(……まったく……)
あの忌々しいクソガキめが、とハーレイがフウと零した溜息。
ブルーの家へと出掛けた休日、夜の書斎でコーヒー片手に。
今日はゆっくり話せたブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
とても大事な人だけれども、それとこれとは別問題。
「クソガキめが」と愚痴を言いたくもなるし、「忌々しい」とも思ってしまう。
こうして家へと帰った後に、書斎に腰を落ち着けたら。
昼間の出来事を思い返して、ブルーの言動を思い出したなら。
(…何度言ったら分かるんだ…!)
あいつは学習しないのか、と苦々しい気分で傾けるカップ。
心なしか、馴染んだコーヒーまでが、普段よりも苦く思えるほどに。
(勉強は出来るヤツなんだが…)
きっと「学習」はしないんだな、と頭に描いたブルーの顔。
十四歳にしかならない今のブルーは、自分が勤める学校の生徒。
極めて成績優秀だけれど、得意なのは、きっと「勉強」だけ。
いわゆる学習能力は無くて、「学ばない」のに違いない。
動物でさえも「学ぶ」のに。
根気よく何度も教え込んだら、同じ失敗はしなくなるものなのに。
(あいつの場合は、失敗だとも思っていないからなあ…)
本当に学習しないヤツだ、と頭が痛い。
まだ何年も、この状態が続くから。
チビのブルーが前と同じに育つ日までは、「クソガキめが」と呻くことになるから。
今のブルーと再会して直ぐ、自分の中でルールを決めた。
ブルーが口では何と言おうと、中身は間違いなく子供。
心も身体も幼いのだから、「前と同じ」には扱わない、と。
どれほどブルーを愛していても。
片時も離れたくはないほど、ブルーのことを想っていても。
(あいつは、子供なんだから…)
どんなに「ませた」ことを言っても、それは「口だけ」。
前の生の記憶を持っているから、その通りに真似て言っているだけ。
「ぼくにキスして」と強請って来ようが、「キスしてもいいよ?」と誘おうが。
(…俺は真に受けちゃ駄目なんだ…)
そこはセーブする所なんだ、と分かっているから、定めたルール。
ブルーの背丈が前のブルーと同じになるまで、けして唇へのキスはしないと。
(……なのにだな……!)
そう言い渡されたブルーの方は、とてつもなく諦めが悪かった。
何度「駄目だ」と叱り飛ばしても、懲りたりはしない。
頭をコツンと小突かれても。
「馬鹿野郎!」と軽く睨み付けても、一向に諦めてはくれないキス。
あの手この手でキスを強請って、忘れた頃に仕掛けてくる。
そう、今日だって、そうだった。
向かい合わせでお茶を楽しんでいたら、小首を傾げて。
「ハーレイ?」と赤い瞳を揺らして。
何事なのかと問い掛けてみたら、返った言葉はこうだった。
「ねえ、キスしたいと思わない?」と、笑みを浮かべて。
「今だったら、ママも来ないものね」と、それは得意そうに。
(クソガキめが…!)
もちろん、その場でブルーを叱った。
「俺は子供にキスはしない」と、「何度言ったら分かるんだ?」と。
今ではすっかり、お決まりの台詞。
これを何回口にしたのか、覚えてさえもいないほど。
なのに懲りないのが今のブルーで、「学習する」ことは無いらしい。
動物だって、「覚える」のに。
やっていいことと悪いこととを、きちんと学習するというのに。
(…動物以下だ…!)
あいつは確かウサギなんだが、と心で毒づく。
幼かった頃のブルーの夢は「ウサギ」で、ウサギになりたかったという。
ウサギだったら、元気に駆け回れるから。
今度も前と同じに虚弱な、身体が元気になると思って。
(幼稚園で飼ってたウサギと仲良くなって…)
ウサギになろうと考えたブルー。
本当にウサギになれた時には、両親に飼って貰おうと。
(……庭にウサギ小屋を作って貰って……)
庭の芝生で遊ぶつもりで、幼いブルーは「ウサギ」を夢見た。
もしもウサギになっていたなら、どんな出会いになったのだろう。
前の生の記憶が戻って来たって、ブルーがウサギだったなら。
(…ブルーなんだ、と分かるだろうが…)
人間とウサギで恋をするより、同じウサギの方がいい。
だから…。
(俺もウサギになるんだっけな)
ブルーは白いウサギだろうけれど、自分はきっと茶色のウサギ。
庭の小屋など捨ててしまって、広い野原に巣穴を作る。
誰にも邪魔をされることなく、のびのび暮らしてゆけるようにと。
人の姿はもう要らないから、ブルーと同じウサギになって。
奇しくも今の自分もブルーも、ウサギ年。
昔の地球の干支で言うなら、二人とも正真正銘のウサギ。
(…前よりも縁は深いんだがな…)
ウサギのブルーは頭が悪いに違いない、とぼやきたくなる。
いくら叱っても「覚えない」から。
少しも学習してはくれずに、「ぼくにキスして」と繰り返すから。
(本物のウサギでも、もう少しだな…!)
