(…明日は、あいつに会えるんだ)
しかも一日一緒なんだぞ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
金曜の夜にいつもの書斎で、愛用のマグカップに淹れたコーヒー片手に。
明日から週末、特に用事は無い土曜と日曜。
つまりブルーと過ごせるわけで、もう楽しみでたまらない。
会ったら何を話そうかと。
せっかくの休日をどう使おうかと、恋人の顔を頭に描いて。
(……これというネタは無いんだが……)
生憎とな、と少し残念ではある。
前の生での思い出話や、前の生では「無かった」何か。
そういったものを捕まえた時は、ブルーと二人でゆっくりと話す。
思い出話をする時だったら、今は無い船に思いを馳せて。
SD体制の時代に無かった何かが話題だったら、互いに驚きを深めながら。
(…なにしろ、文化がまるで違って…)
画一化されちまっていたもんだから、と時の彼方で見たものを思う。
広い宇宙の何処へ行こうと、判で押したように「同じだった」世界。
建物も、街も、食べ物なども。
其処に住む人が纏う服さえ、何の特徴さえも無いまま。
(流行くらいはあったんだろうが、俺たちにはなあ…)
全く関係無かったんだ、と零れる溜息。
SD体制から弾き出された、異分子の「ミュウ」。
シャングリラという名の箱舟だけが、世界の全て。
外の世界で何が流行ろうが、シャングリラにまでは伝わって来ない。
情報という形でしか。
「人類の世界は、こうらしい」と流れてくるデータを捉えるだけで。
そういう時代に生きていたから、新鮮なのが今の生。
「前とは全く違っているぞ」と驚かされて。
普段、何気なく食べているものが、「思いもよらない」ものだったりして。
前の生では見なかったものを見付けた時には、ブルーに話す。
それが食べ物だった時には、手土産に持って行ったりも。
(だが、今週は…)
ネタが無いんだ、と顎に手を当てる。
新しい発見も一つ無ければ、思い出話の一つも無いぞ、と。
(……ネタ切れの時も、よくあるんだがな……)
会えば何とかなるもんだ、と分かっているのがブルーとの会話。
今の生での話だけでも、アッと言う間に流れ去る時間。
午前中から訪ねて行っても、じきに日が暮れて。
ブルーの両親も交えた夕食、そういう時間になってしまって。
(明日も、そういう日になりそうだぞ)
でもって、あいつを叱るのかもな、と苦笑い。
十四歳にしかならないブルーは、子供のくせにキスを強請るから。
「ぼくにキスして」だの、「キスしてもいいよ?」だのと、あの手この手で。
その度、ブルーを叱り付ける。
「俺は子供にキスはしない」と、「前のお前と同じ背丈に育つまで待て」と。
(…そう言って叱り付けたら、だ…)
たちまちプウッと膨れてしまって、フグみたいな顔になる恋人。
その頬っぺたを押し潰すのも、楽しみの内。
両手でペシャンと、からかい半分。
「フグがハコフグになっちまったぞ」と、ブルーを苛めて。
もちろん、遊びなのだけど。
本気で苛めるわけなどは無くて、コミュニケーションなのだけれども。
明日も、そういう日なのだろうか。
それとも突然、思い出話や「前の生では無かった何か」が見付かるか。
ブルーの家まで歩く途中で、ヒョッコリと。
あるいは朝に目覚めた途端に、空からストンと降って来るように。
(…どうなるんだかな?)
