(…いつかは一緒に住めるんだよね)
今日は来てくれなかったけれど…、とブルーは微笑む。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
来てくれるかと待っていたのに、寄ってはくれなかったハーレイ。
学校で会議が長引いたのか、柔道部の方が忙しかったか。
(……分かんないけど……)
こんな寂しい日も、いつか無くなる。
ハーレイと一緒に暮らし始めたら、同じ家に住むことになるから。
(ぼくはこの家、大好きだけど…)
出来れば離れたくないのだけれども、ハーレイと一緒に住むのなら別。
ハーレイの家で暮らしてゆくなら、喜んで引越しの準備をする。
その日を心待ちにしながら、荷造りをして。
持ってゆくための家具を選んで、服なども箱に詰め込んで。
(…この部屋の、ハーレイの椅子とテーブル…)
窓際に据えてある椅子とテーブル、それは是非とも持って行きたい。
二人の思い出が山ほど詰まった、いつも使っている品だから。
(庭にある椅子とテーブルは…)
やはり思い出深いけれども、そちらは置いてゆくべきだろう。
庭で一番大きな木の下、白いテーブルと、それから椅子。
ハーレイと初めてデートをした日に、其処でキャンプ用の椅子に座った。
「こういうデートもいいだろう?」と、ハーレイが運んで来てくれて。
前のハーレイのマントと同じ色の愛車、そのトランクから魔法みたいに取り出して。
(ハーレイの家には、そっちがあるしね?)
庭にある白いテーブルと椅子は、この家に残してゆくのがいい。
たまにハーレイと訪ねて来た日は、思い出の場所に座りたいから。
「あの頃は、別々に暮らしていたね」と、過ぎ去った日々を語り合いながら。
けれど、その日は、まだまだ来ない。
今の自分はチビの姿で、ハーレイはキスもくれない始末。
結婚できる年も遠くて、今の自分は十四歳で…。
(…結婚できる年は十八歳だよ…)
学校を卒業しない限りは、その日は巡って来てくれない。
卒業式が済んだ後に迎える、三月の一番最後の日。
其処が誕生日で、やっと結婚できる年になるから…。
(……結婚式だって、それからで……)
ハーレイと一緒に暮らし始めるのも、それからのこと。
二人で暮らすための準備は、もう始まっているにしたって。
結婚式で着る衣装選びや、持ってゆく家具を新しく買いに出掛けるだとか。
(お揃いの食器も欲しいよね?)
ハーレイに聞いた夫婦茶碗は、現物を見たら、きっと欲しくなる。
そうでなくても、ハーレイと揃いの食器が欲しい。
(何枚も揃ったセットじゃなくて…)
二人きりで使うカップや、お皿。
来客用の物とは違って、二人分しか家に無い物。
(そういうの、絶対、欲しいんだから…)
食器売り場をあちこち歩いて、お気に入りのを二人で選ぼう。
自分の好みを主張しつつも、ハーレイのことも考えて。
(……ぼくは良くても、ハーレイは好きじゃない模様とか……)
実はあったりするかもしれない。
模様以前に、デザインだって。
(…だって、別々の人間だものね?)
