(今日は、挨拶出来ただけ…)
たったそれだけで終わっちゃった、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は、寄ってはくれなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
けれど自分はチビの子供で、ハーレイは学校の教師で大人。
仕事の帰りに寄ってくれなかったら、寂しく過ごすことになる。
いくら両親が家にいたって、夕食を一緒に食べたって…。
(ハーレイがいないと、つまらないよね…)
それに寂しい、と悲しい気持ち。
もしもハーレイが来てくれていたら、賑やかだっただろう夕食の席。
ハーレイを両親に取られても。
「おかわりは如何ですか?」と微笑む母やら、あれこれ話が合う父やらに。
(…パパもママも、何も知らないから…)
自分たちの一人息子が、ハーレイと恋人同士だなんて、両親は夢にも思っていない。
だからハーレイに気を遣う。
「ソルジャー・ブルーの生まれ変わり」でも、自分たちの息子はチビだから。
子供の相手は退屈だろうと、夕食の席では「大人同士の話題」に興じて。
(…そうなっちゃっても、ハーレイと一緒に晩御飯…)
食べられるだけでいいんだけどな、と今日も残念でたまらない。
ハーレイは来てくれなかったから。
学校の廊下で挨拶しただけ、ただそれだけで終わったから。
こんな日だって、あるものだ、と分かってはいる。
挨拶出来ただけでもマシで、顔を見られただけで充分。
(…本当に運が悪い日だと…)
ハーレイの姿も見られないまま、学校を後にすることになる。
「会えるかな?」と思っている間に、放課後になって。
後ろ髪を引かれるような思いで、校門まで歩く間にだって…。
(何回、後ろを振り返っても…)
会いたい人には出会えないまま。
その上、家に帰った後にも、ハーレイは来てはくれないまま。
窓辺に寄っては、濃い緑色をした車が走って来ないか、家の表の道路を見ても。
門扉の脇のチャイムが鳴るのを、首を長くして待ち焦がれても…。
(…来ない日は、そのまま日が暮れちゃって…)
溜息ばかりで、夜が更けてゆく。
「今日はハーレイ、来てくれなくって、会えてもいない」と肩を落として。
ツイていない日だと、泣きたいような気分に深く包まれもして。
(それよりは、ずっとマシなんだけど…)
でも寂しいよ、とハーレイの家の方に目を遣る。
そうしても見えはしないのだけど。
サイオンが不器用な今の自分は、透視なんかは出来ないから。
そうでなくても、何ブロックも離れているのがハーレイの家。
屋根に登って見ようとしたって、他の家の屋根や、木立なんかが邪魔をする。
見通しのいい昼間でも。
「灯りだけでも」と、暗くなってから探してみても。
それくらい遠い、ハーレイがいる場所との距離。
心は近いつもりでも。
思念波は全く紡げなくても、「ハーレイ?」と心で呼び掛けていても。
(遠いんだよね…)
ホントに遠い、と思う距離。
ハーレイの家が「お隣」だったら、こんなことにはならないのに。
道路を挟んだ向かい側でも、窓から手を振れば見えるのに。
(…ハーレイが庭に出ていたら…)
直ぐに分かるし、家の中で移動するのも分かる。
夜だったならば、順に灯りが灯っていって。
昼の間でも、どの部屋の窓が開いているのか、それを眺めれば。
(……隣だったら良かったのにな……)
何度、そう思ったことだろう。
いつでも「ハーレイ!」と呼べる所に、ハーレイの家があったなら、と。
(もっと贅沢を言っていいなら…)
同じ家に住んでいれば良かった。
朝一番から顔を合わせて、夜も「おやすみ」の挨拶をするまで一緒。
そういう距離なら、どんなに嬉しいことだろう。
目覚ましの音で目を覚ましたら、じきにハーレイに会えたなら。
顔を洗いに行った洗面所で、バッタリと顔を合わせるだとか。
朝食を食べに下りて行ったら、ハーレイもテーブルに着いているとか。
(それって、最高…!)
