(明日は、あいつに会いに行けるな)
そして夜まで一緒なんだ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
金曜日の夜に、いつもの書斎でコーヒー片手に。
明日は土曜日、用事は何も入っていない。
午前中からブルーの家に出掛けて、夕食の後まで一緒に過ごす。
それが用事と言えば用事で、「ブルーの守り役」の仕事の一つ。
「仕事なのだ」と考えたことは、今日まで一度も無いけれど。
同僚たちから「大変ですね」と労われた時も、「大丈夫ですよ」と笑顔で返す。
「食事の支度をしないで済むので、助かります」とも。
(…そう言えば、納得してくれるんだが…)
やはり傍目には「大変な仕事」に見えるのだろう。
ブルーが起こした聖痕現象、それのお蔭で「自由な時間が減った」かのように。
暇さえあったら訪ねて行っては、ブルーと過ごしているのだから。
(俺にとっては、願ってもないお役目で…)
仕事なんかじゃないんだがな、という「本当のこと」は明かせはしない。
自分もブルーも、生まれ変わりだということは。
遠く遥かな時の彼方で、「ソルジャー・ブルー」と「キャプテン・ハーレイ」だった事実は。
(…いつか明かす日が来るかもしれんが…)
それまでは何も言えやしないな、と分かっている。
だから「ブルーの守り役」が仕事、そういう立場。
(そいつのお蔭で、ブルーに会いに行けるんだしな?)
堂々と仕事をしている顔で、と嬉しくもなる。
もしも「役目」が無かったならば、頻繁に足を運べはしない。
ブルーだけを贔屓しているようで。
同僚からも、生徒たちからも、そのように勘違いされて。
(それじゃマズイし、これでいいんだ)
大変な仕事をやっているのだと、思い違いをされている方がいい。
仕事帰りに寄ろうという日は、「ご苦労様です」と同僚たちに送り出される方が。
そんな具合に過ごしてはいても、週末を迎えると心が弾む。
「明日は会えるな」と、前の夜から。
ブルーの家に出掛けて行ったら、何をしようか、何を話そうかと。
(あいつと何かをすると言っても、デートなんぞに行けやしないし…)
せいぜい、庭にある白いテーブルと椅子での「デート」くらい。
ブルーを自分の車に乗せてのドライブは無理。
もちろん、公共の交通機関で何処かへ出掛けてゆくことも。
(…ブルーは行きたがるんだが…)
まだ早すぎだ、と決めている。
十四歳にしかならないブルーは、まだまだ子供。
一人前の恋人気取りでいたって、中身は「チビのブルー」でしかない。
だからデートもキスもお預け、子供は子供らしいのがいい。
いくらブルーが不満そうでも、頬っぺたを膨らませて怒っていても。
(チビはチビらしくするのがいいんだ)
あいつには自覚が無いようだが…、と苦笑する。
中身まで子供になっているのに、ブルーには、それが分かっていない。
なまじ記憶があるものだから。
「ソルジャー・ブルー」だった時代を、今も忘れていないから。
(…そのくせ、立派に子供なんだ)
何かと言ったら直ぐに膨れるし、プンスカ怒るのが子供の証拠。
そうだと気付いていない所が、また可愛いとも思うのだけれど。
(子供なんだし、きっと今頃は…)
明日の逢瀬を楽しみに待っていることだろう。
「ハーレイが来てくれるんだよ」と、小さな胸を躍らせて。
早く土曜日の朝が来ないかと、何度も壁の時計を眺めて。
(でもって、その内、脱線して…)
朝飯のことでも考え出すぞ、とクックッと笑う。
学校が休みの日の朝食は、普段よりものんびり食べられるもの。
きっと、そっちに思考がズレると、「なんたって、まだ子供だからな」と。
休日の朝も、ブルーは目覚ましで起きると聞いた。
顔を洗って着替えて朝食、それから部屋の掃除をする。
前のブルーと同じに、ブルーも綺麗好きだから。
(しかし、掃除を始める前に…)
両親と一緒の朝食なのだし、それにも期待しているだろう。
食が細くても、好き嫌いなど全く無くても。
(…ホットケーキがお気に入りらしいしな?)
