(ホントに分からず屋なんだから…!)
それにドケチ、と小さなブルーがついた悪態。
ハーレイと過ごした休日の夜に、一人きりの部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイが午前中から来てくれた。
この部屋で二人、テーブルを挟んで向かい合わせ。
お茶を飲むのも昼食もずっと、ハーレイと一緒だった。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
幸せ一杯の休日だけれど、今日はイラッとさせられた。
ハーレイのことは好きだけれども、許せないことは「ある」ものだから。
(ちっとも、ぼくにキスしてくれない…!)
どんなに強請っても、誘っても。
あの手この手で頼み込んでも、どう頑張っても。
そう、今日だって「そう」だった。
「ねえ、キスしたいと思わない?」と投げ掛けた問い。
「今だったら、ママも来ないものね」と、ちゃんと状況を確かめた上で。
それなのに、つれなかった恋人。
「俺は子供にキスはしない」と、お決まりの台詞。
おまけに頭も小突かれた。
痛くないよう、軽めに拳を落とされて。
「キスは駄目だ」と、鳶色の瞳で睨まれもして。
いつも、いつだって「こうなる」けれども、こうして腹が立つ夜もある。
チビの子供には違いなくても、恋人なのに。
遠く遥かな時の彼方では、何度もキスを交わしたのに。
青い地球の上に生まれ変わって、また会うことが出来たハーレイ。
失くした筈の身体を貰って、前とそっくり同じ姿で。
(でも、そっくりなのは…)
今の時点では、ハーレイだけ。
自分の方は残念なことに、前とそっくり同じ姿でも…。
(…チビだった頃の姿なんだよ!)
前のハーレイに出会った頃と、全く同じ。
メギドの炎で燃えるアルタミラで、若かった頃のハーレイに初めて会った。
まだ青年と呼べる姿で、実年齢もそれに見合ったもの。
一方、前の自分はと言えば、年だけは取っていたくせに…。
(…心も身体も、成長を止めてしまってて…)
成人検査を受けた時から少しも変わらず、チビの子供のままだった。
だから「子供だ」と皆に思われ、事実が知れても変わらなかった。
なにしろ、中身が子供だから。
年だけは皆より遥かに上でも、見た目と同じに中身は子供。
(もっと食べろよ、って…)
前のハーレイは何度も言ったし、他の仲間もよく口にした。
「子供はしっかり食べないと」だとか、「これも食べろ」と寄越すだとか。
その頃の姿を貰っても困る。
ハーレイの瞳に映る姿は、その頃と同じ「チビ」だから。
恋人だった頃の「ブルー」は、何処を探しても「いない」のだから。
(……神様の意地悪……)
酷い、と愚痴を零してみたって、どうにもならない。
今の自分が「いる」だけでも奇跡、贅沢を言えば叱られる。
「要らないのならば、返して貰おう」と、神様が言ったら全ておしまい。
せっかく来られた青い地球から、遠い天国へと連れ戻される。
魂が身体から抜けてしまって。
「今の自分」は死んでしまって、優しい両親が泣くことになって。
(……ハーレイだって、泣くだろうけど……)
案外、早いかもしれない切り替え。
「死んじまったものは、仕方ないな」と、歩み始める「ブルーのいない人生」。
もしも再会しなかったならば、歩んでいたかもしれない道。
(…好きな人が出来て、結婚して…)
子供も生まれて、あの家で幸せに暮らしてゆく。
生まれた子供が男の子ならば、「ブルー」と名付けるかもしれない。
死んでしまった「ブルー」の代わりに、うんと幸せにしてやろう、と。
恋人ではなく、父親として。
休日はドライブに連れて行ったり、旅行やキャンプや、魚釣りにだって。
(…ぼくだと、連れてってくれないけれど…)
ハーレイ自身の子供だったら、まるで全く無い問題。
隣町に住むハーレイの両親の家にも、何度でも行くことだろう。
釣りの名人だというハーレイの父と、海や川へと釣りに行ったりも。
(…ホントに、そうかも…)
ハーレイだしね、と尖らせた唇。
分からず屋でケチなハーレイなのだし、そのくらいのことはやりかねない。
「ブルー」がいなくなったなら。
チビのまんまで死んでしまって、ハーレイだけが地球に残ったならば。
なんという酷い話だろう。
チビの姿を貰ったばかりに、損をしている今の人生。
あと少しばかり育っていたなら、きっと全ては違っていた。
ほんの数年分、大きくなっていたならば。
前の自分が成長を止めた頃の姿を、今の自分が持っていたならば。
(そしたら、すぐにハーレイとキス…)
再会した時にキスを交わして、もう早速にデートの約束。
アッと言う間に話が進んで、プロポーズだってされていただろう。
(再会したのが五月の三日で…)
今は秋だから、そろそろ結婚式かもしれない。
人を大勢招待するには、いい季節だから。
(結婚式、もう済んでるかもね…?)
