(明日は、ハーレイが来てくれるんだよ)
楽しみだよね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は金曜、一晩寝たら明日の朝には土曜日になる。
待ち焦がれていた週末が来て、待ち人が家を訪ねて来る。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今では、学校の教師だけれど。
自分は生徒で、学校で会ったら「ハーレイ先生」と呼ぶのだけれど。
(だけど家なら、ただの「ハーレイ」でかまわなくって…)
それに土曜日は午前中から来てくれるしね、と明日という日に思いを馳せる。
土曜と日曜は、ハーレイに何も用事が無ければ、午前中から一日、一緒。
両親も交えての夕食になるまで、この部屋で二人。
(お天気がいいなら、庭のテーブルと椅子でお茶にしてもいいよね)
庭で一番大きな木の下、其処に据えてある白いテーブルと椅子。
初めてのデートの記念の場所で、テーブルと椅子が変わっただけ。
ハーレイが運んで来てくれていた、キャンプ用だというものから。
(いつも持って来て貰うのは悪いから、って…)
父がハーレイに「買いますよ」と申し出た。
一人息子が気に入ったようだし、庭に置くためのテーブルと椅子を買うことにする、と。
(キャンプ用のも好きだったけど…)
家に来たのは、母の意見も混じってしまって、洒落たもの。
「ハーレイには似合わないかもしれない」と心配になった、白いテーブルと椅子。
けれども、要らなかった心配。
それが届いて、ハーレイが其処に腰掛けた途端に、「似合う」と思った。
キャンプ用のものとは違っても。
如何にもお洒落な、白いテーブルと椅子であっても。
(…シャングリラだって、白い船だったから…)
ハーレイには白も似合うのだろう。
初めて車を買いに行った時、白い車も勧められたというほどだから。
そのハーレイと、明日は一日、一緒。
庭に出掛けてお茶にするのも、この部屋で過ごすのも自由。
スーツを着ていない、ハーレイと。
仕事の帰りに寄ったのではなくて、「此処に来るために」起きたハーレイと。
(お休みの日でも、朝は早いんだっけ…)
ハーレイから、そう聞いている。
目覚ましが無くても、早い時間に目を覚ますのが習慣だと。
きっと明日の朝も、ハーレイはパチリと目覚めるのだろう。
チビの自分がベッドでグッスリ寝ている時間に、「もう朝だな」とベッドから下りて。
(うんと早かったら、此処に来る前に…)
ジョギングにまで行ってしまうという。
「その辺りを軽く走って来るか」と、朝の清々しい空気の中を、颯爽と。
(…ぼくにはジョギングなんか、無理…)
絶対、出来ない、と分かっているのがハーレイの趣味。
前のハーレイも丈夫だったけれど、今のハーレイは、もっと頑丈になった。
プロの選手にならないか、と声がかかったほどの、柔道と水泳の達人に。
何処の学校に赴任したって、柔道部か水泳部の顧問を任されるほどに。
(…プロ級だもんね?)
ハーレイがその気になっていたなら、プロの選手になれただろう。
「プロの道に行こう」と考えたならば、直ぐに幾つものスカウトが来て。
プロになったら、試合のためにと星から星へと転戦して。
(地球でも、大きな試合はあるけど…)
遠征試合も多いだろうから、そうなっていたら、ハーレイはとても忙しい。
チビの自分と再会したって、週末は試合だったりして。
試合の無い日も、練習だとか、遠征のための移動だとか。
(…ぼくの家に来ている暇は無いよね?)
今のハーレイよりも、ずっと忙しくって…、と考える。
「学校の先生の方で良かった」と、「週末は此処に来てくれるから」と。
何か用事が出来ない限りは、週末はハーレイが訪ねて来る。
そんな週末を幾つも過ごして、それでもやっぱり、前の夜には心が弾む。
「明日は、会える日」と、ドキドキと。
ハーレイが来たら、何をしようか、何を話そうかとウキウキして。
(…部屋も綺麗に掃除しなくちゃ…)
いつも以上に、心をこめて。
週末の朝は時間がたっぷりあるから、朝御飯の後で、ピカピカに。
(朝御飯、明日は何だろう?)
ホットケーキだといいのにな、とチラッと思った。
母が焼いてくれる、ホットケーキ。
食の細い一人息子のためにと、普通サイズより小さめに。
(普通の大きさだと、ぼくは一枚でお腹一杯になっちゃって…)
ホットケーキが重ねてあるのを味わえない。
お皿に一枚、ポツンと置かれているものしか。
それでは見た目に寂しいからと、小さめに焼いてくれるのが母。
「ホットケーキは、重ねてある方が美味しそうでしょ?」と微笑んで。
両親のよりも小さめのリングに、ホットケーキの種を流して。
(あれって、子供用だよね…?)
