(…今も昔も変わらんなあ…)
この手の悩みというヤツは…、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日、夕食の後のリビングで。
今日はいつもの書斎に行かずに、此処でコーヒー。
そういう気分。
夕食の片付けを済ませた後で、愛用のマグカップに淹れた熱い一杯。
それを飲みながら眺めた新聞。
其処に書かれた、恋の悩みの相談記事。
(…恋人に嫌われちまったってか…)
ありがちだよな、と相談者の境遇に大きく頷く。
嫌われる原因は実に色々、恋の数だけあるかもしれない。
大切な記念日を忘れていたとか、デートの時に失敗したとか。
(何気なく言った一言ってヤツで…)
相手がカチンとなってしまって、「嫌い!」と言われることだってある。
下手をしたなら、「もう知らない!」と、放って帰ってしまわれることも。
(喫茶店なら飛び出されちまって、デート先なら一人で帰られちまって…)
二人仲良く乗って来た車に、帰りは自分だけだとか。
助手席は空っぽになってしまって、楽しい会話も無い車で。
(…今の時代だと、車なんだが…)
ずっと昔はどうだったろうか。
今の自分が教える古典に描かれるような、遠い昔は。
(…ああいう時代も、恋人と喧嘩は普通にあって…)
恋に悩んだ人も多いし、車の代わりに牛車で揉めていたのだろうか。
せっかく牛車を出したと言うのに、「もう知らない!」と恋人が怒り出して。
「車になんか乗るもんですか!」と、機嫌を損ねて帰ってしまって。
そんなデートもあったかもな、と考えたけれど、時代が時代。
牛車が大路を行き交った頃には、高貴な女性は滅多に外に出なかった。
外に出るなら、牛車か、輿か。
誰にも顔を見られないよう、きちんと簾を下ろしておいて。
(…それで喧嘩になっちまっても、牛車を降りて帰るってのは…)
無理だろうな、と苦笑する。
どんなに激しい喧嘩になっても、喧嘩の相手の牛車で帰るしか無かっただろう。
高貴な身分のお姫様では、一人で歩いて帰れはしない。
そのような着物を着てはいないし、履物だって「見た目」が大切。
いくら都の大路といえども、お姫様の足には難儀な道。
自分の家まで歩けはしなくて、一人でトボトボ歩き始めても…。
(…もうちょっと時代が後になったら、駕籠という手もあるんだが…)
牛車の時代に「誰でも乗れる」駕籠などは無い。
流しの牛車があるわけもないし、お姫様は一人で歩くしかない。
屋敷がどれほど遠かろうとも、「降りる!」と降りてしまったならば。
(…ウッカリ喧嘩も出来ん時代か…)
喧嘩しながら牛車に揺られて帰ってゆくか、全く口を利かずにいるか。
なんとも不自由な時代だけれども、仲直りするにはいいかもしれない。
カッとなっても、「さよなら!」と言えはしないから。
お互いムスッと膨れたままでも、一緒に牛車の中なのだから。
(…牛車というのも、いいモンかもな?)
車よりも、と可笑しくなる。
高い身分の者しか持てない「車」でも。
牛車の維持費や牛の飼育に、とんでもない金がかかっても。
(…降ろしてちょうだい、と言われることだけは無いからなあ…)
メリットのある車だったか、と思いを馳せる「昔の車」。
牛車でデートに出掛けた場合は、喧嘩別れで恋が砕けてしまうケースは…。
(今よりは少なそうだしな?)
お姫様が怒って、一人で帰ってしまわない分。
家まで送り届ける分だけ、時間はたっぷりあるのだから。
今も昔も恋の悩みは変わらないけれど、恋を取り巻く環境は違う。
牛車と車はまるで違うし、宇宙船なら比較にならない。
(…牛車なんかじゃ、どう転がっても空は飛べんし…)
宇宙に出ていくのも無理だ、と頭に浮かんだシャングリラ。
今の自分は知らないけれども、前の自分が乗っていた船。
白い鯨を思わせる船で、前のブルーと恋をした。
あの船でブルーと喧嘩したって、ブルーは降りられなかっただろう。
シャングリラの他には居場所を持たない、悲しい種族がミュウだったから。
(それにあいつは、ソルジャーだったし…)
責任感が強かったから、いくら恋人と喧嘩したって、出てゆきはしない。
「ぼくは降りる!」と、白いシャングリラを捨てたりはしない。
(…少しばかり牛車と似ていたかもな?)
