(……今度は一緒に住めるんだよな……)
まだまだ先の話なんだが、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
けれどブルーは、子供になって戻って来た。
十四歳にしかならない教え子、今のブルーは学校の生徒。
卒業までには何年もあって、卒業したら直ぐに十八歳になる。
(そしたら結婚できるんだ)
結婚できる年になるから、と何度思ったことだろう。
チビのブルーが大きく育って、結婚式を挙げる日のことを。
今は離れて暮らすけれども、結婚したら一緒に住む。
多分、この家にブルーを迎えて。
ブルーのための部屋を設けて、家具なども買って。
(うん、色々と準備が要るな)
この家でブルーが暮らしてゆくのに、必要なもの。
ブルーの家から運ばれてくる品も、きっと少なくないだろうけれど…。
(あいつと一緒に買いに行く物も…)
幾つも出来てくるのだろう。
たとえば、二人お揃いの食器とか。
夫婦茶碗は買わないにしても、揃いの食器は是非とも欲しい。
(…夫婦茶碗も夢があるしな?)
二人であれこれ選ぶのだろうか、食器売り場を回りながら。
ブルーの好みや使い勝手や、様々なことを話し合って。
今はまだ遠い夢だけれども、その日は、いつかやって来る。
ブルーと一緒に住み始める日も、結婚に向けて二人で準備を始める時も。
(いいもんだよなあ…)
きっと楽しい時間になるぞ、と考えずにはいられない。
二人きりの暮らしが素敵になるよう、ブルーと色々揃えるのは。
(ついでに、一緒に暮らし始めても…)
お揃いの服を買いに行くとか、食料品店に出掛けるだとか。
料理は自分がするにしたって、食材選びはブルーも一緒。
(何が食いたい、と訊いてやってだな…)
ブルーが食べたい料理を作りに、まずは二人で買い出しから。
肉や魚や、それから野菜。
他にも目に付いたものがあったら、「これはどうだ?」と勧めてみて。
「何が出来るの?」と尋ねるブルーに、出来そうな料理を教えてやって。
(…そういや、前のあいつもだ…)
遠く遥かな時の彼方で、同じ言葉を口にしていた。
まだ「シャングリラ」とは名ばかりの船で、キャプテンさえもいなかった頃に。
(俺は、厨房の最高責任者みたいなモンで…)
船の仲間が飽きないようにと、料理に工夫を凝らす毎日。
同じ食材が続いた時には、せっせと試作に励んだもの。
前のブルーは、それを覗きにやって来た。
「何が出来るの?」と首を傾げて。
今と変わらないチビの姿で、ヒョイと手元を覗き込んで。
(……ちょっと待ってろ、って……)
料理を仕上げて、「食ってみるか?」と差し出した。
スプーンで一匙掬ってだとか、試食用の皿に取り分けてだとか。
(…美味そうに食べてくれたんだ…)
好き嫌いが全く無かったからな、と懐かしい。
今のブルーもそうだけれども、そのせいで「何でも食べた」だろうか。
「美味しいね」と頬を緩めて、嬉しそうに。
不味いなどとは一度も言わずに、いつも出来上がりを楽しみにして。
(……俺の料理の腕はだな……)
けして悪くはなかっただろう。
今の自分も料理は好きだし、レパートリーだって遥かに増えた。
シャングリラという船に縛られない分、食材は豊富に選べるもの。
おまけに倒れたSD体制、画一化された文化は消えて久しい。
日本の料理も、他の国々が誇った料理も、どんなレシピも好きに選べる。
ブルーのために作る料理も、前よりもずっと沢山あって…。
(もうキャプテンではないんだし…)
キッチンで料理を作っていたって、誰も困りはしない家。
緊急呼び出しなどは無いから、休日ともなれば、のんびり、ゆっくり…。
(…あいつと二人で買い出しに行って、キッチンに立って…)
ブルーに「どうだ?」と味見させながら、食べたい料理を仕上げてゆく。
昼食も、それに夕食も。
