅行。
(…時間旅行は、今でも無理なモンだから…)
それを題材にした本などが人気を集めもする。
行ってみたい時代へ旅をする人や、タイムスリップしてしまう人が主人公。
(ちょっと捻った所だと…)
タイムリープも、昔からよく扱われる。
時間旅行ではなくて時間跳躍、タイムマシンは無しで時間を飛び越えるもの。
ちょっとした切っ掛けで時を越えるとか、専用のアイテムがあるだとか。
(…そうやって、時を越えてった先で…)
主人公が出会う歴史の一コマ、それを書き換えたりもする。
死ぬ筈だった人を救い出したり、負け戦を勝ち戦に変えてしまったり。
(過去に行ったら、自分の時代じゃ歴史の授業で教わることが…)
これから起こる出来事なのだし、知識さえあれば変えられる流れ。
窮地に陥りそうな人には、「そうしては駄目だ」と別のルートを示して。
大きな戦で負けるというなら、敗因を先に取り除いて。
(一度で全部やり切れないなら、少しずつ…)
タイムリープを繰り返しながら、過去の出来事を修正する。
頑なに考えを変えない人でも、少しずつなら譲歩したりもする。
「それなら右へ行ってみようか」とか、「右へ行くのも悪くないかも」だとか。
右へ曲がって直進したなら、同じように破滅するのだとしても…。
(そうなった歴史の過去へ戻って、右折の次は左折したなら…)
ほんの少しだけ、変わる状況。
左折した次に直進しないで迂回したなら、免れる破滅。
(歴史がそっちへ進むようにと、タイムリープを繰り返して…)
右折の次は左折、次は直進しないで迂回。
その結果、歴史は大きく変わって、死ぬ筈の人が生き残る。
たった一人の人のお蔭で。
せっせと時間を飛び越え続けて、努力を重ねた人の力で。
(夢物語ってヤツなんだがな…)
今の所は、と考える人の技術の限界。
タイムマシンは出来ていないし、タイムリープ用のアイテムも無い。
人間が全てミュウの今なら、サイオンの力で時間を飛び越えられそうなのに。
瞬間移動が当たり前になってしまったみたいに、タイプ・ブルーの中の誰かが…。
(タイムリープを可能にしたって、かまわないように思うんだがなあ…)
空間を瞬時に飛び越えてゆくか、時間を越えてゆくかの違い。
たったそれだけ、サイオンのベクトルを時間の方に振り向けたなら…。
(一瞬の内に、望む時代へ…)
飛んでゆけそうな気がするというのに、一人もいない時間旅行者。
夢見る人は多いけれども、やっぱり今でも夢物語。
タイムリープをする人の話は、読み物として人気を博していても。
「自分もタイムリープをしたい」と、夢を描く人が大勢いても。
(…俺には、夢の夢ってヤツで…)
どう考えても無理なんだよな、と零れる苦笑。
残念なことに、タイプ・ブルーではないものだから。
青い地球の上に生まれ変わっても、前と同じにタイプ・グリーン。
いくらサイオンを持っていたって、瞬間移動さえ難しい。
(…タイプ・グリーンが、瞬間移動をしたって話は…)
今の時代でも珍しいケース。
前の自分が生きた時代は、たった一つしか無かった例。
しかも目撃者は、ミュウの中には「いなかった」。
瞬間移動をやってのけたのは、人類の中にいたミュウだったから。
キース・アニアンの側近になった、マツカがキースを抱えて飛んだ。
前のブルーが、自分の命を捨ててまで…。
(沈めたメギドから、キースの野郎を…)
マツカは救って、旗艦まで飛んで行ったという。
タイプ・グリーンのミュウだったのに。
瞬間移動などしたことも無くて、初めての挑戦だったのに。
あの時、マツカが「飛ばなかったら」、歴史は変わっていただろう。
キースはメギドで死んでしまって、人類軍は指揮官を失くす。
もっとも、あそこでキースが戻らず終いでも…。
(エンデュミオンの指揮は、スタージョン中尉が任されていたんだし…)
旗艦も艦隊も無事に宙域を離れ、ソレイドに戻ったことだろう。
「残党狩り」を命じたキースはいないし、グレイブが率いる艦隊と共に。
(ジルベスター星域での演習だと言ってたらしいしな?)
人類軍の公式発表では、そういうことだった。
メギドまで持ち出したミュウの殲滅作戦、その存在は伏せられていた。
だからキースが戻らなくても、人類たちは気付きはしない。
自分たちが「誰を」失ったのか。
ミュウの反撃が開始されても、シャングリラがノアに迫って来ても。
聖地の地球にまで、ミュウの艦隊が降下してゆこうとも。
(右往左往するだけで、アッと言う間に…)
人類はミュウに敗れただろう。
機械が無から作った指導者、キース・アニアンが「いなかった」なら。
ミュウのマツカの瞬間移動が、失敗に終わっていたならば。
(…そうなると、だ…)
俺が夢物語を描くなら…、と思案してみる。
もしも自分が時を飛べたら、何処を目指して飛べばいいのかと。
ミュウの未来を楽に切り開くのなら、まずは「キースを消す」ことだろう。
E-1077へと飛んで、まだ水槽の中のキースを…。
(…コントロールユニットを、ちょいと弄って…)
水槽の中で窒息させればいい。
「キース」が死ねば、「代わりのモノ」が用意されるのだろうけれども…。
(それも端から窒息させれば済むことだよな?)
ヤツさえいなければ済むんだから、と考えたものの、少し心許ない。
何人ものキースを処分するより、完成品を消した方が確実。
(とはいえ、あいつはメンバーズで…)
戦闘技術に長けているから、そう簡単には殺せないだろう。
殺すチャンスがあるとするなら、ナスカで彼を捕虜にした後。
(トォニィは失敗しちまったんだが、俺なら出来る)
キースを押し込めたドームの中へと、毒ガスを注入してやればいい。
酸素の供給を断ってしまって、じわじわと窒息させてもいい。
(歴史の転換点で言ったら、マツカを消せば解決なんだが…)
それでキースは逃げ場を失うわけなんだが…、と思うけれども、その方法は使えない。
ナスカが燃えてしまった後では、大勢のミュウの犠牲が出るから。
何よりもメギドを沈めたブルーを、愛おしい人を救えないから。
(時を飛べたら、歴史を変えられるんだがなあ…)
変えるポイントが難しいよな、と傾けるカップ。
「だから未だに、その能力は誰も持たんのかもな」と考えながら。
誰もがサイオンを持つ時代でも、時を越えられるミュウはいないから。
時間旅行は今も夢物語で、時の流れを司る神しか、歴史を紡いでゆけないから…。
時を飛べたら・了
※今の時代でも出来ていないのが、タイムマシン。未だに不可能なタイムリープ。
夢物語に思いを馳せたハーレイですけど、歴史を変えるのは、時を越えても難しそうですv