(……此処は地球だな……)
今の俺は地球にいるんだっけな、とハーレイがふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
信じられない話だけれども、「今の自分」は地球の住人。
気が遠くなるほどの長い時を飛び越え、この青い星に生まれて来た。
やはり同じに生まれ変わった、愛おしい人と。
前の生から愛し続けた、今はチビになったブルーと共に。
何度も幸せを噛み締めたけれど、奇跡に感謝してきたけれど…。
(…その地球ってヤツが…)
前の俺たちの夢だっけな、と改めて心に描いてみる。
白いシャングリラで、改造前の船で、ブルーと二人で夢に見た星。
いつか必ず地球に行こうと、母なる星に辿り着くのだと。
(……しかし、あいつは死んじまって……)
前の自分だけが地球まで旅をして行った。
ブルーが遺した言葉を守って、白いシャングリラの舵を握って。
(…なのに、俺たちが辿り着いた星は…)
青く輝いてはいなかった。
銀河の海に浮かんでいる筈の、一粒の真珠。
誰もが憧れる水の星、地球。
その星は醜く死に絶えたままで、不吉なくらいに赤黒かった。
地球は、ブルーの夢だったのに。
前の自分も、船の仲間たちも、夢の星だと信じていたのに。
(……夢が粉々に砕けちまって……)
まだ若かったジョミーさえもが、スクリーンに映った地球を眺めて叫んだ。
古株だった長老たちも、涙した地球。
「こんな星のために、自分たちは戦い続けたのか」と。
美しい星だと信じていたから、長く厳しい地球までの道を切り開いたのに。
そうやって砕け散った夢。
前の生では、ついに出会えなかった地球。
夢に見ていた姿では。
フィシスの心に刷り込まれていた、青く澄んだ海は何処にも無くて。
(…その地球に、俺は来たわけで…)
今では地球の住人なんだ、と部屋をぐるりと見渡してみる。
書斎に窓は無いのだけれども、この家が在るのは間違いなく地球。
床の下にあるのは地球の地面で、地球の重力が作用している。
家を丸ごと包む大気も、地球の大気圏が作り出すもの。
(……夢の星まで来ちまったんだなあ……)
本当の意味で「夢」だったよな、と前の生での地球の姿を思う。
広い宇宙の何処を探しても、「青い地球」など無かったから。
青い水の星は夢でしかなくて、誰も見ることは出来なかったから。
(…前の俺は、其処で死んだんだがな…)
どういうわけだか、此処にいるな、とカップを持つ手をしみじみと見る。
前の生とそっくり同じ姿で、地球に生まれて来た「自分」を。
夢だった星に生まれ変わって、当たり前に「地球」に生きている「今」を。
(地球といえば夢で、本当に夢で終わっちまって…)
青い地球なんかは無かったからな、と赤茶けていた星を思い出す。
赤黒いとさえ見えたくらいに、砂漠と毒の海に覆われた地球を。
前の自分が知っていたのは、そういう地球。
「ブルーの夢まで砕けちまった」と、どれほど悲しかっただろう。
命を捨ててメギドを沈めた、前のブルー。
白いシャングリラが地球に行けるよう、たった一人で飛び去って行って。
自分は地球を見られなくても、船の仲間たちは行けるようにと。
(…あいつに、なんて説明すればいいんだ、って…)
そう思ったのを覚えている。
地球に着いたら、それで終わる役目。
ブルーの許へと旅立てるのだと、死だけを願って生きていた日々。
けれども、地球で待っていたのは「醜い星」。
ブルーが命を懸ける値打ちは、まるで何処にも無かったような。
(……SD体制を倒すためには、地球に行くしか無かったんだが……)
そうだと頭で分かってはいても、感情がついていかなかった。
「こんな星のために、ブルーは死んだのか」と。
命尽きてブルーと会えた時には、何と話せばいいのだろうか、と。
夢の星など、無かったから。
ブルーが焦がれ続けた星には、青い海さえ無かったから。
そうして前の生は終わって、気付けば地球の上にいた。
すっかり地球の暮らしに馴染んだ、今の自分が。
生まれも育ちも、この青い地球で、地球が故郷だと言える自分が。
(……俺もブルーも、青い地球に着いて……)
夢は見事に叶ったんだ、と幾度、心で呟いたろう。