秋は秋でも、季節は晩秋。
朝晩、冷え込む時もあるから、それよりも前に結婚式。
もしもガーデンウェディングだったら、暖かい季節の方がいい。
肌寒い日になってしまえば、招待客だって困ってしまう。
(…ウェディングドレスの、ぼくも寒いけど…)
おめかしして来る女性も寒い。
男性よりかは女性が薄着で、お洒落するほど薄くなりがち。
寒さでカタカタ震えないよう、結婚式は秋の初めの方に。
(うん、そうかも…)
とっくに式を挙げた後かも、という気もする。
自分がチビでなかったら。
ハーレイと再会を遂げたその日に、抱き合ってキスを交わせていたら。
(…ハーレイは、そんなの、考えないわけ?)
いつも怒ってばかりだもんね、と思い出すハーレイの眉間の皺。
「俺は子供にキスはしない」と、眉間の皺も深めになる。
拳をコツンと落とされる時は。
鳶色の瞳で睨み付けられて、「何度言ったら分かるんだ?」と叱られる時も。
(……ホントにケチで、分からず屋だよ……)
ぼくのことなんか少しも分かってくれない、と恨みたくなる。
ハーレイのことは好きだけれども、それとこれとは別問題。
こんなにハーレイを愛しているのに、ハーレイの目から見たならば…。
(…ぼくなんかチビで、キスをするだけの値打ちも無くて…)
ただの子供で叱られるだけ、と尽きない文句。
愛していたって、腹が立つ時はあるものだから。
分からず屋でケチな恋人のことを、詰りたくなる夜もあるから。
(いつだって、ぼくは我慢するだけ…)
「キスは駄目だ」と言われる度に。
「俺は子供にキスはしない」と、お決まりの言葉が飛び出す度に。
ただの一度も例外は無くて、本当に、なんとも損な人生。
前とそっくり同じ姿が、数年分、ズレていたせいで。
ほんの数年足りていなくて、チビの子供の姿で再会したせいで。
けれど文句を重ねていたなら、神様が怒ることだろう。
「要らない身体なら、返して貰おう」と、連れ戻されてしまう天国。
ハーレイだけが地球に残って、人生を謳歌してゆく結末。
「ブルーの分まで、幸せにしてやらんとな」と、自分の子供を可愛がって。
よりにもよって「ブルー」と名付けた子供を、死んでしまった「ブルー」の代わりに。
(……ハーレイ、ホントにやりかねないから……)
文句を言うならハーレイの方にしておこう、と考える。
いつかは育つ予定の身体を、神様に取り上げられないように。
それでも文句は言いたくなるから、全部ハーレイに向かってぶつける。
腹が立ったら、今夜みたいに心の中で。
「分からず屋のケチ!」と、前の生から愛した人に。
どんなに深く愛していたって、許せないことはあるものだから。
チビの子供の心は狭くて、そうそう広くはないものだから。
(……ハーレイのケチ……!)
それに分からず屋、と文句は尽きない。
キスをくれないケチな恋人に、今日もプンスカ腹が立つから。
まだまだこういう日々が続いて、結婚式だって、何年も先のことなのだから。
(…ハーレイのことは、好きなんだけど…)
でも本当に腹が立つよ、と「此処にはいない」恋人を恨み続ける。
愛していたって、全てを許せはしない気持ちになる時だって、あるものだから。
チビの子供になっている分、心もそれに見合ったサイズ。
だから許せはしないんだよね、とベッドに腰掛けて並べる苦情。
「ハーレイのケチ!」と、「分からず屋だよ」と。
キスの一つも許してくれないと、「今日も叱られただけだったよ」と…。
愛していたって・了
※「キスは駄目だ」と叱られてしまったブルー君。今夜は腹を立てているんですけど…。
チビの身体に文句を言ったら、神様に回収されるかも。だから文句はハーレイにv