(明日はハーレイが来てくれるんだよ)
楽しみだよね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかった恋人、前の生から愛したハーレイ。
教師をしている今のハーレイは、平日は訪ねて来ない日も多い。
仕事帰りに時間があったら、寄ってくれるというだけのこと。
この部屋でお茶を飲んで話して、夕食を共にするために。
(あんまり遅くまでいてくれないし…)
それに御飯はパパとママだって一緒だし、と思う平日の過ごし方。
夕食のテーブルは両親も交えて賑やかに食事、そういう決まり。
両親は何も知らないだけに、「子供の相手は大変だろう」とハーレイのことを気遣って。
大人と話せる方がいいのだと、見事に勘違いしてしまって。
(だけど、恋人同士だってことがバレちゃったら…)
それはそれで困ることになる。
今のように部屋で二人きりだと、両親はきっと心配する。
「ブルーは、まだまだ子供なのに」と、前の生との違いを思って。
子供の間は子供らしくと、やはり色々と気を回して。
(ぼくの部屋で会っちゃいけません、って…)
客間で会うよう言い渡されるか、部屋の扉を閉めないように言われるか。
そうでなければ、父か母かが「必ず」同席するだとか。
(…そうなっちゃったら、とても大変…)
ハーレイにキスを強請るどころか、甘えることさえ出来なくなる。
両親の目が光っていたなら、どうにもならない恋人同士。
(ぼくが結婚できる年になるまで…)
監視の日々が続くだろうから、まるで全く楽しくない。
今と同じに、ハーレイが訪ねて来てくれても。
明日と明後日のような休日、午前中から夕食までずっと一緒にいても。
待ちに待った週末、それが明日。
土曜日だから、ハーレイは午前中から家に来てくれる。
部屋を掃除して待っていたなら、門扉の脇のチャイムが鳴って。
この部屋の窓から下を見下ろしたら、生垣の向こうで手を振るハーレイがいて。
(…明日もハーレイ、早いんだよね?)
休日の朝も、ハーレイは早く目覚めると聞く。
朝一番からジョギングしたり、庭の手入れをしてみたり。
此処に着くのが早すぎないよう、時間を調整するために。
朝食を済ませて家を出たって、その気配りを忘れないのが今のハーレイ。
少し早すぎると思った時には、途中で回り道をする。
お気に入りのコースが幾つもあるから、その中から一つ、好きに選んで。
(…ミーシャに会いに行くのかな?)
そうなのかもね、と頭の中に描いた猫。
ハーレイの回り道の一つに、猫のミーシャがいる家がある。
本当の名前は「ミーシャ」ではなくて、違う名前がありそうだけれど…。
(…名前が分からない猫は、どれもミーシャで…)
ミーシャと呼ぶのがハーレイの流儀。
猫の方でも、特に文句は無いらしい。
「ミーシャ」と呼ばれたら「ミャア!」と返事で、頭を撫でて貰いもする。
ハーレイの足に身体を擦り付け、「遊んで行って」と甘えたりも。
(いいな、ミーシャは…)
好きなだけハーレイに甘えられて、と思うけれども、前にハーレイに叱られた。
「猫になりたい」と言い出して。
ハーレイの母が飼っていた猫、真っ白なミーシャに憧れて。
(ぼくが猫なら、いつもハーレイと一緒にいられて…)
ベッドに入る時も一緒で、甘え放題で幸せ一杯。
それがいいな、と考えたけれど、ハーレイは真顔で「駄目だ」と言った。
猫の寿命は短いのだから、じきに別れがやって来る。
それでは駄目だと、「長い人生を一緒に過ごせる人間がいい」と。
叱られたから、もう分かっている。
猫の短い寿命などより、人間の寿命が大切だと。
三百年以上も一緒にいられる、今の人生がいいのだと。
(…だけど、まだまだ待たなくちゃ駄目で…)
ハーレイと二人で暮らすどころか、キスさえ許して貰えない自分。
結婚できる年は十八歳なのに、十四歳にしかならないチビ。
(……うーん……)
本当に先は長いよね、と考えただけでも溜息が出そう。
まだ誕生日を無駄に三回も迎えないとなれない、「十八歳」。
十五歳と十六歳、十七歳は「単なる記念日」。
ハーレイがプレゼントを贈ってくれても、たったそれだけ。
母が焼いてくれたケーキに立てる、蝋燭の数が増えてゆくだけ。
十五歳になったら、去年のよりも一本分。
その次の年は、また一本分。
(…今年のケーキより、蝋燭、三本も増えたって…)
祝う誕生日は十七歳で、十八歳までは一年もある。
三百六十五日もあるのが、十七歳から十八歳の誕生日まで。
誕生日は三月三十一日、次の日から四月になるけれど…。
(春と夏と秋と、それから冬と…)
四つの季節が過ぎない限りは、十八歳にはなれない勘定。
待って、待ち続けて、待ちくたびれそうな長い年月。
ハーレイとキスさえ出来ないままで。
二人でデートに行けもしないで、ハーレイの家にも招かれないで。
(…前のぼくと同じ背丈にならないと…)
キスは駄目だし、ハーレイの家を訪ねてゆくのも禁止。
制約だらけの今の人生、「猫になりたい」と思うくらいに。
もしも猫なら、ハーレイのキスが貰えるから。
ヒョイと抱き上げて、唇にチュッと。
猫に唇があるかどうかは、ともかくとして。
なんとも残念な今の状況、明日は会えても話すだけ。
それでも充分満足だけれど、やっぱり不満に思いもする。
もっと大きく育っていたなら、直ぐに結婚できただろうに。
とうにハーレイと一緒に暮らして、毎日が甘い日々だったろうに。
(……なんでこうなっちゃったんだろう……)
チビだなんて、と零れる溜息。
こんな出会いは望んでいないし、同じ人生だったなら…。
(ちゃんと大きく育った姿で、ハーレイと会って…)
記憶が戻って、その場でプロポーズして欲しかった。
たとえ聖痕で血だらけだろうと、痛みがどれほど酷かろうとも。
(絶対、そっちの方がいいよね?)
