(…明日はハーレイが来てくれるんだよ)
楽しみだよね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
明日は週末、土曜、日曜と続く休日。
ハーレイにも特に予定は無いから、午前中から訪ねて来てくれる。
予報では晴れになるのが明日。
この家までの距離を、散歩代わりに歩いて来て。
何ブロックも離れているのに、ハーレイにとっては軽い運動。
(…ジョギングだったら、アッと言う間に…)
此処まで走って来るのだろう。
残念なことに、そういうコースで走ってくれはしないけれども。
この家があるのを知っていたって、違うコースを走り続けて。
(……酷いよね……)
通ってくれてもいいじゃない、と思う「家の前」の道。
けれど、ハーレイが通ると知ったら、毎日でも待っているだろう自分。
「もう来るかな?」と、生垣越しに道を眺めて。
ひょっとしたら家の表に立って、「まだ来ないかな?」と首を長くして。
(…だけどハーレイ、毎日、走るわけじゃないから…)
待ちぼうけのままで終わってしまって、ガッカリする日もあるに違いない。
それだけで済めばいいのだけれども、待つ間にすっかり疲れてしまって…。
(……おまけにハーレイが来なくて、ガッカリ……)
気分まで落ち込んでしまった挙句に、寝込んでしまうことも有り得る。
前の生と同じに弱い身体は、ちょっとしたことで熱を出すから。
そうなれば学校も休むしかなくて、ベッドで寝ていることしか出来ない。
きっとハーレイは、そんな所まで考えて…。
(ぼくの家の前を通るコースは…)
わざと作らず、避けて走っているのだろう。
来ない日でも待っていそうな恋人、その身体に負担をかけないように。
本当の所は、どうなのか知らないジョギングコース。
もしかしたら「避けて走る」理由は、まるで違っているかもしれない。
(…ぼくがキスばかり強請っているから…)
ジョギングの途中で呼び止められて、「ぼくにキスして」は勘弁とばかり…。
(……ぼくの家の前、避けられてる?)
そうなのかも、と考えてから「違うよね」と思い直した。
いくらなんでも、生垣越しや家の前でキスは強請らない。
母に見付かったら大変なのだし、そのくらいのことはわきまえている。
(…ハーレイだって、分かっている筈で…)
避ける理由は「それ」ではない。
気遣いなのか、単に今までと同じコースを走りたいのか。
(お気に入りのコース、あるだろうしね?)
隣町から引っ越しして来て、十五年ばかり経つハーレイ。
今の自分が生まれて来た日も、ハーレイは街を走っていた。
(…ぼくが初めて、病院の外に出た時だって…)
ハーレイは走っていたのだと聞く。
それも「ブルー」と名付けられた自分が、生まれた病院の玄関前を。
(季節外れの雪が降ってて…)
外は冷えるから、と母がストールにくるんだ赤ん坊。
「そういう子供」を、ハーレイは見たと言っていた。
ストールの色は忘れたけれども、包まれて退院してゆく子を。
(…その子は、きっと、ぼくなんだ、って…)
ハーレイも、自分も思っている。
確信に近いものがあるから。
まだ出会ってはいない頃でも、運命の糸で繋がっていたと思うから。
そのハーレイと、明日は一緒に過ごせる。
両親も交えた夕食までは、ずっと二人きり。
(どういう話をするのかな?)
ハーレイが手土産でも持って来てくれるか、前の生の思い出話になるか。
(ぼくの方には、そういう話は…)
今の所は、話の種が無い。
「是非、ハーレイに話さなければ」と意気込むような話は、何も。
けれど、話の種が無くても、会えば話は弾むもの。
次から次へと言葉が湧いて出て来て、気付けば時が経っている。
「もうお昼なの?」といった具合に。
まだまだ話は尽きていないのに、夕食の支度が出来てしまったり。
(明日だって、きっと…)
ハーレイと楽しく過ごす間に、時計の針がぐんぐん進む。
太陽だって、東の空から西の空へと移って行って。
(……ホントに楽しみ……)
ハーレイが来てくれるのが、と思った所で気が付いた。
こうして待っている休日。
楽しみでならない土曜と日曜、それは以前はどうだったろう、と。
まだハーレイと出会わない頃には、どんな休日だったのか。
(…えーっと…?)