最高だよね、と広がる夢。
たとえハーレイが、父と同じで、面倒見が少し良すぎても。
「これも食べろよ?」などと笑って、自分のお皿から分けてくれても。
(…お腹一杯になっちゃうけれど…)
きっと心も幸せ一杯。
ハーレイがくれたソーセージのせいで、朝からお腹がパンパンでも。
「もうこれ以上は、食べられないよ」と思うくらいに、お裾分けの量が多すぎても。
いいな、と顔が綻んだ。
この家にハーレイも暮らしていたなら、もう毎日が最高の日々。
「会えなかったよ」とガッカリしなくてもいいし、溜息だって零れはしない。
ハーレイは「家にいる」のだから。
たまに会えない時があっても、それは「本当に仕方ない」こと。
研修旅行で留守にするとか、クラブの遠征試合のお供で行ってしまっただとか。
(そういう時には、ぼくは留守番…)
何日か待てば、ハーレイは、ちゃんと帰って来る。
「元気にしてたか?」とお土産を持って。
玄関先まで迎えに出たなら、「ただいま」と笑顔で頭を撫でてくれたりもして。
(……家族みたい……)
そんなのがいい、と憧れるハーレイと同じ家での暮らし。
家に帰ればハーレイがいたり、その逆でハーレイが帰って来たり。
(幸せだよね…)
毎日が天国にいるみたい、と夢は尽きない。
ハーレイの仕事が休みの時には、朝から晩まで一緒にいられる。
もちろん二人で出掛けてもいいし、ドライブにだって行けるのだろう。
なにしろ家が同じだから。
今のように「お前が大きくなったらな」と言われはしないで、誘って貰えて…。
(ドライブに行って、何処かで食事…)
デートみたいに素敵な時間を過ごせると思う。
もしも一緒に暮らしていたら。
ハーレイと同じ家にいたなら。
(ずっと一緒で、何処へ行くのも一緒だよ)
大きなお兄ちゃんみたい、とハーレイの姿を思い浮かべる。
二十四歳も年上だから、年の離れた「お兄ちゃん」。
ハーレイは、父と年がそれほど変わらないから、父のようだとも言えるだろう。
(大きなお兄ちゃんか、パパ…)
そうなれば、きっと甘え放題。
ハーレイと家族だったなら。
年の離れたお兄ちゃんだとか、とても優しいパパだったなら。
(……うんと幸せ……)
ぼくがハーレイを一人占めだよ、と思った所で気が付いた。
最高に幸せな日々だけれども、ハーレイと家族だったなら…。
(…ハーレイの記憶…)
いくら待っても、戻って来てはくれないだろう。
遠く遥かな時の彼方で、白いシャングリラで生きた記憶は。
キャプテン・ハーレイだったことなど、欠片も思い出しはしないで…。
(…ぼくのお兄ちゃんか、パパのまんまで…)
年の離れたチビの弟を可愛がるとか、一人息子を溺愛するとか、その程度。
どんなに愛を注いでくれても、それは家族としての愛情。
前の生での恋の記憶は、戻らずに。
「弟」だか「息子」の正体などには、一生、気付くこともないまま。
(…だって、気付いたら…)
家族がパチンと壊れてしまう。
シャボン玉がパチンと弾けるみたいに、あっけなく、脆く。
「お兄ちゃん」と恋は出来ないから。
「パパ」とも恋は出来はしなくて、お互い、辛くなるだけだから。
そうならないよう、神様は「忘れさせておく」ことだろう。
ハーレイの記憶を固く封じて、何一つ、思い出さないように。
再会の切っ掛けだった聖痕、あれも現れないように。
(……家族だったなら……)
そうなっちゃうんだ、と冷えてゆく背筋。
どれほど幸せに暮らしていたって、決してなれない「恋人同士」。
ハーレイの記憶が戻らなくて。
戻らないどころか、ハーレイが「パパ」の方だった時は…。
(…ハーレイの恋人、ママになっちゃう…)
とっくの昔に結婚していて、生まれた子供が「自分」だから。
息子を可愛がってはくれても、ハーレイが恋をした人は…。
(…ハーレイのお嫁さんで、ぼくのママ…)
恋敵とさえ呼べないけれども、実の母親が恋敵。
しかも勝負になっていなくて、ハーレイの心は「ママ」のもの。
嫉妬したって、その恋敵の「ママ」が微笑むことだろう。
「どうしたの、ブルー?」と、それは優しく。
「最近、なんだか御機嫌斜めね」と、美味しいお菓子でも作ってくれて。
(……ハーレイだって、パパなんだから……)
機嫌が悪くなった息子を、せっせと連れ出したりするのだろうか。
「次の休みは、何処に行きたい?」と、ガイドブックを広げたりして。
(…ハーレイが、お兄ちゃんだったとしても…)
やっぱり記憶は戻りはしない。
弟を可愛がって暮らして、そしていつかは…。
(結婚して、家を出て行っちゃう…)
生涯を共にする伴侶を見付けて、結婚式を挙げて。
「ブルーも、いつでも遊びに来いよ」と、新しい住まいに引越して行って。
(……独りぼっちになっちゃうよ、ぼく……)
そうでなければ、「恋敵のママ」の側で暮らしてゆくコース。
「ハーレイではない誰か」に出会って、恋をして、家を出ない限りは。
そんなことなど有り得ないのに、ハーレイしか好きになれないのに。
(……やだよ、そんなの……)
絶対に嫌だ、と強く思うから、今みたいに遠い距離でいい。
ハーレイと一緒に暮らしていたなら、幸せでも、きっと悲劇だから。
もしもハーレイと家族だったなら、待っているのは悲しい別れ。
そうでなければ恋敵が母で、けしてハーレイは、こっちを向いてはくれないから…。
家族だったなら・了
※ハーレイ先生と家族だったら幸せだよね、と考えたブルー君ですけれど…。
そうだった時は、悲劇が待っているみたいです。今の関係が一番いいんですよねv