シャングリラの頃なら、選ぶ余地など無かったけれども、今では違う。
好きに選んで、好きに買えるのが今の生活。
SD体制が倒れたお蔭で、文化もグンと多様になった。
前の自分が生きた頃とは、まるで違うのが今の世の中。
(ほうじ茶なんか、何処にも無かったし…)
それが無いなら、急須は要らない。
湯呑みなんかもあるわけがなくて、カップやグラスやコップの時代。
(…今は、湯呑みも一杯あって…)
売り場に行ったら悩むのだろう。
どれを買おうか、ハーレイはどれが好きなのかと。
(これがいいな、って思っても…)
ハーレイが「うん?」と首を捻ったなら、やめておいた方がいいかもしれない。
直ぐに「いいな」と頷かないなら、好みではないというサイン。
ハーレイ自身に自覚は無くても、きっと、そういうものだから。
(……難しいよね……)
一緒に暮らしてゆくための準備、と考える。
湯呑みだけでもそうなるのならば、他の品々も同じだろう。
結婚した後に暮らしていたって、様々な所で生まれそうな違い。
「俺の好みはこっちなんだが」と、ハーレイが考え込みそうな「何か」。
何も言わずに譲ってくれても、こちらの方はそうはいかない。
甘えっぱなしで我儘ばかりを言っているより…。
(気遣いの出来るお嫁さん…)
そっちがいいに決まっているよ、と思うからこそ、気遣いが大事。
ハーレイに我慢をさせるよりかは、「これでいいよ」と自分が譲って。
(……んーと……)
買い物がそんな具合だったら、一事が万事。
食事のメニューも、ハーレイを優先するべきだろう。
「何が食いたい?」と尋ねてくれても、自分の意見ばかりを言わずに。
たまには逆に「ハーレイは何が食べたいの?」と訊いたりもして。
(でないと、ハーレイ、我慢ばっかり…)
そんなのは駄目、と思うけれども、前の自分はどうだったろう。
ハーレイに迷惑をかけてばかりで、本当に最後の最後まで…。
(……好き勝手にして、ハーレイを置いて行っちゃって……)
前の自分がいなくなった後、ハーレイは辛い時間を生きた。
地球までの長く遠い道のり、それをただ一人で歩むしかなくて。
白いシャングリラを運ぶためにだけ、抜け殻のようになった身体で。
(…あんなの、今度は駄目だから…)
ちゃんと気遣い、と自分自身を戒める。
ハーレイに我儘ばかり言わずに、ハーレイの意見もきちんと聞いて、と。
(…二人で一緒に住むんなら…)
そうしていないと、ハーレイが困ってしまうだろう。
来る日も来る日も我儘ばかりの、とても困った「お嫁さん」では。
何もかもハーレイ任せの暮らしで、それでも自分が中心では。
(……もう、ソルジャーじゃないんだものね?)
ソルジャーだったら偉いけれども、今の自分は「ただのブルー」。
おまけにハーレイよりも年下、叱られたって文句は言えない。
(今だって、キスは駄目だ、って…)
何度も叱られ続けているから、結婚した後も同じこと。
ハーレイを困らせてばかりいたなら、叱られて…。
(こんな嫁さん、俺は要らんぞ、って言われたら…)
それで全てがおしまいだから、気を付けないといけないと思う。
せっかく始めた二人の暮らしが、パリンと壊れてしまわないよう。
ハーレイと二人で暮らし始めた家から、この家へ戻る羽目にならないように。
我儘は駄目、と自分を叱ってはみても、無い自信。
いつかハーレイと一緒に暮らすようになったら、より我儘になりそうな感じ。
「これが食べたい」とか、「こっちのデザインの方が好き」とか。
ハーレイの意見はすっかり無視して、自分の言いたいことばかりで。
(……同じ家で一緒に住むんなら……)
シャングリラの頃のようにはいかないけれど、と分かってはいても、やってしまいそう。
今と変わらない我儘っぷりで、気遣いなんかは忘れ果てて。
(…ハーレイ、ぼくを追い出さないよね?)
大丈夫だよね、と甘える気持ちばかりが先に立つ。
「きっとハーレイなら許してくれるよ」と、「叱られたって、その時だけ」と。
多分、自分は、昔から変わっていないのだろう。
ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃から、何処も、全く。
たった一人でメギドへと飛んで、前のハーレイを悲しみの淵に落とした日から。
(……ちゃんと分かってるんだけど……)
急に変われるわけもないから、ハーレイには我慢して貰おうか。
「一緒に住むんなら、我慢と気遣い」と分かっていたって、無理そうだから。
幸い、今度は本当に年下、ハーレイよりも「チビ」なのだから。
(……ハーレイよりも、ずっと若いんだから……)
甘えん坊なのも仕方ないよ、と開き直って微笑んだ。
二人一緒に生きられるのなら、きっとハーレイは満足だから。
前のハーレイが失くしてしまった「ブルー」が、一緒に住んでいるのだから…。
一緒に住むんなら・了
※ハーレイと一緒に暮らしてゆくなら、気遣いも大事、と思うブルー君。
ところが自信が全くないわけで、開き直ってしまったようです。きっと許して貰えますよねv