(……うーん……)
やっぱりハーレイ、背が高いよね、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
けれど、学校では会えた。
教師と生徒の間柄でも、交わせた言葉。
廊下で出会って、少しの間、立ち話。
恋人同士の会話ではなくて、ごくごく普通の話題だけれど。
(だって、ハーレイ先生だもの…)
学校でハーレイと話をするなら、あくまで「教師と教え子」として。
「ハーレイ先生!」と「先生」をつけて、敬語で話して。
(…もう慣れたけど…)
すっかり慣れてしまったけれども、そうしてハーレイと話したら…。
(ぼくの背、ちっとも伸びてない、って…)
分かっちゃうよね、と残念な気分。
話している間は、まるで気が付かないけれど。
ハーレイの顔を見上げているだけで、もう充分に幸せだから。
「首が痛いよ」と思いもしないし、大満足の立ち話。
それをこうして思い返したら、「ぼくの背、低い…」と気付かされる。
ハーレイの方が、うんと背が高いから。
前の生での背丈の差よりも、ずっと大きく違っているのが今だから。
青い地球でハーレイと再会してから、季節は移り変わっていった。
春から夏へ、そして秋へと。
(…夏は木だって、草だって…)
面白いくらいに伸びる季節で、育ち盛りの子供も同じ。
夏休みの間にグンと背丈が伸びてしまって、会ったら驚かされるような子だっている。
だから「ぼくも」と思っていたのに、一ミリも伸びずに終わった背丈。
制服のサイズも変わらないまま、今に至っている始末。
(前のぼくと同じ背丈になるまでは…)
ハーレイはキスを許してくれない。
何度強請っても、叱られてばかり。
「キスは駄目だと言っただろう」と、「俺は子供にキスはしない」と。
それが不満でプウッと膨れても、ハーレイは「フグみたいだな」と笑うだけ。
「ハーレイのケチ!」と怒ってみたって、プンスカ膨れてやったって。
(…ぼくが膨れていたら、頬っぺた…)
大きな両手で、ペシャンと押し潰されたりもする。
「フグがハコフグになっちまったぞ」と、面白そうに。
恋人の顔を潰して遊んで、気にも留めない今のハーレイ。
(……ぼくの背、ちっとも伸びないから……)
余計にそうなってしまうのだろう。
きっとハーレイの頭の中には、「育ったブルー」はいはしない。
「チビのブルー」が入っているだけで、大きなブルーは「前のブルー」だけ。
今の自分の「恋敵」の。
どんなにフーフー毛を逆立てても、決して勝てない「前の自分」。
あちらは大きく育った姿で、ハーレイの心に住み着いている。
キスも、その先のことも出来る姿で。
前のハーレイが失くしたブルーが、そっくりそのまま。
(…今のぼくじゃ、敵わないんだから…)
ソルジャー・ブルーと呼ばれた人には。
今もハーレイが忘れられない、時の彼方に消えた人には。
(…ハーレイの車が、前のハーレイのマントの色なのも…)
そのせいなのだ、と分かっている。
ハーレイが車を買おうとした時、白い車に惹かれたという。
「これもいいな」と思ったらしいし、濃い緑よりは青年に似合う色が白。
けれど、ハーレイは選ばなかった。
何故だか「違う」と感じ取って。
「俺の車は、この色じゃない」と、白い車はやめてしまって。
(……白は、シャングリラの色だから……)
乗りたくなかったんだろう、と今のハーレイは話していた。
白いシャングリラに乗ってゆくなら、ハーレイだけでは寂しいから。
共に旅をした「ソルジャー・ブルー」がいないドライブなど、悲しいだけ。
前のハーレイは、そういう旅を続けたから。
「何処までも共に」と誓い合った人が、何処にもいなくなってから。
その人が遺した言葉に縛られ、たった一人で。
シャングリラを地球まで運ぶためにだけ、キャプテンとして舵を握り続けて。
(……あんまり悲しすぎたから……)
今のハーレイは白い車を避けた。
愛した人を乗せられないなら、そんな船など要らないから。
船ではなくて車だけれども、「前のブルー」をどうしても忘れられなくて。
前世の記憶が戻らなくても、ハーレイは忘れていなかった。
遠く遥かな時の彼方で、恋をした人を。
