(……幸せだよね……)
ぼくは幸せ、と小さなブルーが浮かべた笑み。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
今は学校の教師をしていて、チビの自分は、その教え子。
学校では顔を合わせたけれども、家に寄ってはくれなかった。
仕事が早く終わった時には、帰りに訪ねて来てくれるのに。
前のハーレイのマントの色の愛車を、ガレージに停めて。
門扉の脇のチャイムを鳴らして、この部屋の窓へ手を振りながら。
(だけど、幸せ…)
ハーレイの顔は見られたもんね、と学校でのことを思い出す。
「ハーレイ先生!」と呼び掛けて、ペコンと頭を下げた。
足を止めてくれたハーレイに。
恋人らしい会話は出来ない、教師の顔をした愛おしい人に。
(…会える分だけ、幸せだもんね?)
それに、人生バラ色だもの、と小さな胸が温かくなる。
誰が言ったか、「ラヴィアンローズ」。
文字通りにバラ色の人生のことで、今の自分は「そうだ」と思う。
ハーレイとキスは出来なくても。
「俺は子供にキスはしない」と、すげなく断られてばかりの日々でも。
(……そうなっちゃうのは、ぼくがチビだからで……)
いつか大きく育った時には、もう「駄目だ」とは言われない。
前の自分と同じ姿になったなら。
「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた頃の姿を、もう一度、手に入れたなら。
まだ遠い未来のことだけれども、その日は必ずやって来る。
十四歳にしかならない自分が、結婚できる年の十八歳を迎える頃には。
もっと早くに成長したなら、まだ学校の生徒でも…。
(……きっとキスして貰えるよね?)
ハーレイと二人でデートに行って…、と膨らむ夢。
今はデートも禁止なのだけど、ハーレイの家にも行けないけれど…。
(前のぼくと同じ背丈に育ったら…)
キスをしてやる、とハーレイは前に約束してくれた。
その約束を、ハーレイは破りはしないだろう。
学校でキスは出来なくても。
教師と教え子、その関係は、まだ続いていても。
(…学校じゃない所だったら…)
貰えるよね、と思う唇へのキス。
頬や額へのキスとは違って、恋人同士で交わされるもの。
そういったキスを、ちゃんと貰えるのに違いない。
時と場所さえ、選んだなら。
デートに出掛けた先の公園やら、ドライブの途中などだって。
(うん、ドライブにも行けるんだよ)
隣町に住む、ハーレイの両親の家にも遊びに行ける。
夏ミカンの大きな木がシンボルの、憧れの家に。
チビの自分を「新しい家族」と認めてくれている、優しい人たちが暮らしている家に。
(……行きも帰りも、ハーレイの車で……)
濃い緑色の車の助手席に乗って、隣町まで旅をする。
一度目は「紹介」して貰いに。
二回目からは、「ハーレイの未来のお嫁さん」として。
じきに「お嫁さん」になる日が来るから、十回目頃ならば、もう…。
(…新しいお父さんと、お母さん…)
そういう人たちに会いに行くことになるのだろう。
ちょっとしたお菓子なんかを手土産に持って、「パパ、ママ!」と。
(…パパとママだと、おかしいかな?)
子供っぽい響きになりそうだから、「お父さん、お母さん」の方がいいのだろうか。
「パパ、ママ」でも許してくれそうだけれど、背伸びをして。
「子供じゃないよ」と、「ハーレイのお嫁さんだもの」と。
(……どっちでもいいよね……)
大切な人たちに、呼び掛けることが出来るなら。
新しい家族になってくれた人に、会いに行くことが出来るのならば。
(…まだ先だけど…)
その日は必ず訪れるのだし、本当に幸せだと思う。
今はキスさえ貰えなくても。
ハーレイにキスを強請っては、「駄目だ」と断られても。
その度ごとにプウッと膨れて、ハーレイを睨み付けるのが常。
「ハーレイのケチ!」と、両の頬っぺたに空気を詰めて。
リスが頬袋を膨らませるように、不平と不満を一杯に詰めて。
(……リスならいいけど……)
可愛らしいと思うけれども、ハーレイは、そうは見てくれない。
プンスカ怒って膨れてやる度、「フグだな」と言われてしまう顔。
おまけに、大きな両手でペシャンと押し潰される頬。
それは可笑しそうに笑いながら。
「フグがハコフグになっちまったぞ」などと、より酷いモノを持ち出して。
リスの頬袋なら、可愛いのに。
頬っぺたを膨らませた生き物だったら、フグの他にも、ちゃんといるのに。
恋人のことを「ハコフグ」呼ばわりするハーレイ。
とても酷いと思ってはいても、ハーレイが好きでたまらない。
こうして会えずに終わった日だって、思い浮かべて微笑むほどに。