今のブルーと話しただろう。
「地球に来られるとは思わなかった」と、何度も、何度も。
自分たちが地球の住人だなんて、神様がくれた御褒美なのに違いない、と。
(そうやって地球に着いたわけだが…)
夢は叶った筈なんだがな、とコーヒーのカップを傾ける。
「前の俺たちの最大の夢だ」と、時の彼方に思いを馳せて。
叶う筈もなかった、「青い地球」へと辿り着く夢。
青い地球が宇宙の何処にも無いなら、その夢は叶うわけがないから。
(…とんでもない夢が叶ったんだが…)
それ以上を望んじゃ駄目なんだがな、と思いはしても、そうはいかない。
地球に着いても、それで「終わり」ではないのが今の自分だから。
この地球は「旅の終わり」ではなくて、まだ「始まったばかり」の旅。
十四歳にしかならないブルーと、共に歩いてゆくために。
今度こそ二人、誰にも邪魔をされることなく。
(……地球に着いても、終わらないなんて……)
また途方もなくデカい夢だな、と苦笑する。
前の自分が耳にしたなら、「贅沢すぎる」と言うのだろうか。
「地球に着いたら、充分だろう」と、それ以上、何を望むのかと。
(…そうは言っても、前の俺も、だ……)
着いた後の夢は幾つもあったぞ、と折ってゆく指。
前のブルーと夢に見たこと。
「地球に着いたら、これをしよう」と。
(…五月一日に、森にスズランを摘みに行くとか…)
ヒマラヤの青いケシを見に行くだとか、幾つもあった前のブルーの夢。
ホットケーキも、その一つだった。
本物のメープルシロップをたっぷりとかけて、地球の草で育った牛のミルクのバター。
そういう朝食を食べてみたいと、夢見たブルー。
「地球に着いたら」と、赤い瞳を輝かせて。
(…今のあいつは、ホットケーキは食べ放題で…)
夢は叶っているわけだけれど、更に大きく広がった夢。
メープルシロップが採れる砂糖カエデの森、其処へ行こうと。
(……採れるのは、雪がある季節だから……)
その頃に二人で旅をしよう、と今のブルーは夢に見ている。
いつか二人で暮らし始めたら、砂糖カエデの森に出掛けてゆきたいと。
(…前のあいつだと、ホットケーキの朝飯だったが…)
今では砂糖カエデの森だぞ、と口に含んだコーヒー。
「他にも幾つも夢があるな」と、「あいつの夢は、終わっちゃいない」と。
憧れだった地球に着いても。
青い水の星に生まれ変わっても、夢は広がる一方なんだ、と。
まるで尽きない、ブルーの夢。
それと同じに、今の自分の夢も尽きない。
前のブルーと夢に見たこと、それを端から地球で叶えて、もっと、もっと、と。
(…あいつが幸せになってくれるんなら…)
どんな夢でも叶えたいと思うし、そのための努力は惜しまない。
この地球の上で。
前の自分が夢に見ていた、「約束の場所」に着いた今でも。
(……まさか、こうなっちまうとは……)
本当に夢にも思わなかった、と可笑しくなる。
「地球に着いても」、それで願いが叶ったことにはならないなんて。
前のブルーと交わした約束、それらを全て果たし終えても、先があるなんて。
(…流石は本物の地球、ってことか…)
奥が深いな、と浮かべた笑み。
赤黒くもさえ見えた星では、夢は広がりようもないから。
前のブルーと辿り着いても、きっと回れ右していたのだろう。
トォニィたちが、そうしたように。
「百八十度回頭」と操舵士に言って、地球を後にして旅立ったように。
(…ところが、本物の青い地球ってヤツは…)
俺たちを捕らえて離さないんだ、と今のブルーとの約束を思う。
前の生より多くなっている、「地球でやりたいこと」たちの数を。
いつか二人でやる筈のことを、旅やら、他にも様々なことを。
(……地球に着いても、夢は尽きんな……)
贅沢だよな、と思う今の自分の幸せ。
地球は終点ではないのだから。
今のブルーと歩いてゆく道、それは始まったばかりなのだから…。
地球に着いても・了
※前のハーレイの夢は「地球に着く」こと。その地球に生まれたのが、今のハーレイ。
夢は叶ったわけですけれども、それでも尽きない夢の数々。贅沢すぎる幸せ。
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