(……ふうむ……)
この所、とんと御無沙汰なんだが…、とハーレイが眺めた新聞広告。
ブルーの家には寄れなかった日、夕食の後のダイニングで。
折り込みチラシの広告ではなく、紙面に載っている広告。
記事の下の方に、目に付くように。
ブライダル関係の店のものだから、新郎新婦の写真もつけて。
職業柄、列席することが多い結婚式。
あちこちの学校に赴任するから、次々に増える同僚たち。
自然と付き合いが増えてゆくだけに、結婚式への招待も多い。
「是非、来て下さい」と声を掛けられ、招待状が送られて来て。
以前の学校の同僚からも、ある日、招待状が届いて。
けれど、最近、行ってはいない。
小さなブルーと再会してから、ただの一度も。
(まあ、偶然ってヤツなんだがな?)
それにその方が有難いが…、と思いもする。
結婚式に招待されたら、確実に潰れてしまう休日。
ブルーの家を訪ねたくても、結婚式が優先になってしまって。
(あいつが家でポツンとだな…)
寂しく過ごしているだろう頃に、自分の方は結婚式に披露宴。
新郎新婦を祝福した後、それは華やかなパーティーの席に招かれて。
(……なんだか、後ろめたいしな?)
小さなブルーが憧れている結婚式。
「早くハーレイと結婚したいよ」と夢を見ながら。
他人のものでも、きっとブルーは「いいな…」と言うに違いない。
幸せ一杯の新郎新婦を祝福できて、おまけにパーティーなのだから。
「ぼくも一緒に行きたいのに…」などと、無茶なことを言って。
招待されていない客など、披露宴には行けないのに。
結婚式には、誰でも参列できても。
教会の前を通りかかった人なら、その場で一緒に祝福できる習わしでも。
そういう意味では、招待状が届かないのは嬉しいこと。
ブルーが「いいな…」と零さないから。
「すまんな」とブルーの家に行くのを断り、披露宴などに出なくていいから。
(…いずれ、あいつが主役になるまで…)
招待状なんかは来なくていいな、という気がしないでもない。
小さなブルーが大きく育って、結婚式を挙げられる日まで。
ウェディングドレスか白無垢なのか、まだ決まってもいないけれども、花嫁衣装を纏って。
(それでも俺はかまわないなぁ…)
ブルーの寂しそうな顔を見るより、結婚式には行けない方が。
何度ポストを覗いてみたって、招待状が入っていない方が。
(…俺の年だと、どちらかと言えば、出す方で…)
待っている者も、きっと少なくないだろう。
学校の同僚たちはもちろん、柔道や水泳の仲間たちでも。
「あいつの結婚式はまだか?」と気をもんでいる、大先輩だっているに違いない。
若い頃には、モテていただけに。
「プロの選手にならないか?」という声が来ていた頃には、女性ファンも多かったから。
(いい子を見付けて、結婚しろよ、と…)
肩を叩いた先輩もいた。
「今なら選り取り見取りだから」と、ウインクをして。
プロの道には進まないにせよ、付き合っておけばいいだろうに、と。
(しかしだな…)
何故だか、とんと御縁が無かった。
あれほど女性に囲まれていても、花束などを貰っても。
差し入れをくれた女性も多かったけれど、「付き合おう」とは思わないままで。
デートの一つもしたことが無い、と明かせばブルーは喜ぶだろうか。
女性の方では、「あれはデートだ」と思ったとしても。
他の友人の「彼女」も交えて、バーベキューなどはしていたから。
いつも差し入れをくれる女性たちを招いて、それは賑やかに。
(…ピンとくる子が、いなくてだな…)
とうとう誰とも「付き合わない」まま。
愛車の助手席に一人だけ乗せて、ドライブに出かけてゆくこともせずに。
けれど、ブルーと出会わなかったら、どうだったろう。
今も気楽な独り身のままで、のんびり過ごしていたならば…。
(ある日バッタリ、俺のファンだった誰かと出会ってだ…)
せっかくだからと、一緒にお茶か、食事か。
そして相手も独り身だったら、「またお茶でも」となっていたかもしれない。
お互い時間はたっぷりあるから、気が向いた時に都合を合わせて。
お茶に食事にと繰り返す内に、ドライブにも誘う日が来たろうか。
「俺が車を出すから」と。
車を運転するのは好きだし、行きたい先が一致したなら。
(そうして楽しくやっている内に…)
とても気が合う、と気付いたならば、その後のことはトントン拍子。
「自分の家」は持っているから、プロポーズして。
子供部屋までついている家で、「俺と暮らしてくれないか」と。
(…断られるってことは、無いだろうしな?)
