(人生、バラ色…)
まさにラヴィアンローズってヤツだ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
今日は会えずに終わった恋人、前の生から愛した人。
会えなかったとはいえ、学校で顔を合わせはした。
「ハーレイ先生!」と、ペコリとお辞儀するブルーに。
十四歳にしかならない恋人、今は教え子になってしまった人に。
(今はチビだが、何年かすれば…)
チビではなくなるのがブルー。
前の生で愛した姿そのまま、それは気高く美しい人になることだろう。
道を歩けば、誰もが後ろを振り返るほどに。
路線バスに乗っても、他の乗客の視線を集めてしまうくらいに。
(……なんたって、ソルジャー・ブルーだしな?)
今も人気の王子様だぞ、と緩む頬。
遠い昔に生きた人なのに、前のブルーの人気は不動。
書店に行ったら、何冊も並ぶ写真集。
その一つを「自分も」買って帰って、引き出しの中に入れている。
『追憶』というタイトルを持っている「それ」を。
表紙を飾ったブルーの瞳が、深い憂いに満ちているのを。
(…今のあいつは、ああいう目にはならないな…)
写真集の表紙になったブルーの写真は、今では一番有名なもの。
正面を向いた顔だけれども、「本当にブルーらしい」と思う。
誰が見付けて世に出したのかは、もう分からなくなっているのだけれど。
前の生では、いくら探しても、見付からなかった写真だけれど。
(……データベースを、端から探してみたのになあ……)
あいつの写真、と前の生のことを思い出す。
前のブルーを失った後に、手元に置こうと探した写真。
けれども、どれも「何処か違った」。
ソルジャーの顔をしたブルーばかりで、毅然としていた赤く澄んだ瞳。
(…いつも隠していやがったから…)
憂いも、それに悲しみもな…、と分かってはいた。
仲間たちが不安を抱かないよう、ブルーは「弱さを見せなかった」と。
そんな人だけに、写真を撮ろうということになれば、あくまでソルジャー。
笑顔で写ったものでなくても、綺麗に拭い去られた憂い。
いつも心の奥深い場所に、沈め続けていた悲しみも。
赤い瞳を覗き込んだら、揺れていた「それ」を。
(…前の俺でも、一枚も持っていなかったのに…)
ブルーの素顔を写した写真、と苦笑する。
それが後世に見付け出されて、広い宇宙に散らばるとは、と。
「ソルジャー・ブルーと言ったら、これだ」と、誰もが思い浮かべるくらいに。
とても美しかった面差し、お蔭で人気は俳優以上。
ミュウの歴史の始まりの人で、メギドを沈めた英雄だから。
(…そんなブルーと、そっくりな姿に育つのが…)
今のブルーで、もう楽しみでたまらない。
チビのブルーが大きく育って、自分の隣にいてくれる日が訪れるのが。
失くしてしまった前のブルーを、正真正銘、取り戻せる時が。
今は、まだ遠い未来の話。
十四歳のブルーが育つまでには、何年もかかる。
結婚できる年の十八歳を迎える誕生日だって、まだ先だから。
(それでも人生、バラ色なんだ…)
あいつに出会えて、一緒に生きていけるんだから、と心に満ちてゆく幸せ。
今日のように「会えずに終わった」日だって、ブルーは生きているのだから。
この時間ならば、とうに眠っているのだろうか。
何ブロックも離れた所で、両親に「おやすみ」の挨拶をして。
暖かなベッドの中にもぐって、小さな身体をコロンと丸めて。
(…でなきゃ、夜更かし…)
あまり褒められたモンじゃないが、とブルーの弱い身体を思う。
前と同じに弱く生まれた、すぐに寝込んでしまうブルーを。
(でもまあ、持病ってヤツは無いしな?)