今みたいに待ちぼうけの人生よりも、と考えた所で気が付いた。
ハーレイと再び出会えたけれども、これが出会えていなかったなら、と。
出会いもしないで、記憶も戻らず、そのままで生きていたならば、と。
(……んーと……?)
そうなっていたら、今の自分はどうなったろう。
聖痕が現れることも無いから、ただの「ブルー」という名の子供。
ソルジャー・ブルーに似てはいたって、出会った相手が驚くだけ。
「よく似てますね」と目を瞠って。
時にはしげしげ眺めた挙句に、「写真を撮ってもいいですか?」などと。
きっと自分も「いいですよ」と気軽に答えて、記念撮影にも応じるのだろう。
今より大きく育った後には、瓜二つの姿になるだろうから。
(ソルジャー・ブルーの服を着せたら、もうそっくりで…)
そのものにしか見えないだけに、モデルの口さえあるかもしれない。
ソルジャー・ブルーは今も人気で、写真集が山ほど売られているくらい。
彼にそっくりのモデルとなったら、きっと引っ張りだこの日々。
色々な服を着てファッションショーとか、旅行雑誌の取材なんかで旅をしたりも。
コマーシャルにも出られるだろうし、運が良ければ…。
(ちょっとしたドラマとかに出て…)
俳優にだってなれそうだよね、と自分の未来を描いてみる。
前の生の記憶が戻らないままで、ハーレイにも会わずに歩む人生。
いくらサイオンが不器用だろうと、外見の年は止められるに違いないのだから…。
(…ソルジャー・ブルー役を探しています、ってスカウトが来て…)
名のある監督の作品に出れば、賞だって貰えるのかもしれない。
受賞したなら、スター街道を一直線に走るのだろうか。
モデル業の方は辞めてしまって、「ソルジャー・ブルーにそっくりな顔」を売りにして。
撮影のために、広い宇宙をあちらこちらと飛び回って。
(……凄い売れっ子……)
目が回るほどに忙しい日々でも、きっと満足なのだろう。
演技力を磨いて、うんと輝いて、やり甲斐のある仕事をして。
(…天職なんだ、って思うんだろうし…)
自分の見た目に感謝しながら、努力の方も怠りなく。
宇宙で一番のスターになるのも、夢ではない気がするけれど…。
(…だけど、ハーレイには会えなくて…)
ハーレイのことを思い出しさえしないで、充実の人生を終えるのだろう。
晩年になっても若い姿で、インタビューなどを受けながら。
「とても素敵な人生だった」と、最期の息を引き取って。
(…それで天国に行った途端に…)
ハーレイとバッタリ出会うのだろうか、ずっと忘れていた恋人に。
華やかなスター人生の後で、「ハーレイ!?」と目を見開いて。
(…うんと嬉しいだろうけど…)
再会の喜びに涙し合っても、何処か、なんだか後ろめたい。
ハーレイのことをすっかり忘れて、スターとして生きていたなんて。
「ソルジャー・ブルーにそっくりな顔」が、スターの座を招き寄せただなんて。
(…それって、酷い…)
今の人生よりも、ずっと酷い、と思った「忘れて生きる人生」。
ハーレイのことを思い出さずに生きていたなら、そうなっただろう人生の一つ。
それは嫌だし、ハーレイと生きていたいから…。
(…キスも出来ないチビなんだけど…)
今が無かったなら、うんと悲惨な人生だよ、と気付いた「今」の有難さ。
ハーレイと出会えていなかったならば、とんでもないことになるだろうから。
待ちぼうけが長い人生だろうと、忘れたままで生きるよりかは、幸せ一杯なのだから…。
今が無かったなら・了
※ハーレイのことを思い出さずに生きた場合の、ブルー君の人生。スターだったかも。
それはそれで素敵な人生とはいえ、後ろめたい気分になるようです。今の人生こそが最高v