長い月日を共に暮らして、メギドに向かって飛び去った人を。
「前の自分」は、今もハーレイの中に住んでいる。
何かのはずみに顔を出しては、ハーレイを悲しませたりもして。
今の自分が此処にいるのに、恋敵として。
どう頑張っても勝てない姿で、きっとハーレイとキスも交わして。
(……そっちも、同じぼくなんだけど……)
背が足りない分、うんと不利だよ、と項垂れる。
前の自分と同じ背丈にならない限りは、ハーレイのキスは貰えない。
どんなに「ハーレイのケチ!」と言っても、馬耳東風で。
膨れてもサラリと躱された上に、頬っぺたをペシャンと押し潰されて。
(…ぼくだって、背が伸び始めたなら…)
負けないのにな、と悔しい気持ち。
少しずつでも伸び始めたなら、日に日に「前の自分」に近付く。
そうなったならば、ハーレイだって…。
(今みたいに余裕たっぷりじゃ…)
いられないような気がするんだけれど、と傾げた首。
チビだからこそ、膨れた時には「フグ」で「ハコフグ」。
それが似合いの子供なのだと、ハーレイの瞳に映るから。
前の自分とは月とスッポン、「銀色の子猫」がフーフー怒っているだけだから。
(だけど、今より大きくなったら…)
もう「銀色の子猫」ではない。
鏡に映った自分に向かって、「恋敵だ」と喧嘩を売るような。
ハーレイの中に住む前の自分に、本気で嫉妬するような。
何故なら、「同じ自分」だから。
「銀色の子猫」は大きく育ち始めて、じきに「銀色の猫」になるから。
そうなった時は、ハーレイの目にも「銀色の猫」が映るのだろう。
まだ完全には、育ち切ってはいなくても。
一回りほど小さな姿であっても、「子猫」ではない猫の姿が。
(…そういうぼくなら、前のぼくにも負けないんだよ)
ハーレイの頑固な心にしたって、きっとグラグラするだろう。
心の中に住み着いている、「前のブルー」が目の前にチラつき始めたら。
ハーレイの瞳に焼き付いた姿と、今の自分が少しずつ重なり始めたら。
(…絶対、ハーレイも揺れるんだから…)
間違いないよ、と自信がある。
「キスは駄目だ」と叱りながらも、心の中ではガッカリだろう、と。
「もう少しだけの辛抱なんだ」などと、自分自身に言い聞かせながら。
(…前のぼくに、どんどん似てくるんだものね?)
日ごとに姿が似始めたならば、今度はハーレイが「我慢する」番。
こちらの我慢も続くけれども、それは前からの我慢の続き。
でも、ハーレイの方はと言えば…。
(余裕たっぷりで笑っていたのが、笑えなくなって…)
自分で作っておいた決まりを、破りたくなることだろう。
「あと少しだしな?」などと、緩めたい気分になってしまって。
背丈が僅かに足りないだけなら、「もういいだろう」と考えもして。
(…そうなっちゃったら、今の仕返し…)
ぼくも我慢だけど、ハーレイも我慢、と可笑しくなる。
きっとハーレイは「決まり」を破れはしないから。
ありったけの理性を総動員して、懸命に守る筈だから。
(必死なんだよ、って分かっているから、今と同じで…)
ハーレイにキスを強請ってやろうか、自分の背丈が伸び始めたなら。
前の自分とそっくり同じ姿になる日が、どんどん近付き始めたら。
(…知らんぷりして、「ぼくにキスして」って…)
そう言った時に「キスは駄目だ」と返すハーレイ。
眉間には皺があるだろうけれど、その皺はきっと緩んでいる。
今よりも、ずっと。
懸命に刻んで見せているだけで、本当は「ブルーにキスをしたくて」。
(……楽しみだよね?)
そんなハーレイ、と思うから、その日を夢見て微笑む。
今は少しも伸びない背丈が、順調に伸び始めたなら、と。
「銀色の子猫」が「銀色の猫」に育ち始めて、前の自分と重なったなら、と。
きっと、その日はやって来るから。
まだまだ遠い未来のことでも、いつか必ず「銀色の猫」になれるのだから…。
伸び始めたなら・了
※少しも伸びない、ブルー君の背丈。自分でも悔しい気分ですけれど…。
背丈がぐんぐん伸び始めたら、ハーレイ先生が困る番。「キスは駄目だ」は辛いですよねv
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