(奇跡っていうのは、あるモンなんだなあ…)
ついでに生まれ変わりってのも、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
今日は学校での、挨拶だけで終わったブルー。
廊下でバッタリ顔を合わせて、「ハーレイ先生!」と掛けられた声。
「元気そうだな」と笑顔で返して、たったそれだけ。
行く方向が違ったから。
授業の合間の短い休みで、ゆっくり話せはしなかったから。
けれど、それだけでも貴重な時間。
ブルーの顔を見られただけで、挨拶が出来ただけで充分。
なんと言っても「ブルー」だから。
前の生から愛した恋人、生まれ変わって、また巡り会えた愛おしい人。
学校の教師と、教え子として。
前のブルーが焦がれ続けた、青い地球の上で再び出会えた。
遠く遥かな時の彼方で、離れてしまった筈なのに。
前の自分が命尽きるまで、会えはしないと思っていた。
死者が行く地で、先に逝ったブルーに追い付くまでは。
(……それなのにだな……)
まるで全く記憶に無いのが、前のブルーに「追い付いた」こと。
「これで会える」と、夢見るように考えたのに。
死の星だった地球の地の底で、息絶える時に。
崩れ落ちてくる岩に潰され、「此処で死ぬのだ」と思った時に。
魂は死んでゆく身体から抜けて、空へ羽ばたいてゆくだろうから。
そうして真っ直ぐ飛んだ先では、ブルーが待っているのだろうと。
(しかし、覚えていないんだ…)
其処でブルーと出会ったことを。
次に意識が目覚めた時には、この青い地球の上だった。
すっかり「地球の人間になった」、名前も同じな「ハーレイ」になって。
前の生では、考えさえもしなかったこと。
ブルーと二人で生まれ変わって、青い水の星で生きてゆくこと。
今度こそ、何にも邪魔をされずに。
ソルジャーやキャプテンの立場に縛られることも、戦いの日々も無い世界で。
(神様ってヤツは、本当に粋な計らいをなさる…)
聖痕には驚かされたんだがな、と思い出す「あの日」。
何も考えさえもしないで、今の学校にやって来た。
それまでの転任と何処も変わらず、「今日から新しい学校だ」と。
前任の教師との引継ぎを終えて、ブルーのクラスで古典の授業をするために。
(他のクラスも幾つもあるから…)
ブルーのクラスは、その中の一つ。
「此処だな」とクラスの名前を確かめ、扉を開けて足を踏み入れた途端…。
(…生徒が派手に怪我をしたんだ)
珍しい赤い色の瞳から、血の色をした涙を溢れ出させて。
両方の肩や左の脇腹、其処からも鮮血が噴き出して。
(てっきり、事故だと…)
慌てて駆け寄り、抱き起こしたら、戻った記憶。
腕の中で血まみれになっている生徒は、誰なのか。
「本当の自分」は誰だったのか、「生まれ変わって来る前」の膨大な記憶が。
そうやってブルーと再会を遂げて、今ではすっかり教師と教え子。
いつかブルーが大きくなるまで、その関係が続いてゆく。
恋人同士には変わりなくても、互いの距離は縮まないままで。
どんなにブルーがキスを求めても、「キスは駄目だ」と叱り付けながら。
(まだまだ、待たされちまうわけだが…)
小さなブルーが大きくなる日が、待ち遠しい。
前のブルーと全く同じ姿に育って、一緒に暮らしてゆける日が。
結婚式を挙げて、この家にブルーを迎える時が。
(何もかも神様のお蔭だよなあ…)
もう一度、あいつと暮らせるなんて、と嬉しくなる。
白いシャングリラのような箱舟ではなくて、地面の上にある家で。
それもブルーの憧れだった、青い地球。
前の生では何処にも無かった、母なる水の星に生まれて。
(…もっと前から出会いたかったが…)
あいつが生まれてすぐの頃から、と思うけれども、それは贅沢と言うものだろう。
十四歳のブルーに出会えただけでも、儲けもの。
これから大きく育つ姿を、見守れるから。
前の生でもそうだったように、「しっかり食べろよ」と注意したりして。
(…一緒に暮らしていたならなあ…)
もっと細々と気を配れる。
今度も身体が弱いブルーが、無理をして熱を出さないように。
夜更かししそうなら「駄目だ」と叱って、ベッドに入れて。
とても元気にしている日ならば、「これも食べろ」と身体にいい食事。
今の自分も料理は得意で、大抵のものは作れるから。
(仕事が終わって帰ったら、すぐに…)
夕食の支度で、朝は毎日、朝食作り。
ブルーの昼食は、学校のある日は、学校の食堂なのだけれども…。
(休みの日は、俺が腕を奮って…)
とびきり美味しい昼食を作る。
もちろんブルーのための「おやつ」も、心をこめて。
そういう暮らしもいいもんだ、と思ったけれど。
小さなブルーを側で見守り、育ててゆくのも素敵だけれど…。
(ちょっと待てよ?)
