(……ハーレイ、来てくれなかったよ……)
残念だよね、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかった恋人、前の生から愛したハーレイ。
平日なのだし、仕方ないとは分かっている。
仕事が早く終わった時しか、ハーレイは来てはくれないから。
(……だけど、やっぱり……)
会いたい気持ちは募るもの。
学校で姿を見かけただけでは、恋する心は鎮まらない。
挨拶をしても、立ち話が出来ても、それの相手は「ハーレイ先生」。
学校では敬語で話すしかなくて、恋人同士の会話も無理。
教師と教え子、そういう二人が出会ったから。
おまけに自分は十四歳にしかならない子供で、恋をするには早すぎるから。
(…あんまりだよね…)
チビの子供になっちゃうなんて、と「今の自分」が情けない。
前の自分の記憶があっても、外見の方はどうにもならない。
ハーレイから見れば「立派な子供」で、それらしく扱われてしまう。
家まで訪ねて来てはくれても、本当の意味では…。
(……恋人同士じゃないんだよ……)
一つに溶け合うことは出来なくて、キスさえ許して貰えはしない。
前の自分と同じ背丈にならない限りは、子供扱い。
「俺は子供にキスはしない」と叱られて。
唇へのキスを強請ってみる度、「キスは駄目だと言ったよな?」と睨まれもして。
(…ぼくが文句を言ったって…)
まるで取り合わないハーレイ。
頬っぺたをプウッと膨らませても。
プンスカ怒って当たり散らしても、涼しい顔で。
前の自分なら、こんなことなど無かっただろう。
ハーレイに向かって文句を言ったら、きっと平謝りだったと思う。
(だって、ソルジャーなんだから…)
前のハーレイよりも上の立場で、船で一番偉かった。
権力を笠に着てはいなくても、自然と周りに敬われた。
(…エラがみんなにうるさく言うから、ハーレイも敬語…)
船の仲間の手本になるのが、キャプテンという立場のハーレイ。
だから「ソルジャー」には敬語で話して、それを決して崩さなかった。
恋人同士になった後にも、二人きりで過ごす時間にも。
(前のぼくが膨れて、怒っちゃったら…)
ハーレイは大きな身体を縮めて、「すみません」と謝ったのだろう。
それとも「申し訳ございません」と言ったのだろうか、場合によっては。
(……だけど今では、そんなの言わない……)
ぼくを苛めてばかりじゃない、と思わず尖らせてしまった唇。
ハーレイの前で膨れた時には、よく頬っぺたを潰される。
大きな両手で、両側から挟むようにして。
ペシャンと潰して、お決まりの台詞が「ハコフグだな」。
「フグがハコフグになっちまったぞ」と、さも可笑しそうに。
(…ぼくはハーレイの恋人なのに…)
ハコフグだなんて、酷いと思う。
そうされる前の「フグ」呼ばわりも。
(本物の恋人同士だったら、そんなこと…)
絶対、言いはしないよね、と沸々と怒りがこみ上げてくる。
前の自分がそうだったように、ハーレイと夜を過ごしていたら。
キスを交わして、愛を交わして、夜ごと、一つに溶け合ったなら。
つまりはチビな身体のせいだ、と改めて眺める自分の両手。
何処から見ても「子供の手」だから、ハーレイが馬鹿にするのも分かる。
「お前は、まだまだチビなんだしな?」と片目を瞑って。
時には片手で頭をクシャリと撫でたりもして。
(……うーん……)
世の中、上手くいかないよね、と悲しい気分。
せっかくハーレイに会えたというのに、中途半端な関係のまま。
こちらは恋人のつもりだけれども、ハーレイの方はどうなのだろう。
チビの子供が相手なのだし、あるいは面白半分だろうか。
(…ぼくに聖痕、出来ちゃったから…)
守り役という役どころなのが今のハーレイ。
だから家まで訪ねて来てくれて、週末は大抵、一緒に過ごす。
けれどそれだけ、一向に進展しない仲。
キスを許してくれはしないし、デートにだって行けないまま。
前の生なら、心も身体も、本当に一つだったのに。
シャングリラという名の白い箱舟、あそこで共に生きていたのに。
(……今だと、家も離れてて……)
ホントにどうにもならないんだから、と悔しいけれども、それが現実。
今、ハーレイがどうしているのか、それさえ分からない自分。
すっかり不器用になったサイオンは、ハーレイの思いも読み取れはしない。
本当に恋をしてくれているか、子供相手の「ままごと」なのか。
いつか大きく育つ日までは、ハーレイは恋してくれないのか。
(…お前だけだ、って言ってくれるけど…)