きっと覚えはマシだろうさ、と長い耳のウサギを思い浮かべる。
野生のウサギは「学習しないと」生きてゆけないことだろう。
何処に行ったら餌があるのか、危険な場所は何処なのかと。
人間のペットのウサギにしたって、それなりのことを覚える筈。
飼い主の機嫌を取る方法とか、家の中で行ってもいい場所だとか。
そういったことを覚えなければ、叱られるから。
名前を呼ばれて、額を指で弾かれるとか。
あるいは「今日のおやつは無しよ」と、目の前で取り上げられるだとか。
(…絶対、本物のウサギの方が…)
ブルーよりかは頭がいいぞ、と考えずにはいられない。
ウサギは「学習してくれる」から。
少々バカなウサギだとしても、ブルーよりかはマシだろう。
何度も何度も叱ってゆく内、いつかは覚える。
「これをやったら駄目なんだ」と。
小さなウサギの脳味噌でも。
勉強なんかはまるで出来ない、長い耳のついた頭でも。
(それなのにだな…)
ブルーときたら、と尽きない嘆き。
微塵も「学んでくれない」ブルーは、これから先も学習しない。
「キスは駄目だ」と叱ってみたって、一向に。
頭を、額をコツンとやろうが、まるで全く。
(…クソガキめ、としか言えんじゃないか…!)
愛しててもな、と顰める顔。
それとこれとは話が別だ、と最初に戻って。
まだまだ終わりの見えない日々に、「お先真っ暗」な気持ちになって。
(…あいつはいいんだ、あいつの方は…!)
キスは駄目だと叱られようが、ブルーにとっては「叱られた」だけ。
大した被害も無いものだから、次の機会を耽々と狙う。
けれど、「誘われた」自分の方は…。
(……精一杯、我慢しているんだぞ……!)
前よりかは遥かに落ち着いたがな、とブルーに向かって言いたい文句。
今のブルーがチビの子供だから、少しずつ余裕が生まれてもくれた。
ブルーが何と言って来ようが、「駄目だ」と叱り飛ばせるだけの。
心がグラリと揺れたりはせずに、年上の大人の広い心で。
(…しかしだな…!)
初めの頃には違っていた。
今のブルーの顔の向こうに、重なった前のブルーの面影。
時折垣間見える表情、それに心が揺れ動きもした。
「俺のブルーだ」と、「前の自分」が反応して。
直ぐにでもブルーを手に入れたいと、心の奥がざわつきもして。
それで禁じた、「この家をブルーが訪ねて来る」こと。
過ちを犯してからでは遅いと、自分自身を戒めて。
悲しそうな顔になったブルーに、「今は駄目だ」と言い聞かせて。
そうやって「守って来た」ブルー。
傷付けないよう、幼くて無垢なままの心が健やかに育ってくれるよう。
(それなのに、だ…)
クソガキめが、とブルーを詰りたくなる。
誰よりも愛しているというのに、こんな夜には。
まるで「学習しない」駄目なウサギを、ウサギ以下だと思うブルーを。
(頼むから、学習して欲しいんだが…!)
そのちっぽけな脳味噌でな、と繰り返す愚痴。
小さなブルーを愛していても、それとこれとは別だから。
どんなにブルーを想ってはいても、時には恨みたくもなるから。
「クソガキめが」と。
「少しも学習しないウサギだ」と、「あいつの頭はウサギ以下だ」と…。
愛していても・了
※珍しいハーレイ先生の愚痴。ブルー君を愛していても、クソガキ呼ばわり。
きっとたまには、そういった夜もあるのです。ウサギ以下でも、愛していますけどねv