(今日も膨れていやがったな…)
実に見事なフグだった、とハーレイが思い浮かべた恋人の顔。
夜の書斎で、コーヒー片手に。
今日は休日、午前中からブルーの家まで出掛けて来た。
いい天気だから、車は無しで。
軽い運動には丁度いい距離を、二本の足でのんびり歩いて。
そうして着いたら、待ち焦がれていたチビの恋人。
門扉の脇のチャイムを鳴らすと、二階の窓から手を振って。
「ぼくは此処だよ」と、「早く部屋まで上がって来てよ」と。
週末に何も用事が無ければ、ブルーの家に出掛けて過ごす。
午前中から二人でお茶の時間で、昼食も二人。
両親も交えた夕食のテーブルに着く時までは、二人きりだと言ってもいい。
ブルーの母が、お茶や食事を届けに来る時の他は。
「お茶のおかわりは如何?」と、階段を上がって来ない時には。
恋人同士で二人きりだから、我儘になるのが小さなブルー。
何度も駄目だと叱っているのに、今日もやっぱり強請られた。
「ぼくにキスして」と、赤い瞳を瞬かせて。
それに応えてキスしてやったら、「こうじゃないよ!」と不満顔。
キスを落としてやった所は、頬だったから。
(…前のあいつと、同じ背丈に育つまではだ…)
キスをする場所は、頬と額だけ。
そういう決まりで、何度言ったか分からない。
「キスは駄目だ」と、「俺は子供にキスはしない」と繰り返して。
けれど、聞かないのがブルー。
唇へのキスが欲しくてたまらず、貰えなかったら、たちまち膨れる。
それが子供の証拠なのに。
頬っぺたをプウッと膨らませるなど、中身が子供だという立派な証。
前のブルーの記憶があろうと、チビのブルーは子供でしかない。
見た目通りに十四歳にしかならない子供で、何かと言えば膨れるような。
今日もブルーは膨れていたから、思い出す顔は「フグ」になる。
海に棲むフグが驚いた時は、ああいう姿になるものだから。
餌に食い付いて釣り上げられたら、真ん丸に膨れるフグという魚。
小さいフグでも、ピンポン玉かと思うくらいに一人前に。
それと同じに膨れるブルー。
「ハーレイのケチ!」と、フグそっくりに。
(あいつがフグになるもんだから…)
こちらも、ついつい、からかいたくなる。
不満たらたらの顔のブルーが、精一杯に膨らませている頬っぺた。
それを両手で、一気にペシャンと押し潰して。
尖った唇だけを残して、見事に潰してやったなら…。
(フグがハコフグになっちまうんだ)
面白いよな、とクックッと笑う。
今日もブルーに「ハコフグの刑」をお見舞いした。
プンスカ怒っていたのだけれども、チビのブルーにはお似合いだから。
(…そもそも、俺が「キスは駄目だ」と叱った時にだ…)
シュンと項垂れないブルーが悪い、と今だって思う。
この目でギロリと睨み付けても、小さなブルーは怖がりもしない。
「何度言ったら分かるんだ?」と、目だけで叱って脅してみても。
これが柔道部員だったら、睨み付けたら黙るのに。
黙るどころか、「すみませんでした!」と、必死になって謝るのに。
(…それくらい怖い筈なんだがな?)
