(……えーっと……)
そろそろ持って来てくれるのかな、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
きっと近い内に、その人が持って来てくれる筈。
夏ミカンの実から作った、金色をしたマーマレードを。
隣町で暮らすハーレイの両親、優しい人たちからのプレゼントを。
(マーマレード、ずいぶん減って来たから…)
ハーレイに告げてはいないけれども、催促する気も無いのだけれど…。
(切らしちゃう前に、絶対、届けてくれるんだものね)
学校の帰りに寄る日ではなくて、週末に。
土曜日だとか日曜が来たら、マーマレードの瓶を紙袋に入れて提げて来て。
(受け取っちゃうのは、ママなんだけど…)
ハーレイの声が耳に聞こえるよう。
「もう、そろそろかと思いまして」と、マーマレードを手渡す時の。
部屋の窓から見下ろしていたら、笑顔の二人が見えるから。
マーマレードが入った袋が、ハーレイの手から母の手に移動してゆくのも。
(…多分、今度の土曜か、日曜…)
そんな景色が窓から見られることだろう。
門扉の脇のチャイムが鳴って、ハーレイに手を振ろうとしたら。
「ぼくは此処だよ!」と精一杯に手を振っていたら、振り返されて。
(…ママが門扉を開けに行くから…)
其処から庭に入った所で、マーマレードが引越しをする。
ハーレイの手から、母の手へと。
母にキッチンへと運んでゆかれて、この家のダイニングが定位置になって。
(マーマレード、ママたちも大好きだもんね?)
夏ミカンの実のマーマレードは、とても美味しい。
太陽の光を閉じ込めたような、金色に輝くマーマレード。
一度食べたら、きっと誰もが気に入るだろう。
家にある間は、毎朝、食卓に置きたくなって。
こんがりキツネ色に焼けたトースト、それにたっぷり塗り付けたりして。
(…スコーンに塗っても、美味しいんだよ)
遥かな昔は、スコーンを食べるのにマーマレードは、マナー違反だったらしいけれども。
マーマレードは朝食のもので、午後のお茶には出さないもので。
(そんなこと、今は言わないものね)
初めて貰ったマーマレードは、ハーレイと一緒にスコーンに塗った。
庭で一番大きな木の下、白いテーブルと椅子の所で。
ハーレイと初めてデートした場所で、母に注文したスコーンを二人で頬張って。
(だけど、あの時のマーマレードは…)
一番乗りで食べるつもりが、両親に先を越されていた。
起きて行ったら、朝のテーブルにマーマレードの瓶が置かれて。
父が「美味いぞ」と笑顔を向けて、母も優しく微笑んでいて。
(…ぼくが貰ったマーマレードなのに…)
本当の所はそうだったのに、両親に言えるわけがない。
「未来のハーレイのお嫁さん用に、くれたんだから」なんて。
ハーレイも、そうは言えはしないし、「皆さんでどうぞ」と差し出すしかない。
だから、夏ミカンの実のマーマレードは…。
(……パパとママが、先に食べちゃってても……)
ごくごく自然で、普通のこと。
まだぐっすりと寝ている息子は、放っておいて。
けして「放っておく」つもりなど無くて、親切に瓶を開けてくれただけ。
一人息子が起きて来たなら、マーマレードを食べられるように。
ハーレイが家を訪ねて来た時、「美味しかったよ」と報告できるようにと。
そうだったのだと分かっているから、言えなかった文句。
とてもガッカリしたのだけれども、「酷い!」と怒りはしなかった。
ただションボリと肩を落として、ハーレイの顔を見上げただけ。
「マーマレード、先に食べられちゃった」と、悲しい気持ちを訴えながら。
(…じきに空っぽになっちゃうよ、って…)
その心配も口にした。
両親も「美味しい」と褒めているなら、マーマレードは早く減ってゆく。
朝の食卓に、毎日、置かれて。
父も母もスプーンでたっぷり掬って、トーストに塗るのだろうから。
(最後の一口は、ぼくが貰えても…)
マーマレードは、それでおしまい。
また食べたくても、二度と貰えはしないから。
ハーレイの両親がくれたプレゼントは、一回限りの特別なもの。
二度目なんかがあるわけがないし、金色に輝くマーマレードは、その内に…。
