(……うーむ……)
相変わらずチビのままなんだよな、とハーレイが思い浮かべた恋人。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
家には出掛けていないのだけれど、今日も学校で顔を合わせた。
廊下で少し立ち話をして、「じゃあな」と別れたのだけど。
(…あいつは、俺を見上げてて…)
俺はあいつを見下ろす方で…、と昼間のことを思い返してみる。
とても小さな恋人のことを。
(前のあいつも、決してでかくはなかったが…)
それでも、そこそこ身長はあった。
シャングリラの中でも、低い方ではなかっただろう。
百七十センチもあったのだから、充分、普通。
(俺がデカすぎたってだけだな)
二十三センチも差があったのは…、と今だって分かる。
今の自分も、けして小柄とは言えないから。
人間が全てミュウになっても、ミュウが虚弱ではなくなっても。
(だが、シャングリラがあった時代には、だ…)
ミュウは「何処かが欠けている」もので、殆どが虚弱体質だった。
前のブルーもそうだったのだし、それにしては「育った方」だろう。
アルタミラの地獄で、長く成長を止めていた時代もあったのに。
出会った時には「子供なのだ」と思ったくらいに、チビだったのに。
(それが大きく育ったわけだが、今のあいつは…)
まるで育たん、と可笑しくなる。
青い地球の上に生まれたブルーは、少しも背丈が伸びないから。
本当だったら、伸び盛りとも言える年頃なのに。
前の生でブルーが焦がれた星。
青く輝く、母なる地球。
あの頃は何処にも青い星は無くて、死の星があっただけだけれども…。
(今じゃ立派に青い地球になって、俺も、ブルーも…)
気が遠くなるような時を飛び越え、青い地球に生まれ変わって来た。
奇跡みたいにまた巡り会って、前と同じに恋人同士。
ただ、年齢が邪魔をする。
十四歳にしかならないブルーは、何処から見たって子供だから。
(中身もすっかり子供なんだが、あいつに自覚が無いからなあ…)
前の生の頃と同じつもりで、キスを強請ってくるくらい。
キスだけで済めばいいのだけれども、その先のことも狙っている。
「どういうことをする」ことになるのか、まるで分かっていないのに。
漠然とした記憶さえも怪しく、「一つになる」意味も、きっと掴めていないのに。
(だから駄目だと言ってあるわけで…)
ブルーに固く禁じたキス。
「前のお前と同じ背丈にならない限りは、キスはしない」と。
キスをするなら、頬と額だけ。
唇に落とすキスは厳禁、どんなにブルーが膨れようとも。
(それでプンスカ怒っちまって…)
何度言われたことだろう。
頬を膨らませて、「ハーレイのケチ!」と。
キスもくれない恋人のことを、何度、詰られたか数えてもいない。
(…あいつのためを思ってやってることだしな?)
ケチでも何でも気にしないけれど、たまに、こうして気になること。
一向に伸びないブルーの背丈。
再会してから、季節が移り変わっても。
五月の三日に出会った後には、草木が伸びる夏があっても。
(草木だけじゃなくて、子供も大きく育つ季節で…)
夏休みが明けて登校した子は、驚くほど成長していたりする。
「デカくなったな」と感心するのも、ブルーくらいの年の頃には珍しくない。
なのに、ブルーは育たなかった。
それこそ、ほんの一ミリでさえも。
夏が終わって秋が来たって、小さいままで。
今日の立ち話も、上からブルーを見下ろしながら。
「元気そうだな」と挨拶してから、学校ならではの普通の会話。
恋人同士らしい言葉は抜きで、教師と教え子の間の話。
(なんたって、学校なんだしなあ…)
いつものことだし、ブルーの方も承知の上。
「ハーレイ先生!」と「先生」をつけて、きちんと敬語で話をする。
精一杯に「背の高い恋人」の顔を見上げて。
「首が痛くはならないだろうか」と、たまに心配になるくらいに。
その差が、少しも縮まらない。
チビのブルーは育たないままで、本人も不満たらたらの日々。
ブルーが背丈のことで嘆く度、「それでいいのさ」と答えるけれど。
「子供時代を楽しまないとな?」と返すけれども、それがいつまで続くのだろう。
まるで背丈が伸びない日が。
一ミリも育ってくれないブルーを、今日のように上から見下ろす日々が。
(それはそれで悪くないんだが…)
育たないままでも、俺は一向、かまわないんだが…、と思ってはいる。
今のままで、ブルーが十八歳になってしまっても。
結婚できる年を迎えて、「結婚したい」と言い出しても。
(……流石に、あいつがチビのままでは……)
結婚したって、やっぱりキスはお預けだろう。
ブルーが夢見る、「キスの先のこと」も。
子供相手に、無茶なことなど出来ないから。
いくらブルーが望んでいたって、「すべきではない」と思うから。
そういう覚悟を決めてはいる。
あまりにもブルーが育たないから、「もしかしたら」と予想を立てて。
「チビのあいつが嫁に来たって、大事にしよう」と。
きっと、いつかは育つから。
いつまで待っても「チビのまま」など、どう考えても有り得ないから。
(…いったい、いつから育つんだかな?)