「幸せだよね」と、「ぼくの人生、バラ色だよね」と。
(……ハーレイがいてくれるから……)
君がいるから、ぼくは幸せ、と緩む頬。
どんなにケチで意地悪だろうと、ハーレイがいるから、人生、バラ色。
この先の未来も、何処までもバラ色に染まってゆく。
今よりも、もっと幸せに。
もっと遥かにバラ色になって、人生という道筋に、バラが咲き乱れて溢れるほどに。
(……バラの絨毯……)
その上を歩く、未来の自分が見えるよう。
ハーレイとしっかり手を繋いで。
香り高いバラの花の間を、一面に散り敷いた花びらの上を。
(…ハーレイにバラは似合わない、って…)
シャングリラの女性たちが、ずっと昔に笑ったけれど。
ハーレイにだけは、バラの花びらのジャムが届かなかったのだけれど…。
(……バラの花びらのジャムが、当たるクジ引き……)
女性クルーが「ジャムは如何ですか?」と抱えていた箱。
それはブリッジにも行ったけれども、ハーレイの前は素通りだった。
ゼルでさえもが、クジ引きの常連だったのに。
クジ引きの箱がやって来る度、「どれ、運試しじゃ」と手を突っ込んだのに。
(……ハーレイの前は、箱が素通り……)
誰も異論を唱えなかった。
「キャプテンは、クジ引き、しないんですか?」と尋ねる者さえもいなかった。
ハーレイにバラは似合わないから、「それでいいのだ」と皆が思って。
昔馴染みのゼルやブラウも、笑うだけで知らんぷりをして。
(…だけど、バラ色だったんだよ……)
あの頃だって、と思う人生。
ハーレイの意見は知らないけれども、きっと人生はバラ色だった。
前のハーレイと、シャングリラという船で暮らした頃は。
恋人同士になった後はもちろん、その前だって。
(……ハーレイがいてくれたから……)
どんな暮らしでも、幸せに満ちていたのだろう。
ミュウの未来を憂いていたって、悲しみが胸に満ちていたって。
「ソルジャー・ブルー」という尊称の下に隠れた、「ただのブルー」は。
(…ハーレイも、敬語だったけど…)
常に敬語で通したけれども、ちゃんと「ブルー」を見てくれていた。
ソルジャーではない、ただのブルーを。
それこそ、出会った瞬間から。
メギドの炎で燃えるアルタミラ、地獄だった星で顔を合わせた時から。
(…お前、凄いな、って…)
そう声を掛けてくれたハーレイ。
無意識の内に使ったサイオン、それでシェルターを破壊した後に。
呆然とその場に座り込んでいたら、同じシェルターに閉じ込められていたハーレイが来て。
「他にも仲間がいるだろうから、助けに行こう」と。
(……ハーレイ、怖がらなかったんだよ……)
強すぎるサイオンを持った「ブルー」を。
自分よりも遥かに年上なのだと知った後にも、「チビだからな」と守ってくれて。
身体と同じに心もチビだと、「子供だから育ててやらないと」と。
もしもハーレイがいなかったならば、どうなったろう。
アルタミラからは逃げ出せたとしても、船の仲間たちは、どうだったろう。
(…船を守れるのは、前のぼくだけだから…)
同じように「ソルジャー」と呼ばれたとしても、距離を置かれたかもしれない。
「自分たちとは、全く違う」と、気味悪いものでも見るかのように。
人類がミュウを忌み嫌ったように、ミュウの中でも同じことが起こって。
(……ハーレイの、一番古い友達……)
ハーレイがそう言って、皆に紹介してくれた。
お蔭で怖がる者はいなくて、すんなり溶け込んでゆけた船。
そのハーレイに守られながら育っていって、いつしかハーレイに恋をしていた。
恋をした後は、人生、バラ色。
メギドに向かって飛び立つ前にも、ハーレイのことを想っていた。
そう、死に瀕した瞬間でさえも。
「ハーレイの温もりを失くしてしまった」と泣きじゃくりながら。
(……本当に、君がいてくれたから……)
バラ色だったんだよ、と思う人生。
今の自分の人生もきっと、前よりもバラで一杯だろう。
ハーレイには、バラが似合わなくても。
バラの花びらで作られたジャム、それのクジ引きから外されたのがハーレイでも。
(今だって、ぼくは、君がいるから…)
とても幸せ、とハーレイの姿を思い浮かべる。
誰よりも愛おしい、大切な人を。
キスもくれないケチな恋人、「フグだな」と笑う意地悪な人を…。
君がいるから・了
※今も昔も、ハーレイがいれば、人生がバラ色なブルー君。今度は前よりバラが多くなって。
ハーレイにはバラが似合わなくても、やっぱり人生はバラ色なのですv
(本編の方では「薔薇」と書きましたが、こっちは軽めに「バラ」になりました)
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