もう嫌だ、とブルーが降りてゆけない辺り。
大喧嘩をした恋人がキャプテンを務める船でも、乗っているしかない所が。
(そんな喧嘩はしちゃいないんだが…)
毎日、平和なモンだったが…、と懐かしく思う白い船。
前の自分が舵を握って、前のブルーが守った船。
恋人同士になった後にも、大喧嘩などはしなかった。
もしかしたら牛車と同じだったろうか、シャングリラという船にいた頃は。
ブルーが「降りる!」と怒りたくても、降りることなど出来ないだけに。
(…まさかなあ?)
シャングリラのせいで喧嘩が無かったわけでもあるまい、と顎に当てる手。
船のせいで喧嘩をしないことなど、あるわけがない。
(シャングリラを降りたら、帰る所が無いと言っても…)
きっとブルーなら「降りてやる!」くらいのことは怒って言っただろう。
ソルジャーをやっていたほどなのだし、気が強いから。
実際、降りるかどうかはともかく、言うだけならば。
(…でもって、今のあいつだったら…)
もう間違いなく言うだろうな、と容易に想像がつく。
今のブルーは幸せに生きて、我儘一杯の子供時代を過ごしているだけに…。
(ハーレイの馬鹿とか、ハーレイのケチとか…)
何度言われたか分からない。
頬っぺたをプウッと膨らませては、プンスカ怒っていることだって。
そんなブルーとデートに出掛けて、機嫌を損ねられたなら…。
(もう帰る、って…)
クルリと踵を返してしまって、車には戻らず、駅へ真っ直ぐ。
真夏の太陽が溶けるくらいに照らしていたって、ズンズン歩いて。
(でなきゃバス停に突っ立ったままで、動かないとか…)
その姿が目に見えるよう。
「ハーレイの車になんか乗らない!」と、眉を吊り上げて怒るブルーが。
助手席になんか乗りはしない、と別の帰り方を選ぶのが。
(……うーむ……)
そうなった時は、どうすればいいと言うのだろう。
ブルーは身体が弱いのだから、遠出した時なら帰るだけでも一苦労。
意地を張って駅まで歩いて行っても、眩暈を起こして倒れそうな感じ。
バス停に黙って突っ立っていても、やっぱり同じに具合が悪くなって。
(…そうなるに違いないんだから…)
デートには「嫌な思い出」が増えて、本当に「嫌われる」のかもしれない。
「ハーレイとは二度と出掛けないよ」と、家の表にも出て来なくなって。
通信を入れて話そうとしても、ブルーは通信に出てくれなくて。
(…そんな風に嫌われちまったら…)
どうすればいいか、分かりはしない。
前の自分は「ブルーと喧嘩しなかった」から。
シャングリラと牛車が似ていたせいかは、謎だけれども。
(……前のあいつとは、そこまで派手な喧嘩は……)
してはいないし、参考にならない「前の生の記憶」。
ブルーに嫌われてしまった時には、どういう風にすればいいのか。
(早いトコ、仲直りしないとだな…)
誰かにブルーを盗られちまうぞ、と心配なだけに、余計に怖い。
ブルーがチビの間は良くても、育ったブルーは「モテそう」だから。
女性が放っておきはしないし、男性だってアタックする。
ブルーの恋人だった自分が、ブルーに嫌われてしまったならば。
(……何が何でも、謝りまくって……)
平身低頭、土下座してでもブルーの許しを得るべきだろう。
デートの途中でブルーが怒って、「帰る!」と言い出した、その時に。
気まずい雰囲気が漂おうとも、同じ車の助手席に乗って「一緒に」帰ってくれるようにと。
(…俺の車は牛車じゃないが、だ…)
なんとしてでも乗って貰おう、と今の間に固める決意。
ブルーを一人で帰らせたならば、本当に嫌われかねないから。
(あいつに嫌われちまったら…)
人生、お先真っ暗なのだし、たとえ周りに人がいようと、土下座したってかまわない。
前の生から愛し続けた、ブルーとの恋のためならば。
もしもブルーに嫌われたならば、生きる意味など無いのだから…。
嫌われちまったら・了
※もしもブルー君と喧嘩したなら、土下座してでも謝るらしいハーレイ先生。
嫌われてしまったら、人生、お先真っ暗らしいです。ブルー君、我儘、言いたい放題…?
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