どちらにしても、素敵な時間を過ごせる筈。
ブルーの部屋から出ないにしても、庭にあるテーブルと椅子に行くにしても。
(いいもんだよなあ…)
あいつと二人きりの休日、と思った所で気が付いた。
今でこそ「当たり前」になっている日々。
週末はブルーの家に出掛けて、お茶を飲んだり、食事をしたり。
けれども、前はどうだったろう、と。
小さなブルーと出会う前には、恋の続きが始まるまでは。
(……うーむ……)
休みといえば…、と前の学校でのことを思い出す。
クラブの試合などが無ければ、自分のために使えた時間。
書斎でのんびり本を読んだり、気ままにドライブしてみたり。
柔道の道場で教えていたり、プールに出掛けて泳ぎもした。
(料理に凝ってみたりもしたし…)
充実した休日だったけれども、今と比べたら褪せる輝き。
「ブルーがいない」というだけで。
何をしたって、大勢で何処かへ行くにしたって。
(あの頃は、あれで良かったんだが…)
今じゃ駄目だな、とハッキリと分かる。
毎日の暮らしに足りないスパイス。
小さなブルーが、いなければ。
前の生での恋の続きの、恋が無ければ。
もしもブルーと出会わなかったら、今でも同じだったろう。
ジョギングしたり、料理をしたりと、自分では充分、満足している休日。
平日にしても同じこと。
「俺の人生は最高なんだ」と、日々の幸せを噛み締めながら。
けれど、今では知ってしまった。
「ブルーがいる」という人生を。
今は小さな恋人だけれど、前の生から愛した人。
もしもブルーとの恋が無ければ、たちまち色を失う人生。
「なんだか一味、足りていないぞ」と。
どんなにスパイスを入れてみたって、味が決まらないシチューみたいに。
(…膨れっ面のチビで、フグだろうとだ…)
ブルーとの恋が無い人生など、今となっては考えられない。
前ならば、それで良かったのに。
チビのブルーと出会う前なら、輝きに満ちた日々だったのに。
(……あいつが一人いるってだけで……)
こうも違うか、と思う人生。
まだ一緒には暮らせなくても。
結婚できる日はずっと先でも、今はキスさえ交わせなくても。
(はてさて、俺の人生のスパイスは…)
ブルーとの恋か、ブルーそのものか、どちらなのか。
考えるまでもなく答えは出ていて、大切なのは「ブルー」だけれど…。
(…あいつに恋をしてるってことが…)
とても大事なことなんだよな、と大きく頷く。
ブルーが「ただの知り合い」だったら、こうも違いはしないから。
「明日は会える」と考えるだけで、胸が弾みはしないのだから。
(…俺の人生、恋が無ければ…)
駄目なようだな、と可笑しくなる。
ブルーとの恋を思い出す前は、恋とは縁が無かったのに。
「恋をしたい」と思いもしなくて、実際、恋はしていないのに。
(それが今では、あいつに夢中で…)
平日だろうが、休日だろうが、ブルーを思わない日などは無い。
すっかりブルーに魅せられて。
前の生でも愛した人に、心を見事に奪い去られて。
(…それでも、かまわないってな)
ブルーだけが世界の全てでいいんだ、とまで思ってしまう。
今の人生を彩るスパイス、それが人生の決め手でも。
ブルーとの恋が、自分の世界の中心でも。
(…なんたって、昔は、スパイスってヤツは…)
うんと高価なものだったしな、と傾ける愛用のマグカップ。
同じ重さの金と引き換えになったくらいに、スパイスが貴重な品だった昔。
(もしも、あいつとの恋が無ければ、人生に彩りが無くて…)
つまらないぞ、と思うものだから、ブルーが世界の全てでいい。
今はまだ、チビの恋人でも。
二人一緒に暮らせる日までは、まだ何年も待たされても。
恋が無ければ、きっと人生、つまらないから。
それに気付いてしまった今では、色褪せた日々しか無いだろうから。
(しかしだな…)
この話は明日はしてやらないぞ、とクッと鳴らした喉。
ブルーにウッカリ話したならば、得意満面に決まっている。
「やっぱり、ぼくがいないと駄目でしょ?」と、誇らしげに瞳を輝かせて。
恋が無ければ駄目だと言うなら、「ぼくにキスして」と。
(……その手は桑名の焼き蛤ってな)
この話だってしてやるもんか、と「桑名の焼き蛤」も封印。
ブルーとの恋は大切だけれど、それとこれとは話が別。
(あいつが大きくなるまでは…)
恋の話はお預けでいい、と明日の話題は決まらないまま。
それでも、いい日になるだろうから。
恋が無ければつまらない日々、そんな人生はもう、とっくに彼方に流れ去ったから…。
恋が無ければ・了
※ブルー君との恋が無ければ、つまらないらしいハーレイ先生の人生。大事なスパイス。
そのスパイスが世界の全てでもいいんだそうです、ブルー君には内緒ですけどねv