(……ふうむ……)
そろそろ頼んでおかないと、とハーレイが思い浮かべた恋人。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
(この前、持って行ったのは…)
いつだったか、と指を折りながら、考えるのはマーマレードのこと。
小さなブルーも大好物の、夏ミカンの実で作られたもの。
(親父とおふくろからのプレゼントだ、と…)
初めて届けてやった日のことは、今も決して忘れはしない。
いつか家族になるブルーのために、と隣町に住む両親が寄越したマーマレード。
夏ミカンの木は、その家のシンボルツリーだから。
(金色の実がドッサリ実ったら、親父が採って…)
せっせとキッチンに運び込むのを、母が洗ってマーマレードに仕上げる。
皮を剥いて、マーマレード用に刻んで。
中の実だって、きちんと果汁を搾り取って。
(トロトロになるまで、鍋でコトコト煮込んでだな…)
それから瓶詰め、その瓶がまた特別と来た。
蓋がしっかり閉まっているから、並みの力では開かないと聞く。
(俺だと、片手でポンと開くんだが…)
ブルーの家では、そんな具合にはいかないらしい。
「開け方にコツがあるんですか?」と、ブルーの両親に尋ねられたほど。
新しい瓶を開ける時には、二人がかりだと言っていた。
ブルーの父が全力で捻って、ブルーの母がサイオンを乗せて。
(そうやって開けたマーマレードを…)
両親に先に食べられてしまった、と嘆いたブルー。
一番最初のマーマレードは、そうなったから。
(まさかブルーにプレゼントだとは、言えんしな?)
皆さんでどうぞ、と渡した結果が、それだった。
ブルーは一番乗りを逃して、両親が先に食べてしまって。
夏の日の出来事だったけれども、マーマレードは今は定番。
決して切れることが無いよう、早めに届けに出掛けている。
ブルーの家の朝の食卓、そこに金色があるように。
隣町の家で生まれたマーマレードを、ブルーに食べて貰えるように。
(明日あたり、親父に通信を入れて…)
一瓶、届けて貰わなければ。
ブルーのためのマーマレードを。
(纏めて頼めば、早いんだがな…)
マーマレードの瓶なら、隣町の家に山ほど。
一度に幾つか貰っておいたら、当分の間は、頼まなくても済むけれど…。
(それじゃ、親父が納得しないんだ)
おふくろもな、と分かっている。
すっかり大きく育ってしまった息子であっても、子供は子供。
いつまで経っても「大事な息子」で、かまいたくなってしまうもの。
マーマレードを届けるついでに、他にも何かついてくるとか。
(おふくろが多めに作ったから、と…)
父が総菜を持って来ることは珍しくない。
そうかと思えば、帰宅したら父がいることだって。
「先にやってるぞ」と夕食を作って、味見しながら待っているとか。
釣って来た魚を自分で捌いて、「美味そうだろう?」と得意げな顔で。
(…今度も、きっとそうなるんだな)
ブルーのためにと、マーマレードを頼んだら。
「纏めて届けてくれればいいから」と言っておいても、そうはしないで。
(お前の分も、届けに来たぞ、という程度でだ…)
マーマレードは、二瓶もあれば上等だろう。
次に届けに来る時のために、最初から数を控えめにして。
(…はてさて、親父が釣った魚か、おふくろの料理か…)
今度のオマケは、どちらだろう。
「マーマレードを届けてくれ」と頼んだら。
通信機の向こうで、父か母かが、ブルーの家に届ける分もだ、と確認したら。
(どっちになるかは、分からんな…)
きっと、その日の両親の都合と気分次第。
「釣りに行くか」と父が思っていたなら、父が得意な魚料理。
特に計画していなかったら、母が何かを作るのだろう。
「多めに作ったから」と言いつつ、初めから「多めに作る」つもりで。
普段は離れて暮らす息子に、「おふくろの味」を届けたくて。
(…どっちにしたって、美味いんだ…)
父が作った魚料理も、母が作ってくれる料理も。
どちらも子供の頃から馴染んで、数え切れないほど食べて来たから。
(ゴージャスな飯でなくっても…)
美味しく感じられるもの。
父が、母が、作ってくれるのだから。