前のあいつも同じだったが、と時の彼方の記憶を辿る。
ソルジャー・ブルーも身体が弱かったけれど、持病は持っていなかった。
ただただ、壊れやすかっただけで。
虚弱な身体が悲鳴を上げて、パタリと倒れてしまっただけで。
(あいつには、俺も泣かされたんだが…)
我慢強すぎて…、と思い出すのは「ソルジャー・ブルー」。
今のブルーも頑固だけれども、前のブルーは、それ以上だった。
高い熱があっても「大丈夫だよ」と笑んで、すまして会議に出て来たりして。
船の中を視察に回った挙句に、通路で倒れそうになったり。
(…本当に苦労させられたんだ…)
あんなヤツだけに、と「前の自分」の役回りへと思いを馳せる。
ソルジャーが隠し続ける不調を、見抜くのが役目だったから。
「今日は、お休み頂かないと」と、青の間のベッドに押し込むのも。
(……それから、野菜スープ作りだ)
ブルーの食欲が失せていたなら、もう食べ物は喉を通らない。
そんな時には、厨房に出掛けてスープを作った。
何種類もの野菜を細かく刻んで、鍋でコトコト煮込んだものを。
調味料といったら塩だけのものを、「どうぞ」とブルーに飲ませるために。
(何回、あれを作ったことやら…)
数え切れんな、と思うけれども、あの頃の「自分」も幸せだった。
何度、ブルーに泣かされようとも、こまごまと気を配りながら。
恋人同士になった後はもちろん、「一番古い友達」だった時代も。
そうだっけな、と船での日々を思い返して、ハタと気付いた。
シャングリラという船で暮らした時代も、また「バラ色」ではなかったか、と。
船の中だけが世界の全てで、何処に行くことも叶わなくても。
(…前のあいつと一緒に、旅して…)
地球を探して宇宙を巡って、雲海の星、アルテメシアに辿り着いた。
三百年近くも雲海の中に潜み続けて、その間に、様々なことがあったけれども…。
(……あいつがいたから……)
きっと幸せだったのだろう。
ブルーの身体が弱り始めて、「地球までは持たない」と悟らされても。
愛おしい人を失くした時には、後を追おうと考えていても。
(…前の俺は、前のブルーに恋して…)
恋をし続けて、こうして生まれ変わって来た。
気が遠くなるほどの時を飛び越え、青い地球の上に。
前のブルーの生まれ変わりの、チビのブルーと「また」出会うために。
それは「ブルーがいてくれた」から。
今も昔も、ただブルーだけを愛して、想い続けているから。
(……人生、バラ色……)
前の俺もな、と前の自分の肩を叩いてやりたくなる。
「お前さんもか」と、「お互い、人生、バラ色だよな」と。
(…うんと幸せに生きてたんだな、前の俺も…)
前のあいつを失くした後には、どん底になっちまったんだが…、と零した溜息。
バラ色の人生は色を失い、すっかり闇に沈んでしまった。
いつの日かブルーの許に行こうと、それだけを思った地球までの旅路。
「地球に着いたら、俺の役目は終わるんだ」と。
前のブルーが遺した言葉を、頼まれたことをやり遂げたなら。
(……ソルジャーが、あいつだったから……)
頼みを聞くことも出来たんだ、と今だから思う。
あれがブルーの言葉でなければ、従ったりはしなかったろう。
すぐにでもブルーを追ってしまって、船はキャプテンを失くした筈。
地球を目指しての長い旅路が始まる前に。
(…そもそも、あいつがいなかったなら…)
キャプテンなんかに、なっちゃいないな、という気もする。
前のブルーが「なって欲しい」と頼みに来たから、キャプテンの道に転身した。
ブルーを支えられるキャプテン、そういう存在になれたなら、と。
(アルタミラでも、あいつがいたから…)
他のミュウたちを助けて回って、皆で宇宙へ逃げ出せた。
出会ってすぐに「息が合った」のも、「ブルーだったから」。
ブルー以外のミュウだったならば、あんな風には…。
(……いかなかった、って気がするなあ……)
アルタミラからの脱出劇も、それから後の長い旅路も。
前のブルーを失っても、なお、ひたすらに地球を目指した道も。
(……あいつがいたから……)
頑張れたのが前の俺だ、と改めて思うブルーの「重さ」。
今の人生がバラ色なように、前の人生も「バラ色」に染めていてくれた人。
だから今度も、人生は、きっと最後までバラ色だろう。
平和な地球に生まれたブルーは、逝ってしまいはしないから。
ただ一人きりでメギドへと飛んで、戻らなくなることは無いから。
(うんうん、あいつがいるから、ってな)
俺の人生、バラ色なんだ、と傾ける愛用のマグカップ。
ブルーさえいれば、人生は何処までも最高に幸せな、ラヴィアンローズ。
今も昔も、そういう幸せ一杯のもの。
そう、ブルーさえいたならば。
「あいつがいるから、幸せなんだ」と、愛おしい人を想って微笑みながら…。
あいつがいるから・了
※人生、バラ色なハーレイ先生。今はもちろん、前の生でもバラ色だったみたいです。
ブルーさえいれば、ラヴィアンローズ。今度こそ、幸せ一杯の人生になるのでしょうね。