婚約指輪を渡せたならば、日取りを決めて結婚式。
この家に妻になる人を迎えて、きっと幸せ一杯の日々。
やがて子供も生まれるだろうし、そうなれば自分は「パパ」になる。
女の子だったら、お姫様のように大事にしたろうか。
生まれて来た子が男だったら、柔道や水泳を教えたろうか。
(俺が親父に習ったみたいに…)
釣りも教えたに違いない。
女の子でも、ピクニックのついでに「やってみるか?」と。
後ろから釣竿を支えてやって、「ほら、引いてるぞ」と。
きっと、そういう人生もあった。
ブルーと出会っていなければ。
前の生から愛したブルーと、あの日に再会しなかったなら。
忘れもしない五月の三日に、赴任した先の学校で。
初めて入ったブルーのクラスで、小さなブルーに聖痕が現れなかったならば。
(……そうするとだ……)
もしも、出会うのが遅すぎたら。
小さなブルーと再会するのが、まだ何年も先だったなら。
(…俺はとっくに、嫁さんを貰っちまってて…)
愛する子供の一人や二人も、いたかもしれない。
家に帰れば「パパ!」と迎えてくれる子供が。
夕食を作って「おかえりなさい」と、笑顔で待っている妻も。
(……それでブルーと出会ったら……)
どうすればいいと言うのだろう。
大切な妻も子供もいるのに、ブルーが目の前に現れたら。
「帰って来たよ」と健気に微笑み、「ただいま」と瞳が煌めいたら。
(…俺が独身だったから…)
そのままブルーを受け止めたけれど。
「俺のブルーだ」と喜んだけれど、家族がいたなら、そうはいかない。
どんなにブルーが愛おしくても、ブルーの想いは受け入れられない。
そうすれば「家族」が壊れるから。
妻も子供も、見捨ててしまうことになるから。
(俺には出来んぞ、そんな選択…!)
どれほどブルーが欲しくても。
ブルーの方でも、「ハーレイ」と一緒にいたがっても。
(…すまん、と頭を下げるしか…)
なかったろうな、と容易に想像がつく。
あの日、再会を遂げたブルーを、抱き締めることは出来なくて。
「今の俺には、家族がいるんだ」と、消え入りそうな声を絞り出して。
青い地球の上で再会できても、もう一緒には暮らせないから。
ブルーの想いには応えられなくて、自分の恋さえ消すしかない。
「今の自分」の大事な家族を、バラバラにしたくないのなら。
愛する妻や可愛い子供を、捨てることなど出来ないから。
(……あいつも辛いが、俺だって……)
とても辛くて、苦しい思いをしただろう。
前の生から愛した人を、手に入れられなくて。
そうするどころか、逆に別れを告げるしかなくて。
(あいつと会うのが、遅すぎたら…)
全ては違っていたかもしれん、と恐ろしくなる。
「そんなことは、無いに決まっているさ」と分かってはいても。
ブルーに聖痕をくれた神なら、出会いの場まで用意してくれた筈、と知ってはいても。
(…俺に嫁さんと子供がいるってヤツは…)
それだけは勘弁願いたいな、と改めて眺めた新聞広告。
結婚式を挙げるのだったら、ブルーしか考えられないから。
ブルーと式を挙げられないまま、妻や子供と暮らしてゆくのは辛すぎるから。
(本当に、少し遅すぎたら…)
無いとは言えなかったんだ、と竦める首。
ブルーと出会えて良かったよな、と。
他の誰かと結婚式を挙げて、妻や子供に囲まれる前に…。
遅すぎたら・了
※ハーレイ先生が気付いた、ブルー君との「出会いの時が遅すぎたら」という話。
そんなことは無い、と分かってはいても怖いですよね。ブルー君と暮らせないなんて…。