どう転がったら、ブルーと一緒に暮らせるのだろう。
毎日、同じ家で過ごして、家族のように。
(…あいつはチビだし…)
大きくなるまで、この家に移って来てはくれない。
それで当然、ブルーが何処に生まれていたって、そうなったろう。
今のような「チビの子供」の内は。
結婚できる十八歳を迎えて、花嫁になる時が来るまでは。
(…そうじゃないのに、一緒だとなると…)
本物の「家族」くらいしかない。
でなければ、とても仲のいい親戚、「親元を離れて」預けて貰えるくらいに。
(しかしだ、あいつは身体が弱いし…)
親元を離れて暮らすことなど、両親が許しはしないだろう。
ならば、残るは「本物の家族」。
生まれた時からずっと一緒の、弟だとか。
あるいは「今の自分」が結婚していて、妻との間に…。
(生まれた子供が、ブルーだってか!?)
それなら一緒に暮らしてゆける。
誰に気兼ねをすることもなくて、ごく自然に。
「お兄ちゃん!」とブルーに纏い付かれたり、「パパ!」と甘えられたりもして。
(……うーむ……)
まるで考えてもみなかった、と愕然とさせられる人生の形。
愛おしい人とは再会出来ても、前の生とは、全く別物。
(…きっと、ブルーは…)
もしも互いに家族だったら、思い出しさえしないのだろう。
「お兄ちゃん」や「パパ」が、誰なのか。
もちろん聖痕も現れはせずに、ひっそりと皮膚に隠されたまま。
ブルーの記憶が戻って来たなら、とても厄介なことになるから。
「お兄ちゃん」や「パパ」は、けして恋人にはなれないから。
(……俺だけ、記憶が戻って来て……)
ブルーは「思い出さない」まま。
前とそっくり同じ姿に育っても。
誰が見たって「ソルジャー・ブルー」に瓜二つでも。
(…それでも、俺は…)
きっとブルーに尽くすのだろう。
「お兄ちゃん」ならば、とても身体の弱い弟を、大切にして。
何処へ行くにも「来るか?」と誘って、無理をしないよう気遣ってやって。
(俺の息子なら…)
きっと妻さえ呆れるくらいに、過保護な父親になるのだと思う。
何かと言ったら「ブルー、ブルー」と、妻よりも遥かに気にかけてやって。
料理も妻に任せはしないで、「今日はパパが御馳走、作ってやるぞ」と甘やかして。
なんと言っても、「ブルー」だから。
ブルーの記憶は戻って来ないで、「弟」や「息子」のままであっても。
「お兄ちゃん!」だの「パパ!」と慕ってくれても、ただそれだけに過ぎなくても。
(そして、いつかは…)
育ったブルーを、送り出す日が来るのだろう。
ブルーに似合いの相手が見付かり、その人と暮らしてゆくことになって。
結婚式を挙げて、新しい家に引越しして。
(お兄ちゃん、さよなら、って…)
そうでなければ、「パパ、さよなら」。
明るく手を振り、きっと元気に巣立ってゆく。
虚弱な身体は変わらなくても、ブルーも「パパ」になるために。
妻と幸せな家庭を築いて、未来へ歩いてゆくために。
(…家族だったら、そうなっちまうな…)
俺と一緒に暮らしていたって、「さよなら」なんだ、と気付かされた。
しかも記憶も戻らないから、弟や息子に過ぎないままで。
青い地球の上で再会したって、すれ違いのように生きて別れていって。
(……そいつは勘弁願いたいから……)
待たされようとも、今の暮らしで充分だよな、と傾けたカップ。
もしもブルーと家族だったら、辛い別れが待っているから。
ブルーの記憶は戻らないままで、「さよなら」と去ってしまうのだから…。
家族だったら・了
※ブルー君が小さい頃から、一緒に暮らせていたらいいのに、と思ったハーレイ先生。
けれど、そういう暮らしになるなら、ブルー君は家族。今の関係の方がいいですよね…?