出掛ける前の朝の食事も、ブルーの好みに作ってやって。
(オムレツの卵は何個なんだ、って…)
尋ねる所から始まるだろう、二人きりの朝。
白いシャングリラで暮らした頃には、二人で朝食を食べてはいても…。
(……料理は係が作るもので、だ……)
キャプテンの出番は全く無かった。
それが今度はまるで違って、自慢の腕を披露し放題。
限られた食材での試作ではなく、欲しい食材をドッサリ買って。
(…まるで違ってくるんだなあ…)
一緒に住むなら、と思うブルーと二人の暮らし。
前の生とは違いすぎると、考えてさえもいなかったと。
(いつか地球まで辿り着いたら…)
ソルジャーもキャプテンも要らなくなるから、船を降りようと話していた。
恋人同士なことを明かして、二人きりで生きてゆくために。
(山ほど約束していたもんだが…)
あいつと二人で地球ですること、と指を折ってみる。
ヒマラヤの青いケシを見に出掛けるとか、森のスズランを摘みに行くとか。
(俺たちが暮らす家から出発するつもりでだ…)
地球での夢を描いたけれども、たったそれだけ。
「毎日の暮らし」は思いもしなくて、家具を揃えることさえも…。
(……俺もブルーも、そんなトコには……)
夢を見てなどいなかった。
地球という星に焦がれ続けて、青い星だけを思い続けて。
其処で二人で暮らしてゆけたら、もうそれだけで充分だと。
(…ままごと遊びみたいなモンだな)
肝心の部分が抜けていやがった、と可笑しくなる。
ブルーと一緒に住むのだったら、どういう物が必要なのか。
毎日の暮らしをどうしてゆくのか、食事は誰が作るのかさえも。
(…前のあいつは、厨房の手伝いをしてはくれたが…)
料理をしてはいなかったから、多分、二人で暮らしていたなら、今とおんなじ。
前の自分が料理を作って、ブルーに食べさせていたのだろう。
もしも、地球まで行けていたなら。
白いシャングリラで辿り着いた地球が、本当に青い星だったなら。
けれど無かった、青い地球。
地球まで行けずに、暗い宇宙に散ってしまったブルー。
(……何もかも、夢で終わっちまった……)
ままごと遊びに相応しかったな、と思わないでもない結末。
前のブルーとの「地球での暮らし」は無理だったから。
地球は滅びた死の星のままで、ブルーの命も潰えたから。
(しかし今度は、最初から地球に住んでいて…)
地に足がついているものだから、ままごと遊びになったりはしない。
一緒に住むなら準備が大切、暮らし始めても毎日が大事。
(あいつが朝に食べたい料理は、きちんとだ…)
注文通りに作れるように、食材を揃えておかなければ。
そうするためには、ブルーと買い出し。
二人一緒に出掛けて行って、馴染みの食料品店で…。
(今夜は何が食いたいんだ、と…)
ブルーに尋ねる所から。
そして食材を選ぶ合間に、他の何かが目に付いたなら…。
(これもいいぞ、と手に取ってだな…)
ブルーが首を傾げるのだろう。
前の生で何度も口にしたように、「何が出来るの?」と。
あの頃よりも育った姿で、赤い瞳を輝かせて。
(…一緒に住むなら、そうなるわけで…)
悪くないな、と未来への夢を噛み締める。
もう、ままごとではないのだと。
ブルーと一緒に住むということは、いつか実現するのだから。
一緒に住むなら、あれもこれも、と思い描く夢は、どれも必ず手が届く夢。
二人で買い出しに出掛けてゆくのも、二人暮らしに向けて家具などを選ぶのも。
その日までは、まだ遠いけれども。
チビのブルーが育つ日までは、キスさえも無理な二人だけれど…。
一緒に住むなら・了
※ブルー君と一緒に暮らす未来を考えてみるハーレイ先生。まずは買い出し、と。
前の生では思いもしなかった「毎日の暮らし」。今度は幸せに生きてゆけるのですv
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