キスも出来ないチビの子供に恋をするのは、大人のハーレイには辛いだろうか。
今のハーレイは、若い頃には大いにモテたらしいから。
(柔道も水泳も、プロの選手になれるくらいで…)
そちらの道に進んでいたなら、ファンに囲まれていたのだろう。
今も腕前は落ちていないし、学校の生徒にも人気が高い。
見る人が見たら「かっこいい教師」で、惚れる女性もいるかもしれない。
(…そういう人より、ぼくを選んでくれているなら…)
自信を持てばいいのだけれども、生憎と「膨れてばかり」の自分。
話が「恋」に及んだ時には、フグみたいに、プウッと。
「ハーレイはホントに、ぼくが好きなの?」と、プンスカ怒ってみたりもして。
一人前の女性だったら、そんなこと、言いはしないのに。
前の自分の方であっても、ハーレイの前では膨れないのに。
(……なのに膨れて、プンスカ怒って……)
それだけでは済まずに、「ハーレイのケチ!」と言ったりもする。
「ケチ」で済んだら、まだマシな方。
(……ハーレイの馬鹿、って……)
言い放つのがチビの自分で、ハーレイの気分はどうなのだろう。
立派に育った恋人だったら、「仕方ないヤツだ」と許せはしても…。
(…チビのぼくだと、生意気なヤツ…)
そっちの方かも、と思い至った。
今のハーレイの年は三十八歳、今の自分は十四歳。
二十四歳も年下のチビが、「ケチ」だの「馬鹿」だの、言いたい放題。
ハーレイは笑って見てはいるけれど、心の中では…。
(うんと生意気なチビだ、って…)
実は怒っているかもしれない。
「ハーレイのケチ!」と言われる度に。
生意気なチビにキッと睨まれて、「ハーレイの馬鹿!」とやられる度に。
そうだとしたら、とても大変。
「堪忍袋の緒が切れる」という言葉もあるから、そうなった時は大惨事。
ある日突然、ハーレイが椅子からガタンと立って。
「俺は帰る」と、「お前は好きに膨れていろ!」と見放されて。
クルリと踵を返してしまって、ズンズン歩いて帰るハーレイ。
部屋の扉を乱暴に閉めて、階段を下りて行ってしまって。
(…パパやママには、きちんと挨拶するだろうけど…)
それが最後の挨拶になったら、どうしよう。
何日待っても、ハーレイは訪ねて来てくれなくて。
週末になってもチャイムは鳴らずに、独りぼっちの休日が過ぎて。
(…もしも、ハーレイに嫌われちゃったら…)
どうすればいいと言うのだろう。
チビの自分に愛想を尽かして、「俺は知らん!」と突き放されたら。
前の自分と同じ背丈に育つよりも前に、見放されたら。
(……ハーレイは、ぼくが嫌いになっちゃったんだし……)
他に恋人を見付けるだろうか、今のハーレイに似合いの人を。
ハーレイに向かって「ケチ」だの「馬鹿」だの、酷い言葉を言わない人を。
(…そういう人を見付けちゃったら、ぼくを放って…)
結婚式を挙げてしまって、幸せに暮らしてゆくかもしれない。
「今の俺には、ブルーは合わん」と考えて。
前の生での恋に、キッパリ別れを告げて。
(……そんなの、嫌だよ……)
嫌われちゃったら、と涙が出そう。
キスさえ交わしていないというのに、ハーレイに捨てられてしまうだなんて。
(…嫌われちゃったら、どうしたらいいの?)
一人で生きて行けって言うの、と考えただけで身が凍りそう。
ハーレイのいない人生だなんて、あまりにも酷い話だから。
せっかく青い地球に来たのに、ハーレイが離れてゆくなんて。
(……そうなっちゃったら、生きていく意味……)
なんにも無いよ、と気が付いたけれど、嫌われないようにするためには…。
(…「ハーレイのケチ」も、「ハーレイの馬鹿」も…)
言わないように努力の日々で、それはとっても難しい。
ハーレイは本当にケチなわけだし、キスもくれない恋人だから。
(……ぼく、子供だから……)
ちょっとくらいは許されるよね、と言い訳をする。
嫌われてしまったら大変だけれど、これからもきっと言うだろうから。
子供は我慢が出来ないものだし、「ハーレイなら、許してくれるよね?」と。
前の生から愛し続けた人だから。
きっと「ケチ」だの「馬鹿」だのくらいで、絆が切れはしないだろうから…。
嫌われちゃったら・了
※もしもハーレイに嫌われたなら…、と心配になったブルー君。日頃の行いを顧みて。
けれどケチなのが今のハーレイ、つい言いそうな「ハーレイのケチ!」。大丈夫ですよね?
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