(……あの時は、ビックリしたんだよなあ……)
その後は、もっと驚いたんだが、とハーレイが思い出したこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
十四歳にしかならないブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
今では「いる」のが当たり前になって、今日のように残念な日だって多い。
仕事が早く終わっていたなら、ブルーの家に行けただろう。
夕食までの時間をブルーの部屋で過ごして、二人きりでお茶を楽しんで。
(しかし、毎日、そうはいかんし…)
ブルーには学校で会えただけでも良しとしよう、と考える。
学校の廊下でバッタリ出会って、「ハーレイ先生!」と呼ばれたから。
ペコリと頭を下げたブルーに、「元気そうだな」と言ってやることが出来たから。
(……その学校で、あいつと再会したんだ……)
あれは五月の三日だった、と今でも忘れない日付。
転任することが決まっていたのに、前の学校で出た急な欠員。
(…それで着任が遅れちまって…)
ブルーのクラスを担当していた古典の教師と交代したのが、五月の三日。
名簿には目を通してはいても、ピンと来なかったブルーの名前。
(珍しくはない名前だしな?)
今の時代は、大英雄になった「ソルジャー・ブルー」。
ミュウの時代の始まりの人で、初代のソルジャー。
それだけに、子供に「ブルー」と名付ける親たちは多い。
まるで全く似ていなくても。
アルビノどころか、銀色の髪さえ持っていなくても。
(…今じゃ、すっかり忘れちまったが…)
多分、「このクラスにも、ブルーがいるんだな」と思った程度だっただろう。
それがブルーだとも知らず。
前の生から愛し続けた、大切な人の名だとも知らず。
そうして入った、ブルーのクラス。
初めて足を踏み入れた場所で、初っ端から酷く驚かされた。
心臓が止まるかと思うくらいに、それは激しい衝撃を受けて。
(悪戯されたわけじゃなくて、だ…)
ヤンチャな生徒が仕掛ける悪戯、新しく受け持つクラスなどでは、よくある話。
けれど、悪戯などでは無かった。
教室に入って目が合った途端、ブルーの瞳から溢れた鮮血。
右の瞳から血の色をした涙が流れて、両肩からも真っ赤な血が噴き出した。
その上、左の脇腹からも。
(…どれも、前のあいつがキースの野郎に撃たれた場所で…)
いわゆる聖痕現象だけれど、そんなこととは、まだ知らなかった。
咄嗟に「事故だ」と思った出血。
倒れたブルーに慌てて駆け寄り、抱き起こした時に、戻った記憶。
ブルーの記憶と絡み合うように交差しながら、膨大な量の「前の自分」のものが。
(…俺は他人の空似じゃなくて…)
若い頃からよく言われていた、「キャプテン・ハーレイの生まれ変わりか?」という言葉。
「そんなわけがない」と笑い飛ばして、今の年まで生きて来た。
正確に言えば、今より一歳、若かったけれど。
まだ誕生日を迎えていなくて、三十七歳だったから。
それまでの間に、何度聞いたか数えてもいない「生まれ変わりか?」。
その度に「違う」と答え続けて、自分でもそうだと信じていて…。
(…だが、本当は、そうじゃなかったんだ…)
ブルーと再会を遂げて、分かった。
今の自分に生まれる前には、誰だったのか。
大怪我をして床に倒れた生徒は、前の自分の何だったのかも。
(…本当に怪我だと思ってたしな…)
記憶が戻って来たせいもあって、半ばパニックに近かった。
「またしても、ブルーを失うのでは」と、大量の出血に凍えた背筋。
いくら医療が発達していても、今の時代も、事故で喪われる命はあるから。
(誰か救急車を呼んでくれ、と叫ぶしかなくて…)
その声で駆け出して行った生徒は、保健委員だと頭の何処かで思った。
血まみれのブルーを抱えながら。
「保健委員」の生徒の役目は、何処の学校でも同じだから。
(……それから後は、俺も必死で……)
ただ懸命に祈り続けた。
愛おしい人が助かるように。
せっかく出会えたブルーの命が、儚く消えてしまわないように。
(居合わせた教師が、俺だったから…)
救急車に一緒に乗って行っても、誰も変だと思いはしない。
むしろ教師として当然の務め、行かずに残る方がおかしい。