俺が誰かを睨んだ時は…、と自分でも充分に自覚している。
柔道で試合をするとなったら、眼光も武器の一つになる。
対戦相手を威嚇出来たら、もうそれだけで見えて来る勝利。
「この相手には敵わない」と感じた時には、自ずと力が削がれるもの。
どんなに全力をぶつけてみたって、何処かで腰が引けていて。
本当の実力を発揮出来ずに、自ら自滅して行って。
柔道を始めて長いけれども、やはり最初が勝負だと思う。
向かい合って試合を始める前に、どれだけ相手の気力を削ぐか。
(こう、礼をした瞬間にだ…)
互いの間に飛び散る火花。
より眼光が鋭い者に、勝利の女神が微笑む試合。
だから自分が「睨み付けたら」、大抵の者は恐れて竦み上がるのに…。
(…あいつは一向に、懲りもしないで…)
まるで平気でいやがるんだ、と恐れ入るのがチビのブルー。
何度睨まれたか分からないのに、今日も懲りてはいなかった。
「ぼくにキスして」と無理な注文、断られたら、怒って膨れた。
両方の頬っぺたに空気を含んで、フグそっくりに。
「ハーレイのケチ!」と唇を尖らせ、挙句の果てには、お決まりのコース。
その頬っぺたを押し潰されて。
「フグがハコフグになっちまったぞ」と、いつものように笑われて。
(…それでもプンプン怒り続けているのがなあ…)
大物というヤツだよな、と改めて感心させられる。
下手な柔道部員などより、よっぽど肝が据わっていると。
睨み付けられても怖がるどころか、逆襲して来るくらいだから。
(柔道と違って、俺を投げ飛ばすわけじゃないんだが…)
あれだけ「駄目だ」と言ってあるキス、それを強請るのは逆襲だろう。
欲しがったキスを貰い損ねて、フグみたいにプウッと膨れるのも。
(柔道部のヤツらにも、あの肝っ玉があったなら…)
もっといい試合が出来そうなのに、と惜しい気持ちがこみ上げもする。
どうして「ブルー」だったのかと。
睨み付けても怖がらないのが、柔道部員になれもしない「虚弱なブルー」なのかと。
(……惜しいと言うか、宝の持ち腐れと言うか……)
もったいない、と思わないでもない。
ブルーが柔道部員だったら、きっといい線を行くのだろうに。
試合を始める前の気合の勝負で、大抵の者の睨みをサラリと受け流して。
(…本当に惜しい才能だよな…)
流石はチビでも「ブルー」だけはある、と考える。
遠く遥かな時の彼方で、「ソルジャー・ブルー」と呼ばれたブルー。
今の時代まで伝わる英雄、ミュウの時代の礎になった初代のソルジャー。
(名前そのままに、あいつは戦士だったんだ…)
命まで捨てて、ただ一人きりで巨大なメギドを沈めたほどに。
何発もの弾を浴びていてなお、倒れはせずに。
(…そういう所は、前のブルーを引き継いでるな)
見た目は弱っちいチビなんだが…、と思う今のブルーの強さと逞しさ。
睨み付けられても引きはしなくて、怖がりも懲りもしないから。
「ハーレイのケチ!」と怒って逆襲、フグみたいにプウッと膨れるから。
(ああ見えても、ちゃんとソルジャーで…)
俺を相手に戦ってるな、と思った所でハタと気付いた。
今のブルーが相手だったら、何度睨んだか数えることさえ出来ないけれど…。
(…前のあいつを睨んだことがあったのか?)
前の俺は…、と遠い記憶を探ってみる。
「ソルジャー・ブルー」を睨んだろうかと、その時、ブルーはどうしたのかと。
(…あいつを睨むということは…)
ブルーを相手に「怒る」こと。
あるいは叱るということだけれど、そんな機会はあっただろうか。
偉大なミュウの長を相手に、たかがキャプテンの分際で。
(……おいおいおい……)
出来やしないぞ、と前の自分の立ち位置などを考える。
キャプテンとしてブルーに意見は出来ても、頭ごなしに叱れはしない。
怒ることなど出来もしないし、睨み付けたりすることも無理。
船の頂点に立つ「ソルジャー」相手に、無礼な真似をしようものなら…。
(…エラが怒って、前の俺の方が叱られるんだ)
その光景が目に浮かぶよう。
「ソルジャーに無礼は許されませんよ」と、眉を吊り上げるエラの姿が。
つまりは「睨み付けてはいない」。
前の自分は、前のブルーを叱ってはいない。
(…そりゃあ、懲りない筈だよなあ…)
俺の怖さを知らないんじゃな、と零れる溜息。
「怖いもの知らず」なのが今のブルーで、だからプンスカ膨れもする。
睨み付けてみても、その恐ろしさを知らないから。
「ハーレイ」が睨み付けたら何が起こるか、少しも知りはしないから。
前のハーレイも、今のハーレイの方も、ブルーにとっては「恋人」なだけ。
我儘放題で膨れていたって、何も起こりはしないのだ、と高を括って。
(うーむ…)
それで余計に舐められるのか、と悔しい気分。
前の自分が睨んでいたなら、少しは怖がられたろうか。
膨れる代わりに「ごめんなさい」と、萎れて謝っただろうか。
(…今となっては、手遅れなんだが…)
お手上げだよな、と嘆くしかないブルーの肝っ玉。
それによくよく考えてみたら、前の自分も、前のブルーを睨んではいた。
ブルーが無茶をした時などに、今と同じに睨み付けたら…。
(…分かっているよ、と首を竦めていただけで…)
少しも反省していなかった、と思い出したから、諦めるしかないだろう。
ブルーは、今もブルーだから。
チビでも中身は変わっていなくて、睨んでも怖がらないのだから…。
睨み付けたら・了
※柔道部員も怖がるのが、今のハーレイに睨み付けられた時。けれど怖がらないブルー。
いくら睨んでも叱っても無駄で、諦めるしかないのがハーレイ先生。ブルー、最強v
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