もう文字通りに「おふくろの味」で、ついでに「親父の味」になるから。
(いいもんだよなあ…)
家族ってのは、と改めて思う。
いずれ家族が増えた時には、ブルーも「あの味」に馴染むのだろう。
両親が心待ちにしている「新しい息子」。
今は夏ミカンの実のマーマレードだけしか、ブルーには食べて貰えないけれど。
いつかブルーと結婚したなら、一人増える家族。
その日を思うと頬が緩むし、早く両親に紹介したい。
「この子がブルーだ」と、前に押し出して。
恥ずかしがって頬を染めていたって、「遠慮するな」と両親の家に連れて入って。
(…そうなりゃ、四人家族になるんだ)
今は三人家族だけれども、ブルーが入れば四人になる。
ダイニングの椅子も、ブルーの分が増えるのだろう。
(…椅子の数だけは、今でも足りているから…)
新しく買いはしないとしても、そこに出来る「ブルーのための席」。
その席は、きっと…。
(俺が昔から座ってた席の、すぐ隣だな)
あそこだろう、と目に浮かぶよう。
ブルーが其処に座る姿も、今の小さなブルーのままで。
(流石に、チビじゃないんだろうが…)
前とそっくり同じ背丈に育ったブルーが、新しい家族になるとは思う。
けれど頭に浮かぶのはチビで、十四歳にしかならないブルー。
(すっかり馴染んじまったからなあ…)
今のあいつに、と苦笑していて気が付いた。
遠く遥かな時の彼方と、今の違いに。
前の自分が生きた世界と、青い地球での暮らしは違うということに。
(……家族なんかは……)
何処を探してもいやしなかった、と前の生の記憶を遡ってゆく。
ナスカの子たちが生まれて来るまで、あの世界に「家族」はいなかった。
子供は全て、人工子宮から生まれた時代。
それを養父母たちが育てて、十四歳を迎えたら…。
(成人検査で、養父母と引き離されちまって…)
子供時代の記憶も消されてしまったほど。
大人の社会で生きてゆくのに、子供時代は不要とされて。
(俺たちみたいに、ミュウじゃなくても…)
両親の記憶は薄れてしまって、誰も疑問に思わなかった。
そういうものだと誰もが信じて、逆らいさえもしなかった世界。
(……あそこで生きていた俺は……)
成人検査と、その後に受けた人体実験、それに記憶を奪い去られた。
養父母の記憶は欠片も残らず、前のブルーも全く同じ。
それが今では、二人とも「家族」を持っている。
今の自分には、隣町に住む父と母。
チビのブルーには、同じ家で暮らす両親が。
(でもって、俺たちが結婚したら…)
どちらの家にも、家族が一人増えるのだろう。
「新しい息子」が一人ずつ。
(…俺の場合は、えらくデカすぎる息子なんだが…)
あいつの親父さんと変わらないぞ、と可笑しいけれども、新しい息子には違いない。
ブルーの父とは、それほど年が変わらなくても。
母の方とも、兄妹で通りそうな年でも。
(面白いもんだな…)
家族がいると、と今の自分には「当たり前」のことが面白い。
前の自分が生きた時代と比べたら。
「おふくろの味」さえ無かった世界を、こうして思い返してみたら。
(…まさに神様に感謝ってヤツだ)
ブルーと出会えたことも嬉しいけれども、「家族がいる」のが、とても嬉しい。
本物の父と母がいるのが、そして家族が増えてゆくのが。
(どっちにも親戚がいるもんだから…)
更に繋がりは広がってゆくし、なんと素晴らしい世界だろう。
「家族がいると、こうも違うか」と何もかもが違って見えてくる。
そんな世界で、いつかはブルーと…。
(新しい家族になれるんだ…)
結婚してな、と大きく頷く。
大切な未来の家族のためにも、マーマレードを頼んでおこう。
「届けてくれ」と、隣町の家に通信を入れて。
いつか家族になるブルーの家まで、マーマレードを届けなければいけないから…。
家族がいると・了
※今のハーレイには「当たり前のように」いる両親。隣町で離れて暮らしてはいても。
けれど、前の生では家族なんかはいなかったのです。それが今度は、ブルーとも家族にv
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