ブルーを乗せた担架が救急車に運び込まれる時、駆け付けて来たブルーの担任の教師。
「よろしくお願いします」と深く頭を下げられた。
クラスの騒ぎは鎮めておくから、ブルーの付き添いをよろしく頼む、と。
(…願ったり、叶ったりというヤツなんだが…)
自分の本音は顔にも出さずに、「分かりました」と乗り込んで行った救急車。
サイレンを鳴らして走り出してからも、途方もなく長く感じた時間。
「早く病院に着いてくれ」と。
一刻も早く治療を始めて、愛おしい人を助けてくれ、と。
救急車が病院に着いた後にも、時間は長いままだった。
ブルーの担架が運ばれて行った、扉の向こう。
そこで治療が進んでいるのか、それとも既に手遅れになって…。
(…少しでも長く、命があるようにと…)
沢山のチューブや酸素マスクに繋がれ、「生きているだけ」のブルーがいるのか。
それさえ外では分からないから、待つことだけしか出来なかった。
「助かってくれ」と祈りながら。
「俺のブルーを、死の国に連れて行かないでくれ」と。
(……俺の寿命が縮みそうな時間だったよな……)
実際、そうも考えていた。
「俺の寿命を、ブルーに分けてやってくれ」と。
愛おしい人を救うためなら、何十年でも、何百年でもかまわないから。
(…しかしだ……)
扉の向こうから出て来た医師に、「心配は無い」と告げられた。
ブルーの身体に傷などは無くて、大量の出血は聖痕現象。
そう聞かされてホッとした後、同じ医師から「こっちの部屋へ」と連れてゆかれた。
白衣を着ている、従兄弟の医師に。
数日前にブルーを診察していた、主治医とも言える人物に。
(…お前は、キャプテン・ハーレイなのか、と…)
従兄弟の医師は切り出した。
二人きりの部屋で、声を潜めて。
「お前の前世は、キャプテン・ハーレイ。あの子はソルジャー・ブルーだろう」と。
(…何も間違ってはいないしな?)
素直に「ああ」と頷いた。
「どうやら、本当に生まれ変わりというヤツらしい」と。
(…あいつがブルーの主治医だったから…)
今も秘密は守られている。
「生まれ変わり」のことは、たった三人しか知る者はいない。
ブルーの主治医と、ブルーの両親。
お蔭で今でも、それは穏やかな日々が続いているけれど…。
(俺とブルーが再会した場所が、もしも教室じゃなかったら…)
事情は違ったのかもしれない。
繁華街などで、バッタリ出会っていたならば…。
(保健委員の代わりに、野次馬…)
たちまち騒ぎに取り囲まれて、救急車を呼びに走る者だけでは済まなかったろう。
「事故だ」と通報しに行く者やら、運が悪ければ新聞記者なども…。
(…事故の取材をしに来ちまって…)
病院にまでも来たかもしれない。
そうなっていたら、秘密を守ることが出来たかどうか。
ブルーの主治医が黙っていたって、勝手な説が飛び交って。
ああだこうだと、推測する者が出始めて。
(…俺の方だと、大人でガードが固いから…)
十四歳にしかならないブルーが、マスコミに追われていたかもしれない。
学校の帰りに取っ捕まって、「君は、ソルジャー・ブルーなの?」などと。
特にマイクを向けられなくても、今のブルーは、サイオンが上手く扱えない。
心の中身は零れ放題、「どうしよう?」などと動揺したら…。
(…記者に筒抜けになっちまうんだ…)
ソルジャー・ブルーの生まれ変わりであることが。
今ではチビの子供だけれども、偉大な英雄、それに歴史の生き証人だと。
(…うん、学校で良かったな…)
ブルーの教室で実に良かった、と改めて思う。
小さなブルーとまた巡り会えた、再会の場所は。
ブルーと自分の記憶が戻って、前の生での恋の続きが始まった場所は。
もしも教室と違っていたなら、全てが違ったかもしれないから。
穏やかな日々が流れる代わりに、毎日、毎日、取材ばかりだったかもしれないから。
(…神様の計らいに感謝せんとな)
再会の場所は、あの教室に限るんだ、と傾けるカップ。
ブルーとの日々を、大切に過ごしてゆきたいから。
ただの教師と生徒でいいから、取材なんかは御免だから…。
再会の場所は・了
※ハーレイ先生とブルー君が再会した場所。学校の教室だったんですけれど…。
もしも違う場所で再会していたら、取材に追われる日々だったかも。教室で良かったですねv