今の自分も子供だけれども、もっと小さな子供用。
レストランとかに入った時には、お子様ランチを迷わず注文するような。
(そういう小さな子供にだって…)
食欲で負けてしまいそうなチビが、今の自分。
今度も弱く生まれた身体は、一度に沢山、食べられはしない。
どんなに美味しそうなものでも。
「これなら、きっと大丈夫!」と齧り付いても、食べ切れない。
ホットケーキも、小さめサイズになって当然。
二枚、重ねて食べたいのなら。
積み重ねてあるホットケーキに、バターを乗っけてみたいなら。
一枚きりだと、見た目に寂しい気がしてくるから、小さめで二枚。
メープルシロップをたっぷりとかけて、「いただきます」と。
学校がある平日の朝は、ホットケーキは滅多に出ない。
大抵はキツネ色に焼いたトースト、今ではそれもお気に入り。
隣町で暮らすハーレイの両親が、夏ミカンの実のマーマレードをくれたから。
(ハーレイのお嫁さんになる子だから、ってプレゼント…)
まだ見たことは無いのだけれども、夏ミカンの木は、その家のシンボルツリー。
とても大きな夏ミカンの木で、その実を使ってマーマレードが作られる。
ハーレイの父や、ハーレイが、たわわに実った実をせっせともいで。
キッチンに運ばれた金色の実を、ハーレイの母が端から洗って、皮を刻んで、鍋で煮込んで。
(あのマーマレードで食べるトースト、美味しいもんね?)
ホットケーキよりも特別だよね、と思うけれども、ホットケーキも捨て難い。
今夜みたいに「食べたいな」と感じたら。
急に食べたくなって来たなら、ホットケーキも魅力的。
今から母に注文したくなるほどに。
「ママ!」と部屋から飛び出して行って、「ホットケーキ!」と頼みたいほどに。
(……だけど、今から注文なんて……)
いくらなんでも我儘だろうと思える時間。
もうすぐベッドに入る時刻で、両親から見れば立派な夜更かし。
此処で階段を下りて走って行ったら、きっと二人に呆れられる。
「ホットケーキなら、日曜日の朝でもいいのに」と。
(……そうなっちゃうよね……)
それに今から頼まなくても、勝手に出て来る可能性もある。
母が、そういうつもりなら。
あるいは明日の朝に目覚めて、「ホットケーキを作りましょう」と考えたなら。
(ママが作っていなかった時は、日曜日の朝のために注文…)
それでいいや、とコクリと頷く。
この時間から強請りに行くより、そうした方がいいだろう。
明日の朝食がホットケーキでなかった時には、「明日は、ホットケーキがいいな」と。
日曜日の朝には食べたいと言えば、さほど我儘には聞こえない。
こんな時間から注文するより、遥かに自然な流れだから。
(そうしようっと…)
ホットケーキじゃなかった時には、日曜日の朝のをリクエスト、と思いを巡らせる。
そうすれば日曜日の朝に食べられるし、ホットケーキを食べたい夢が立派に叶う。
運が良ければ、何も注文しなくても…。
(明日の朝御飯はホットケーキで、うんと美味しく食べられて…)
朝から御機嫌、と思った所で気が付いた。
ホットケーキは好きだけれども、前の自分も好きだった、と。
いつか地球まで辿り着いたら、朝食に食べたかったのだと。
(…シャングリラにも、ホットケーキはあったけど…)
ホットケーキに乗せるバターは、船の中で育った牛たちのミルクで出来たもの。
メープルシロップなどはあるわけもなくて、合成品のシロップだった。
だから夢見た、地球での朝食。
ホットケーキに、地球の草を食べて育った牛たちのミルクのバターを添えて、と。
本物の砂糖カエデから採れた、トロリとしたメープルシロップも。
(…食べたいな、って夢を見てたのに…)
もうすぐ寿命が尽きると分かって、夢は「夢物語」に変わった。
他に幾つも夢見たことも、何もかも叶わないままで。
(…そうして、メギドで死んでしまって…)
夢は夢のままで終わった筈。
けれども自分は、夢の続きを此処で見ている。
「明日の朝御飯は、ホットケーキがいいな」と、「明日が駄目なら日曜日だよ」と。
前の自分が夢見た通りに、青い地球で食べるホットケーキの朝食を。
(……なんだか凄い……)
夢の続きを見ているなんて、と驚きだけれど、今の人生は夢ではない。
何もかも全部、本当のことで、明日はハーレイまで来てくれる。
(夢の続きだけど、全部、現実…)
凄すぎるよね、と綻ぶ顔。
夢で終わった前の自分の夢が、此処では叶うから。
ハーレイと二人で地球で暮らす夢も、いつか現実になるのだから…。
夢の続きを・了
※ブルー君が食べたくなったホットケーキ。「明日の朝は、ホットケーキだといいな」と。
前の自分と同じ夢だ、と気付いたホットケーキの朝食。今は、夢ではないのですv