ブルーのためにと、小さめに焼かれたホットケーキを重ねたものが。
それに金色のバターを乗っけて、メープルシロップをかけるのが。
(おふくろのマーマレードのせいで、影が薄れちまっているようだが…)
マーマレードが特別すぎて、と可笑しくなる。
隣町の両親が暮らす家の庭にある、とても大きな夏ミカンの木。
その実で母が作るマーマレードが、今やブルーの大のお気に入り。
朝食の席では、キツネ色に焼けたトーストに、夏ミカンの実のマーマレードを。
すっかり定番になってしまって、影が薄れたホットケーキ。
(学校のある日に、ホットケーキをのんびり食べるのは…)
向いていないし、トーストの方がいいのだろう。
もっとも、ホットケーキを食べて来る日も、まるで無いとは言えないけれど。
(あいつ、寝坊をしない方だし…)
起きてホットケーキが焼けていたなら、御機嫌で食べて登校する。
「時間が無いから、トーストでいいよ!」と言ったりはせずに。
そうは言っても、やはり、ゆっくり食べるなら…。
(土曜や日曜の朝がいいんだ)
他人の自分もそう思うのだし、ブルーも同じ考えだろう。
今頃は明日の朝食を思って、「ホットケーキがいいな」と夢見ていそうではある。
あるいは注文済みかもしれない。
「明日の朝は、ホットケーキにしてよ」と、ブルーの母に。
(そっちも、大いにありそうだよなあ…)
ホットケーキは注文済みな、とチビのブルーを思い浮かべる。
「明日の朝御飯はホットケーキなんだよ」と、考えが脱線しているブルー。
「ハーレイが来てくれるんだよ」から、「ホットケーキが食べられる」方へ。
お皿に盛られたホットケーキに、メープルシロップをかける方へと。
(なんたって、子供なんだから…)
色気より食い気というヤツなんだ、と思った所で気が付いた。
前のブルーが夢見たこと。
白いシャングリラで暮らしていた頃、「いつか、この船が地球に着いたら」と。
(……ホットケーキが食べたいと……)
それがブルーの夢だった。
青い地球まで辿り着けたら、地球ならではの朝食を食べてみたいと。
シャングリラにもホットケーキはあったけれども、あくまでミュウの箱舟の中。
(船で育った牛のバターと、合成品のメープルシロップしか…)
無かった世界で、ブルーは地球に夢を描いた。
「地球には、本物の砂糖カエデの森があるから」と。
砂糖カエデから採れた本物のメープルシロップ、それが手に入る夢の星だと。
(バターにしたって、地球の草で育った牛のミルクで作ったヤツで…)
船のバターとは味が全く違うのだろうと、前のブルーが抱いた夢。
いつか地球まで辿り着いたら、そういう朝食を食べるのだと。
(…何度も俺に話してたのに…)
前のブルーは、夢を諦めるしか道は無かった。
寿命が尽きることが分かって、もはや地球には行けなくなって。
(ホットケーキの朝飯も、他に沢山見ていた夢も…)
何もかもが「夢物語」と化してしまって、実現は無理だと思い知らされたブルー。
それきり、夢は夢のまま。
叶う時など永遠に来ない、夢物語が幾つも残っただけ。
そしてブルーも消えてしまった。
夢を一つも叶えないまま、一人きりでメギドに飛んでしまって。
そうやって消えた、前のブルー。
前の自分は「ブルー」を失くして、ブルーの「夢」も消えたけれども…。
(…あいつは、ちゃんと青い地球まで来ちまって…)
明日の朝飯は、ホットケーキかもしれないわけだ、と大きく頷く。
前のブルーの夢は叶ったと、「夢の続きは、此処にあるな」と。
(…俺と一緒に、青い地球の上で暮らすのも…)
これから実現させていけるさ、と綻ぶ顔。
前のブルーが失った夢は、今のブルーが続きを見ている。
「明日の朝御飯は、ホットケーキかもしれないよ」といった調子で。
本物のメープルシロップをたっぷりとかけて、地球で育った牛のミルクのバターを乗せて。
(しかもそいつは、夢じゃないんだ)
今のあいつには現実なんだ、と今の幸せを噛み締めずにはいられない。
失くしてしまった夢の続きは、此処にあるから。
青い地球の上で次から次へと叶い続けて、きっと全てが現実になる。
チビのブルーが、いつか大きくなったなら。
一緒に暮らせる時が来たなら、前のブルーの「地球での夢」は、自分が全て叶えるから…。
夢の続きは・了
※ハーレイ先生が気付いたこと。前のブルーの夢の続きは、ブルー君が見ているのだと。
しかも夢ではなくて現実。二人一緒に地球で暮らすという夢も、いつかは実現するのですv