(すっかり空になってしまって、瓶だって…)
母が返すのに違いない。
綺麗に洗って、「また、お使いになるんでしょう?」と。
来年のマーマレード作りに備えて、ハーレイの母の手元に戻るように。
(そうなっちゃうよ、って思ってたから…)
気分はドン底だったけれども、ハーレイは笑い飛ばしてくれた。
「そんな心配なら、要らないぞ」と。
マーマレードは山ほどあるから、気に入ったのなら、くれるという。
「特別なプレゼント」とは違うけれども、いくらでも。
いつか新しい家族に迎える子供のためなら、ハーレイの両親も喜ぶから、と。
(……ホントに、ハーレイが言った通りで……)
マーマレードが半分くらいに減って来た頃、「まだあるのか?」と尋ねられた。
「切れちまったら、大変だしな?」と、新しく届けられた瓶。
前に貰ったのと、そっくり同じ。
太陽の光を詰め込んだ瓶を、ハーレイは提げて来てくれた。
「お母さんに渡しておいたからな」と、パチンと片目を瞑ってみせて。
それ以来、ずっと続いているのが、マーマレードの定期便。
「そろそろかな?」と思っている間に、新しい瓶がやって来る。
ハーレイは片手でポンと開けるのに、両親は開けるのに手間取る瓶が。
しっかりと蓋が閉まっているから、そう簡単には開かない瓶が。
(…ハーレイが帰って行く時は…)
空の瓶を提げてはいないけれども、それは前のが残っているから。
瓶がすっかり空になったら、母が洗って手渡している。
「頂いてばかりですみません」と、帰り際に。
「お母様たちにも、よろしくお伝え下さいね」と。
(…ハーレイのお父さんと、お母さん…)
まだ会ったことは無いけれど。
写真さえも見せては貰えないけれど、ハーレイの父は釣りの名人。
(ヒルマンに、少し似てるって…)
前にハーレイから、そう聞かされた。
マーマレード作りの名人の母は、誰に似ているとも聞いていないから…。
(…前のぼくだと、ピンと来ない顔…)
白いシャングリラでは、見なかった顔に違いない。
ついでに今の学校の中にも、ハーレイの母に似た人はいない。
(どんな顔のお母さんなんだろう?)
まるで想像できないからこそ、一日でも早く会いたいと思う。
隣町の家に、出掛けて行って。
ハーレイの車の助手席に乗って、庭に夏ミカンの木がある家まで。
その日が来るのが楽しみだよね、と思った所で気が付いた。
今のハーレイには両親がいて、父はヒルマンに少し似ているけれど…。
(…前のハーレイだと、お父さんなんか…)
何処を探してもいなかった。
養父母はいても、血が繋がった両親などは。
その上、養父母の記憶も失くして、子供時代は無いも同然。
前の自分も全く同じで、あの時代には無かった「家族」。
赤いナスカで、トォニィたちが生まれるまでは。
(…今だと、いるのが当たり前なのに…)
家族がいるって、普通なのに、と驚かされた。
今の自分には「普通のこと」でも、前の自分には「違う」らしい、と。
家族なんかは持っていなくて、いつか持てるとも思わなかった。
そういう世界ではなかったから。
機械が選んだ親子関係、それだけが「家族」だったから。
(…今のぼくは、ハーレイのお父さんとお母さんの…)
新しい息子だと言って貰えて、いずれ本当に息子になれる。
前の自分と同じ背丈に育ったら。
今のハーレイと結婚したなら、ハーレイの家族になるのだから。
ハーレイの両親の子供になって、ハーレイの方も…。
(…パパたちの息子になるんだよね?)
ちょっとビックリ、と目が丸くなる。
父と殆ど年が変わらないハーレイなのに、「息子」だなんて。
母とも兄妹で通りそうなのに、やっぱり「息子」。
(家族がいるって、うんと素敵で…)
面白いよね、と可笑しくなる。
ハーレイが両親の息子になったら、「大きすぎる息子」なのだから。
けれど、その日が待ち遠しい。
ハーレイの家族になれる日が来たら、二人で暮らしてゆけるから。
前の生から焦がれた青い地球の上で、ハーレイと家族になれるのだから…。
家族がいるって・了
※ブルー君には、当たり前のようにいる両親。今のハーレイにも、いて当たり前。
けれども、前は違ったのです。それが今度は、ハーレイの家族になれるんですよねv