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別腹だよね

「うむ。…やっぱり美味いな」
 お母さんのパウンドケーキ、とハーレイが浮かべた極上の笑み。
 ブルーの家で過ごす休日、ブルーと向い合せに座って。
 午後のお茶に出て来たパウンドケーキ。
 不思議なことに、ハーレイの母が焼く味にそっくり。
(まさに、おふくろの味ってな)
 自然と頬が綻ぶくらいに、嬉しい気分になってくる。
 いつ食べても、とても美味だから。
 隣町に住む母が、コッソリ持って来たかと思えるほどに。
「美味しい? ママに頼んでおいたんだよ」
 パウンドケーキ、とブルーが微笑む。
 「今日はパウンドケーキがいいな」と、朝に頼んでおいたのだと。
「そうなのか…。気が利くな」
 俺の大好物なんだ、と頬張るパウンドケーキ。
 ブルーの母が作るケーキは、どれも美味しいのだけれど…。
(パウンドケーキが最高なんだ)
 おふくろの味に及ぶものは無し、という気がする。
 今の自分には血の繋がった、本物の母がいるのだから。


 遠く遥かな時の彼方で、前のブルーと生きた頃。
 白いシャングリラで暮らした頃には、いなかった「母」。
 子供は全て人工子宮から生まれた時代で、いたのは「養父母」。
 その養父母の記憶も機械に奪われ、何も残っていなかった。
 だから無かった「おふくろの味」。
 それがある今は素敵な世界で、その上に…。
(ブルーのお母さんが作るケーキと、俺のおふくろのが…)
 同じ味だというのがいい。
 目には見えない、深い絆があるようで。
 小さなブルーが生まれる前から、ちゃんと繋がっていたようで。
(余計に美味く感じるってな…!)
 これが別の人が焼くケーキならば、また印象は違ったろう。
 同じに「おふくろの味」だとしても。
 「食えたらいいな」と考えはしても、そこまでで終わり。
 見ただけで心が躍りはしない。
 フォークで口に運んでみたって、ただ単純に「美味い」だけ。
 しみじみと感慨に耽りもしないで、パクパクと食べて…。
(御馳走様、って思うんだろうな)
 そんなトコだ、と可笑しくなる。
 ブルーの母が焼くケーキだから、舌も心も喜ぶのだ、と。


 今日のケーキも、期待通りの「おふくろの味」。
 ゆっくり、のんびり味わって食べて、フォークを置いた。
 「美味かったぞ」と、ブルーに御礼を言って。
 ブルーが注文してくれたお蔭で、食べられたから。
 そうしたら…。
「良かったあ…! 好物は別腹だよね」
「まあな。だが、俺は昼飯を食い過ぎちゃいないぞ」
 このくらいのケーキは軽いモンだ、と片目を瞑った。
 倍の量が出たって平らげられるし、三倍だって、と。
「そうなんだ…。じゃあ、ハーレイの好物をあげる」
「おっ、追加を頼んでくれるのか?」
「ううん、ハーレイの大好きなキス!」
 これはぼくから、と赤い瞳が煌めく。
 「美味しいケーキを食べた後には、ぼくのキスだよ」と。
「馬鹿野郎!」
 誰が食うか、とブルーの頭にコツンと落とした拳。
 チビのブルーに、キスはしないという決まりだから。
 たとえ別腹だと言われても。
 どんなに美味しいケーキの後でも、キスは贈ってやらないから…。




          別腹だよね・了









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