神様次第と言った所か…、とチビのブルーを頭に描く。
前のブルーも、あの姿から育っていったのだけれど…。
(生憎と、俺も忙しくって…)
残念なことに、覚えてはいない。
どんな具合に育っていったか、途中の経過というものを。
断片的な記憶はあっても、たったそれだけ。
毎日顔を合わせていたって、しみじみと見てはいないから。
「大きくなったか?」と背を測ったり、横に並んだりはしなかったから。
(……今度は、それが出来るんだ……)
あいつの背丈が伸び始めたら、と心待ちにしている「ブルーの成長」。
前と同じに育ったブルーも欲しいけれども、そうなる前の…。
(チビから大人になっていくのを…)
ブルーの側で見守りたい。
同じ家には住んでいないから、会った時しか見られなくても。
今日のように学校の廊下で会うとか、ブルーの家を訪ねた時などに。
(また伸びたな、と…)
ブルーの頭を撫でられたらいい。
隣に並んで笑えたらいい。
「あと何センチになるんだかな?」と、前のブルーとの差を挙げて。
「前のお前は、これくらいだぞ」と手で示して。
(そうやって、あいつが育ち始めたら…)
今と同じでいられるだろうか、余裕たっぷりに笑みを浮かべて。
「まだまだだな」とブルーの額を指で弾いて、「キスは駄目だ」と叱れるだろうか。
(……どうなんだかな?)
そっちの方が自信が無いな、と苦笑する。
チビのブルーが相手だったら、いくらでも我慢できるのに。
成長するまで待たされる時間が、何十年でもかまわないのに。
(…伸び始めたら、前のあいつに近付くんだし…)
今よりも少し育ったブルーに、「ぼくにキスして」と言われた時はどうだろう。
「キスしてもいいよ?」と誘われたならば、鼻で笑って躱せるだろうか。
(……チビに見える間はいいんだが……)
どのくらい背が伸びているかによるな、と無い自信。
前と殆ど同じになったら、今度は「こちらに」無さそうな余裕。
口では何と言ったって。
「キスは駄目だと言っただろうが!」と、ブルーを叱り付けたって。
(…とんだ決まりを作っちまった…)
いつかは我が身に返ってくるぞ、と辛いけれども、決まりは決まり。
小さなブルーに告げたからには、自分から決まりを破れはしない。
ブルーの背丈が伸び始めたら、破りたい気分になったって。
「こんなに大きく育ったんだし…」と、心がブルーを欲しがったって。
(…そうなった時は、災難なんだが…)
まあ、楽しみに待つとするか、と傾けるカップ。
ブルーの背丈が伸び始めたら、「前と同じ」になるのだから。
前の自分が失くしたブルーの姿そのまま、それは気高く美しい人に。
誰よりも愛した月の精のような人、その人が戻って来るのだから…。
伸び始めたら・了
※少しも伸びない、ブルー君の背丈。ハーレイ先生、余裕たっぷりですけれど…。
伸び始めた時は困るようです、自分が作った決まりのせいで。まあ、そうですよねv