長い休みはともかくとして、週末は二日間だけの休み。
丈夫な子ならば、一泊二日でキャンプや旅行に行くけれど…。
(…ぼくだと、じきに疲れちゃうから…)
出掛けるとしたら、日帰りばかり。
それも「疲れてしまわない場所」、せいぜい近くでハイキングくらい。
ハーレイと出会っていなかったならば、それの延長だっただろうか。
休みになったら、両親と一緒に出掛けるだけ。
そうでなければ家でのんびり、あるいは友達と遊ぶ程度で。
(…そうなっちゃうよね?)
ハーレイと出会わなかったなら。
前の生での恋の続きが、地球で始まらなかったならば。
(…パパとママでも、いいんだけれど…)
友達と過ごす休日なども、充分、楽しんで来たのだけれど。
今となっては、物足りない。
ハーレイに会えない休日なんて。
たまに用事で来てくれない時は、なんとも寂しくなるのだから。
(それに、普段も…)
ハーレイのことばかり考えている。
ふと気が付いたら、今みたいに。
「ハーレイ、どうしているのかな?」と、家のある方角を眺めてみたり。
そうなるのは恋をしているせいで、もしも、この恋が無かったら…。
(……つまらないよね?)
毎日の暮らしが、色褪せて見えることだろう。
恋をする前は、それで満足だったけれども。
もっと素敵な日が来るなんて、夢にも思っていなかったけれど。
(ハーレイとの恋が、無かったら…)
子供らしく過ごしていたのだろうし、それはそれで幸せなのだと思う。
優しい両親と、暖かな家。
前の自分には無かったものを、しっかりと持っているのだから。
(だけど、それだけ…)
記憶も戻って来てはいなくて、平凡な日々が過ぎてゆくだけ。
それではあまりにつまらない。
前なら、それで良かったけれど。
ハーレイと出会って恋をする前は、最高の人生だったのだけれど。
なのに、今では恋が大切。
毎日が輝いてくれているのは、ハーレイに恋をしているお蔭。
恋が無かったら、自分はただのチビの子供で…。
(…学校のある日は学校に行って、お休みの日だって、うんと普通で…)
ハーレイにキスを強請ることだって、思い付きさえしなかったろう。
子供はキスをしないから。
キスは額と頬に貰えば、それで満足するものだから。
(……うーん……)
そうなってくると、ハーレイに「キスは駄目だ」と叱られるのも…。
(恋してるからで、恋が無かったら…)
ハーレイと出会っている筈もなくて、叱られることも有り得ない。
「キスは駄目だ」と睨まれる度に、自分は不満たらたらだけど。
プンスカ怒って脹れてしまって、「フグだ」と笑われてばかりだけれど。
(…ぼくの頬っぺた、押し潰されて…)
大きな両手でペシャンとやられて、「ハコフグだな」とまで言われる有様。
けれど、そういうことが起こるのも、恋をしている今があるから。
(…あんまり怒ってばかりだと…)
罰が当たるかな、という気がする。
神様が聖痕をくれたお蔭で、ハーレイと巡り会えたのに。
前の生での恋の続きが、青い地球の上で始まったのに。
(恋が無かったら、とても大変…)
たちまち色が褪せる人生、おまけに消えてしまうハーレイ。
それは困るし、現状で満足すべきだろうか。
「キスは駄目だ」と叱られても。
ハーレイと結婚できる日までは、まだまだ先が長いチビでも。
(…神様がくれた恋なんだものね…)
きちんと大事にしなくっちゃ、と思うけれども、きっと明日にも、また繰り返す。
「ぼくにキスして」と、我儘を。
そして叱られて、フグみたいに膨れてしまうのを。
恋が無かったら大変だけれど、その恋を満喫したいから。
ハーレイと出会えた幸せな今を、もっともっとと、欲張らずにはいられないのだから。
(…子供は我儘一杯だもんね?)
だから許して貰えそう、と言い訳をする。
天国にいる神様に。
「キスは駄目だ」と叱ってばかりの、明日は訪ねて来てくれる人に…。
恋が無かったら・了
※ハーレイ先生との恋が無かったら…、と考えてしまったブルー君。つまらないよね、と。
その恋をくれた神様のためにも、我儘は我慢、という心構えは一瞬だけ。子供ですものねv